『カラマーゾフの兄弟』大審問官の衝撃!宗教とは一体何なのか!私とドストエフスキーの出会い⑵

親鸞とドストエフスキー

『カラマーゾフの兄弟』大審問官の衝撃!宗教とは一体何なのか!私とドストエフスキーの出会い⑵

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さて、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』といえば、世界史上最高峰の文学作品と言われる傑作であります。

「大審問官の章」のお話に入る前に、新潮文庫、原卓也訳の裏表紙にあるこの小説のあらすじを見ていきましょう。

物欲の権化のような父親フョードル・カラマーゾフの血を、それぞれ相異なりながらも色濃く引いた三人の兄弟。放蕩無頼な情熱漢ドミートリイ、冷徹な知性人イワン、敬虔な修道者で物語の主人公であるアリョーシャ。そしてフョードルの私生児と噂されるスメルジャコフ―これらの人物たちが交錯して描き出される愛憎の地獄絵図の中に、神と人間という根本問題を据え置いた世界文学屈指の名作

新潮文庫、原卓也訳『カラマーゾフの兄弟』

『カラマーゾフの兄弟』はドストエフスキーの晩年に書かれた生涯最後の作品です。

上のあらすじにもありますように、ドストエフスキーは生涯変わらず抱き続けてきた「神と人間」という根本問題をこの最後の作品で描いています。

さて、この小説における重大な山場が何度も申し上げている「大審問官の章」であります。

「大審問官の章」は冷徹な知性人である次男のイワンが見習い修道僧である心優しき主人公アリョーシャに語り聞かせたある叙事詩が中心となっています。

その叙事詩の表題こそ、『大審問官』なのであります。

舞台は16世紀のセビリア。異端審問により多くの人が火あぶりにされていた時代です。

セビリア大聖堂 上田隆弘撮影

セビリアといえば私も去年の世界一周の旅で訪れた街です。

セビリアはスペインでも随一の勢力を誇った街であり、カトリック信仰の一大中心地でありました。

この大審問官の叙事詩もまさにこの巨大な大聖堂から始まるのです。

異端審問全盛の16世紀のセビリアに突如現れたイエス・キリスト。人々に気付かれぬようにそっと姿を現したのですが、不思議なことに誰もがその正体を見破ってしまいます。

人々はキリストに殺到し、祝福を求め、彼の後についていきます。

そしてキリストは人々に懇願されるままに盲人の視力を回復したり、死んだ少女を生き返らせたりという奇跡を授けます。

群衆はいよいよ歓喜にむせび、キリストを讃嘆します。

しかしまさにその時、カトリックの異端審問を司る高位聖職者、大審問官がその現場を通りかかったのです。

大審問官は少女が生き返る奇跡を目にしました。

大審問官の顔は暗くなります。その男がキリストであることに彼も気付いたのです。

そして大審問官は護衛にキリストを引っ捕らえるよう命じました。民衆は彼の絶大な権力に恐れおののいていたため、キリストを守ることなくおずおずと護衛たちの前に道を開けていきます。

キリストは抵抗することなく捕えられ牢屋に引き立てられていきます。その様子を眺めながら、民衆は引き立てられていくキリストではなく大審問官にひざまずくのでありました。

こうしてセビリアに突如現れたキリストは牢屋に監禁されることになったのです・・・

そして舞台は牢屋と変わり、ここから大審問官とキリストの一騎打ちが始まります。この一騎打ちこそ「神と人間」「信仰と自由」という問題を極限まで突き詰めた文学史上最高峰のドラマであります。

大審問官はキリストに対し、「お前は今さら何をしに来た。我々の邪魔をしないでくれ。お前の役目は終わったのだ。お前に今さらカトリックを修正する権利はないはずだ」と切り出します。

キリストは答えません。

実はこの叙事詩ではキリストは終始一言も発しません。この一騎打ちは大審問官の独白であることに大きな意義があります。

さて、大審問官は聖書に書かれている悪魔の誘惑を持ち出します。

キリストが断食修行をし、悪魔と戦った山上の洞窟。イスラエル、エリコ。上田隆弘撮影

悪魔はキリストにこう問いかけました。

「神の子なら、そこらにある石がパンになるように命じたらどうだ」

「神の子ならここから飛び降りたらどうだ。神の子なら天使がお前を支えるから死ぬことはないだろう」

「もしひれ伏して私を拝むなら、全ての国々をお前に与えよう」

しかしキリストはこの3つの誘惑を全て退けます。 「人はパンだけで生きるものではない。」という有名な言葉はここでキリストが語ったものです。

大審問官はこの3つの問いこそ人間の本性を言い当てる最も叡智に満ちたものであると言います。

ここから先、大審問官はこの3つの問いを基にしてキリスト亡き後ローマカトリック教会がいかに発展していったのか、そして自分たちがどのようにして人々を導いているかを語ります。

彼らの秘密とは悪魔の誘惑を退けたキリストの教えをあえて修正し、悪魔に従うことで民衆を支配しているというものでした。

大審問官は言います。「われわれはお前の偉業を修正し、奇跡・・神秘・・権力・・の上にそれを築き直した。人々もまた、ふたたび自分たちが羊の群れのように導かれたことになり、あれほどの苦しみをもたらした恐ろしい贈り物がやっと心から取り除かれたのを喜んだのだ」と。

あの3つの問いは奇跡と神秘と権力を表していたのです。人々はそれに隷属することを望みます。しかしキリストはそれを否定し、「自由」を人々に課してしまったのです。

人々にとって「自由であること」は何よりも恐ろしいものであり、一刻も早く手放したいものだと大審問官は断定します。そしてキリストこそ、人々に自由な信仰を与えた張本人であり、結局のところ人を途方に暮れさせてしまったのだとキリストを責めるのです。人々にとって自分で善悪を決めることは重荷であり、圧倒的な神秘と権威にひれ伏すことこそ人間の願望なのだと言うのです。

ここのところはキリスト教の知識や宗教的な背景がわからないとかなり難しい部分です。予備知識がない人が『カラマーゾフの兄弟』に挫折したりつまらないと感じる理由はこの辺にあると思われます。

私自身、これを初めて読んだのは20歳の冬です。宗教の知識も浅い未熟者だった私がその時どこまで読み込めていたのかはわかりません。

しかしこの大審問官の独白は私にとてつもない衝撃を与えることになりました。

ここまで痛烈に宗教を攻撃する言葉を私は初めて目にしたのでした。しかもその言葉を吐いているのがカトリックの高位聖職者たる大審問官であり、こともあろうにその相手はあのイエス・キリストであります。

大審問官は異端者を火あぶりにする責任者です。その彼がキリストを攻撃するのです。なんという逆説でありましょう!

しかしその大審問官も根っからのキリスト批判者ではありませんでした。いや、むしろかつては熱烈なキリスト讃美者でした。キリストのために生き、キリストの説く自由な信仰を熱烈に求め修行していたのです。

ですが最後にはカトリック側についてしまったのです。彼にも抗いようのない苦しみや葛藤があったのです。

この辺の描写にも私は唸らされるわけであります。

当時の私は知ってはいませんでしたが、ドストエフスキー自身はロシア正教を熱心に信仰していました。ドストエフスキーは熱烈に信仰を求めたからこそ、信仰上の問題を極限まで突き詰めて論じていったのです。表面上は激烈なまでに無神論的なこの「大審問官の章」ですが、実はこの章があるからこそ、後の展開が開けてくるのです。

さて、「大審問官の章」についてここまで述べてきましたが、「宗教とは何か」「オウムと私は何が違うのか」と悩んでいた私の上にドストエフスキーの稲妻が落ちたのです。

私は知ってしまいました。もう後戻りすることはできません。

私はこれからこの「大審問官の章」で語られた問題を無視して生きていくことは出来なくなってしまったのです。

これまで漠然と「宗教とは何か」「オウムと私は何が違うのか」と悩んでいた私に明確に道が作られた瞬間だったのです。

私はこの問題を乗り越えていけるのだろうか。

宗教は本当に大審問官が言うようなものなのだろうか。

これが私の宗教に対する学びの第二の原点となったのでした。

これが私とドストエフスキーの出会いです。

そしてこの出会いから9年後、世界一周を終えた私はドストエフスキーと第二の出会いをすることになるのです。

続く

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補足解説―ドストエフスキーとキリスト教 ※2021.2月追加

「大審問官の章」は一見すると宗教を攻撃する無神論的なものに見えます。

しかし、実はそうではありません。

先にも述べましたがドストエフスキーがここで話しているのはローマ・カトリック教会に対してなのです。

私もドストエフスキーを学ぶまで知らなかったのですがローマカトリックとロシア正教ではその歴史や教えが全く異なるものだったのです。

ドストエフスキーはロシア正教のキリストを信じていました。

そうであるからこそローマカトリックに対してドストエフスキーは批判を加えたのです。

正教会の神父高橋保行氏の『ギリシャ正教』では次のように述べられています。

この場面全体は、『カラマゾフの兄弟』の中心となる箇所といわれ、ドストエフスキイの思想がよくあらわれている。この場面にひきつづいて、アンチ・テーゼの形で「ロシアの修道僧」というサブ・タイトルの下に長老ゾシマの生涯と教えが書かれている。この順序は、西のキリスト教とその産物である西欧の思想に対して抱いた疑問の答えを、東のキリスト教とその産物である伝統的なロシアの文化と思想の中にみいだしたという、ドストエフスキイ自身の体験の縮図であるともいえる。

講談社、高橋保行『ギリシャ正教』P224

「大審問官の章」を経てその後に出てくるゾシマ長老とアリョーシャの物語。

これこそドストエフスキーが考える宗教的救いであると高橋氏は述べます。

その救いのためには「大審問官の章」で語られるようなカトリック、いや宗教そのものに対する厳しい批判や懐疑を通り抜けねばならなかったというのがこの「大審問官の章」の大きな意義なのです。

ではロシア正教とは何なのか、カトリックと何が違うのかということになると長くなってしまうのでここではお話しできません。

以下にリンクがありますので興味のある方はぜひご参照ください。

私自身、キリスト教といえばカトリックやプロテスタントのイメージがありましたが、実際は同じキリスト教といってもそれぞれの地域がらや歴史によって全く異なる宗教のように違いが出てきます。

よくよく考えれば仏教もそうです。タイやミャンマーの仏教と日本の仏教では全然違いますよね。同じ日本の中でも禅宗と浄土真宗ではまったく違ったものです。

しかし私たちとは普段なかなか接点のないキリスト教となるとついそのことを忘れてしまい、キリスト教という大きな枠でくくってしまう。これは非常に気を付けなければならないことだなと『カラマーゾフの兄弟』や多くの参考書を読んで考えさせられました。

補足解説⑵―ロシアはヨーロッパ?アジア?対ヨーロッパにおける日本との共通点 ※2021.2月追加

そして最後にもう1点。

ドストエフスキーはスラブ派の作家の代表とされ、それに対し西欧派の代表としてよく挙げられるのがツルゲーネフになります。

これら二つの派をものすごくざっくり言うならば、スラブ派というのはロシア大好き派、西欧派というのはヨーロッパ大好き派ということになります。

これは日本の幕末から明治維新にかけてもあった議論です。

尊王攘夷派と開国派も似た原理です。

「日本固有のものこそ重要だ。西欧にかぶれてはこの国はだめになる!」

「いやいや、今こそ古い日本を打ち壊して進んだ西欧文明を取り入れて生まれ変わるべきだ!」

云々という議論とそっくりです。

意外かもしれませんがロシアはかつてヨーロッパからすればアジアの辺境の国という扱いだったのです。

1700年代初頭にピョートル大帝によってサンクトペテルブルクが造成され一気に西欧化が図られましたが、それでもなおイギリスやパリ、ドイツなど西欧諸国からすれば遅れた国という扱いだったのです。

このことについても以前記事でまとめましたので興味のある方はこちらもご覧ください。

そういう中でドストエフスキーは西欧的、ローマカトリック的なものを批判し、ロシア正教の精神こそ我々の救いなのだとこの作品で述べているのです。

こう考えてみるとこの作品は単に殺人事件の犯人は誰かという小説だけではなくて、その時の時代背景や歴史、そして宗教や思想の対立など様々な問題が重なり合ったものであると言えるのではないでしょうか。

シンプルに娯楽小説として読むのももちろんありですが、背景を知れば知るほどこの作品に込められたものの巨大さがどんどんわかり、読めば読むほど面白くなっていきます。だからこそ世界最高峰の文学として今なお世界中で愛読され続けているのではないかと私は感じております。

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