『カラマーゾフの兄弟』ゾシマ長老はここから生まれた S・チェトヴェーリコフ『オープチナ修道院』

ドストエフスキーとキリスト教

本日は新世社出版の安村仁訳、S・チェトヴェーリコフ『オープチナ修道院』をご紹介します。

著者のS・チェトヴェーリコフは1867年生まれのロシアの司祭で、この著作に書かれた内容はソ連による弾圧直前のもので、1926年に出版されました。

オプチーナ修道院は晩年のドストエフスキーが訪れた、ロシアのとても名高い修道院で、あの偉大なる文豪トルストイも何度も足を運んでいます。

そしてタイトルにもありますように、このオプチーナ修道院は『カラマーゾフの兄弟』にとてつもなく大きな影響を与え、作中のゾシマ長老はここから生まれてきたとされています。

このオプチーナ修道院がドストエフスキーにとってどれだけ重要なものであったかを知るには以前私のブログでも紹介しましたドストエフスキーの奥様であるアンナ夫人の回想記の記述が参考になります。長くなりますが引用します。

「一八七八年五月十六日に、恐しい不幸がわが家をおそった。下の息子のアリョーシャが亡くなったのだ。わたしたちにふりかかった悲しみの前ぶれらしいものは何もなかった。子どもはふだん元気で機嫌がよかったから。」

※1878年はドストエフスキー57歳の年で、この年に3歳になる三男アリョーシャがてんかんの発作とみられる突然の痙攣の末、急死してしまいました。以下述べられるフョードル・ミハイロヴィチはドストエフスキーのことです。ドストエフスキーの本名はフョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキーといいます。 (釈隆弘注)

「フョードル・ミハイロヴィチはこの死につよい衝撃をうけた。彼はなぜか特別アリョーシャをかわいがっていて、病的なほどのかわいがりようは、まるでまもなく失うことを予感していたかのようだった。夫は、てんかん―自分から遺伝したこの病気で坊やが亡くなったことにとりわけ苦しんでいた。見た目には冷静で、運命の打撃に男らしく耐えているようだった。だが、わたしは、彼がこの深い悲しみをこらえた結果、それが彼自身にも悪く影響しはしないか、体でもこわしはしまいかとひどく心配した。夫はいくらかでも慰め、彼のつらい気分をまぎらせたいと思って、わたしは、この悲しい期間にたびたび訪ねてきてくれたヴラジーミル・ソロヴィヨフに、この夏彼が行こうとしていたオプチナ僧院にいっしょに行くよう夫を誘ってくれないかと頼んだ。オプチナ僧院をたずねることは、夫の年来の夢だったが、いざ実行するとなるとなかなかむずかしかった。ソロヴィヨフは承知して、いっしょに出かけるよう夫を説得にかかった。わたしもそれを強くすすめたので、夫は六月の半ばにモスクワに行き(彼は次の小説をカトコフに相談するために、前からモスクワに出かけるつもりだった)、その機会を利用して、ソロヴィヨフとオプチナ僧院に行ってくることにした。(中略)

かわいい坊やの死に、わたしの心は揺がされた。だれもがわたしを見ちがえるくらい、なにごとも手につかず、悲しんで泣いてばかりいた。ふだんの快活さもいつもの精力もなくなって、かわりにあらゆることに無感動になってしまった。どんなことにも興味がもてず、家事にも、仕事にも、自分の子どもさえもがどうでもよくなって、三年このかたの思い出にふけるだけだった。夫は、わたしのさまざまな悩み、物思い、それにロにしたことまで、「カラマーゾフ兄弟」の「信心ぶかい女たち」の章で、子どもを亡くした女がその悲しみをゾシーマ長老に語るところに描いている。(中略)

フョードル・ミハイロヴィチは、あたかも心を和らげられでもしたかのように、目に見えて落ちついて、オプチナ僧院からもどってきた。そして、まる二日すごすことになったこの僧院のしきたりについていろいろ話してくれた。当時名だかい「長老」アンヴローシー神父には、三度お会いした。一度は群集にまじって、残りの二度は差向かいだったが、神父とかわした話は、彼に深い、心からの感動をあたえた。夫が長老に、自分たちをおそった不幸と、わたしのはげしすぎるほどの悲嘆のようすを話すと、長老は、わたしが信心深いかどうかと問うたそうだ。夫がうなずくと、長老はわたしに自分の祝福を伝えるように言ったという。それと同じ言葉を、のちに小説のなかでゾシーマ長老が嘆き悲しむ母親に語っている。夫の話から、この誰もが尊敬する長老がどんなにりっぱな洞察者であり予見者であるかがよくわかった。」(アンナ・ドストエフスカヤ『回想のドストエフスキー』松下裕訳、みすず書房 P151-154)

この引用の中でも触れられているように、ドストエフスキーにとって1878年という年は最愛の子アリョーシャとの突然の死別の年でした。

そしてくしくもこの1878年という年はドストエフスキーが『カラマーゾフの兄弟』を書き始めた年だったのです。

『カラマーゾフの兄弟』を読んだことのある方はお気づきかもしれませんが、この小説の主人公の名もアリョーシャです。

しかもアリョーシャは見習い修道僧で、尊敬するゾシマ長老の下指導を受けています。

この小説に出てくる修道院もオプチーナ修道院をモデルにしていると言われています。

もちろん、ここでドストエフスキーが出会ったアンブローシー長老がそのままゾシマ長老というわけではなく、多くの聖者伝を研究したドストエフスキーによる創作上の人物であることには変わりはありません。

しかし、ここオプチーナ修道院での出会いがドストエフスキーにもたらした影響はとてつもないものであったということは否定できないのではないでしょうか。

今回ご紹介した S・チェトヴェーリコフ の『オープチナ修道院』ではこの修道院の歴史や高名な長老達の思想や生涯を知ることが出来ます。写真や絵も豊富なので、この修道院がどのような場所なのかをイメージするには非常に便利な本となっています。

『カラマーゾフの兄弟』、特にゾシマ長老と主人公アリョーシャの関係性をより深く知りたいという方にはぜひともお勧めしたい1冊です。

以上、 S・チェトヴェーリコフ 『オープチナ修道院』 でした。

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