親鸞とドストエフスキー

親鸞とドストエフスキー

2022年度のブログ更新について~昨年のまとめと今年の方針。今年はいよいよ本丸に向かいます

あけましておめでとうございます。

僧侶のブログとしては謎としか言いようのないラインナップでお届けした昨年の記事たちでしたが、今年もまだまだそれは続きます。

一見バラバラにも思える記事たちですが、私の中では「親鸞とドストエフスキー」という一貫したテーマで考え続けています。全ては繋がっています。

今年もよろしくお願いします

親鸞とドストエフスキー

「なぜ僧侶の私がドストエフスキーや世界文学を?」記事一覧~親鸞とドストエフスキーの驚くべき共通点

親鸞とドストエフスキー。

平安末期から鎌倉時代に生きた僧侶と、片や19世紀ロシアを代表する文豪。

全く関係のなさそうな2人ですが実は重大なつながりがあるとしたらいかがでしょうか。

このまとめ記事ではそうした私とドストエフスキーの出会いと、なぜ僧侶である私がドストエフスキーを学ばなければならないのかを紹介しています。

親鸞とドストエフスキー

ドストエフスキー資料の何を読むべき?―ドストエフスキーは結局何者なのか

この記事では今後の方向性とドストエフスキー研究について思うことをお話ししていきます。

ドストエフスキー全集を2019年の8月から読み始めた私でしたが、いざドストエフスキーのことを知ろうとするにあたってまず私が困ったのが「何から読み始めればいいのかがわからない」ということでした。

ドストエフスキーはあまりに有名で、あまりに巨大な作家です。

そのため参考書の数も膨大で、しかもそれぞれ述べていることが全く違ったりします。なぜそういうことが起こるのでしょうか?では私たちはどうしたらいいのでしょうか?そうしたことをこの記事では考えていきます。

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親鸞とドストエフスキーの驚くべき共通点ー越後流罪とシベリア流刑

親鸞とドストエフスキー。

平安末期から鎌倉時代に生きた僧侶と、片や19世紀ロシアを代表する文豪。

この全く共通点のなさそうな2人が実はものすごく似ているとしたら、皆さんはどう思われるでしょうか。

と、いうわけで、この記事では親鸞とドストエフスキーの共通点についてざっくりとお話ししていきます。

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ドストエフスキーはどんな人?~ドストエフスキー全集を読んで

ドストエフスキー全集を読み始めた私でしたが、そのどぎつさ、膨大な量に苦しむことになりました。

ですが、ある時から急にそれが変わっていきます。

そして伝記や参考書も駆使して2周目に突入するとそれまでとは違うドストエフスキーを感じるようになりました。

人間のどす黒さをこれでもかと暴き出すドストエフスキーに、優しさを感じ始めたのです。

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小林秀雄『読書について』に痺れる!こうして私はドストエフスキーを読み始めた―私とドストエフスキーの出会い⑷ 

『カラマーゾフの兄弟』を学生時代以来、9年ぶりに読み返してみて私は驚きました。

やはりこの小説はすごい・・・!

初めて読んだ時に衝撃を受けた箇所はもちろん、前回そこまで目に留まらなかった箇所でも「こんなことが書かれていたのか」と新たな感動を受けました。

そしてちょうどその時に読んでいたもう1冊の本、小林秀雄の『読書について』が私の道筋を決定づけることになります。

この本がきっかけで私はドストエフスキーに完全にのめり込むようになったのでした。

親鸞とドストエフスキー

世界一周の旅とドン・キホーテの理想、そしてドストエフスキーへ―私とドストエフスキーの出会い⑶ 

2019年の世界一周の旅から帰国後、私はお寺の行事を通して多くの子供たちと出会いました。

そして彼らがきっかけとなり私はドストエフスキーと再会することになります。これが私とドストエフスキーの第二の出会いでした。

この時から今現在に至るまでドストエフスキーの研究を継続して行っています。

彼を学ぶうちにドストエフスキーと浄土真宗の開祖親鸞聖人との驚くべき共通点が明らかになってきました。ますますドストエフスキーを学ぶ意味が大きくなってきています。

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『カラマーゾフの兄弟』大審問官の衝撃!宗教とは一体何なのか!私とドストエフスキーの出会い⑵

『カラマーゾフの兄弟』を読んで、「宗教とは何か」「オウムと私は何が違うのか」と悩んでいた私の上にドストエフスキーの稲妻が落ちます。

私は知ってしまいました。もう後戻りすることはできません。

これまで漠然と「宗教とは何か」「オウムと私は何が違うのか」と悩んでいた私に明確に道が作られた瞬間でした。

私はこの問題を乗り越えていけるのだろうか。

宗教は本当に大審問官が言うようなものなのだろうか。

これが私の宗教に対する学びの第二の原点となったのでした。

親鸞とドストエフスキー

僧侶の私がなぜドストエフスキーを学ぶのか―私とドストエフスキーの出会い⑴

地元を離れた東京での学生時代。

「お坊さんになるなら『カラマーゾフの兄弟』を読んでみてほしい」

偶然出会ったある人の言葉が私にとって一生を変えるほどの衝撃をもたらすことになりました。

私とドストエフスキーの初めての出会いをこの記事ではお話ししています。