ドストエフスキー、初めて憧れのヨーロッパに行く『冬に記す夏の印象』

ドストエフスキー作品

ドストエフスキー『冬に記す夏の印象』

『冬に記す夏の印象』は1863年『時代』誌2月号、3月号に掲載された作品です。

私が読んだのは『ドストエフスキー全集』(新潮社版)6巻の小泉猛訳の『冬に記す夏の印象』です。

この作品は1862年6月に出発したドストエフスキーの初めてのヨーロッパ旅行を基にした旅行記です。

ドストエフスキーはサンクトペテルブルグを出発し、ベルリン、ドレスデン、ヴィスバーデン、バーデン・バーデン、ケルン、パリ、ロンドン、ルツェルン、ジュネーブ、ジェノア、フローレンス、ミラノ、ヴェニス、ウィーンを2か月半で回っています。

当時は鉄道がヨーロッパ中に広がりだした時期だったとはいえ、これだけの行程を2か月半で回るというのはかなりの強行軍です。

ですがドストエフスキーはこう言います。

「ほんの幼い頃から(中略)私は外国へ行きたくてたまらなかった。それが齢四十にしてようやく外国へ飛び出すことになったのである。できるだけたくさん見たい、いやそれどころか、期間がいかに短かろうと、なにもかも、ぜひともなにもかも見たいと思ったとしても、無理からぬ話ではあるまいか。」

『ドストエフスキー全集』(新潮社版)6巻『冬に記す夏の印象』P7

ああ、この旅行に私はどれほど期待をかけていたことだろう!『たとえなにひとつ詳しく見極めることはできないにしても』と私は考えた。『そのかわり、なにもかも見てやろう、どこへでも行ってやろう。見物したすべてのものから、何かしら統一のあるもの、何かこう全体的なパノラマとでもいったものができるだろう。「聖なる奇蹟の国」の全景が、鳥瞰図さながら、一挙に俺の前に姿を現わすだろう。

『ドストエフスキー全集』(新潮社版)6巻『冬に記す夏の印象』P8

ドストエフスキーが幼い頃からいかにヨーロッパ旅行に憧れ、いかにこの旅を楽しみにしていたかが伝わってきます。

その「聖なる奇跡の国」ヨーロッパへの旅行記こそ、この『冬に記す夏の印象』なのです。

しかし、散々楽しみにしていたはずのヨーロッパ旅行は彼が憧れていたものとはまるで違うものになってしまったのでした。

巻末の解題では次のように述べられています。

『冬に記す夏の印象』の冒頭でドストエフスキー自身がことわっているように、宿願の外国旅行だというのに、彼はいわゆる名所旧蹟の類いにはほとんど関心を示さず、もっぱら人の大勢いるところを歩きまわってばかりいた。ベルリンにはたった一昼夜しかいなかったし、ロンドンでは有名な聖ポール寺院も見なかった。ストラーホフと落ち合ったあと、ルツェルンで船での湖めぐりをしたのが唯一の観光と言ってよい。フローレンスには一週問ほど滞在しながら、街の中を散歩するだけで、あとは出版されたばかりのユゴーの『レ・ミゼラブル』を買いこんで、ひたすら読みふけっていた。ストラーホフが回想の中で語っているように「彼の関心のすべては人々に向けられていて、もっぱら人々の気質や性格、それに街の生活の一般的な印象だけをすばやく把握していた」のである。

『ドストエフスキー全集』(新潮社版)6巻 P403

ドストエフスキーという人は本当に不思議な人間です。あんなに楽しみにしていたのにいざ現地に着いてみると、すっかり彼は落ち込んでしまうのです。

そして観光もせず、ただ現地を歩く人々を観察するばかり。

ついには大好きなユゴーの新作『レ・ミゼラブル』を読みふけってしまいます。

普通の観光客とはまるで違う行動を取り続けるドストエフスキー。

しかしこうした行動こそ、ドストエフスキーがドストエフスキーたる所以であるのではないでしょうか。

彼はひたすら人間そのものを凝視し続けます。

自分の目で観察したヨーロッパは彼に深い幻滅をもたらしました。

かつて自分が憧れていた「聖なる奇跡の国」は、没落した、文明の墓場だったのです。

この作品ではドストエフスキーのそんな幻滅や、文明の最先端を行くヨーロッパの実態を彼特有の深い心理的な考察を交えて展開していきます。

この作品はドストエフスキーの対ヨーロッパ思想を知る上で必須の作品と言うことができるのではないでしょうか。

感想

この作品ではヨーロッパに対するドストエフスキーの鋭い批判が展開されています。

当時のロシアはロンドンやパリなどの進んだヨーロッパ文明の摂取に躍起になっていた時代でした。

ドストエフスキー自身もこう述べています。

実際、わが国において、発達、科学、芸術、文化、人間性と呼ばれるものはすべて、それこそほとんどすべて、なにもかも、聖なる奇蹟の国から来たのではないか!われわれの生活全体が、そもそもの幼年時代から、ヨーロッパ式に形成されたのではないか!いったい、われわれのうちの誰が、この影響、この呼び声、この圧力に屈せずにいられただろう?

『ドストエフスキー全集』(新潮社版)6巻『冬に記す夏の印象』P14

圧倒的な繁栄を誇るヨーロッパ文明に呑み込まれる祖国。人々はその文明に魅了され、抗うことはできません。

しかし、はたしてそれで本当にいいのか。このままでは国がどうなってしまうのか。無批判に受け入れるだけでいいのだろうか。

これは日本の幕末や明治維新の流れとも重なってくるように思えます。当時のロシアもまだまだ後進国であり、ヨーロッパの文明といかに関わっていくかが問題とされていたのです。

ドストエフスキーは当時の最先端であるロンドンを訪れ、第一回万国博覧会の会場となった水晶宮やシティと呼ばれる経済の中心地を散策したり、憧れの地パリを歩きます。

それらについては以前の記事でざっくりとですが紹介していますので以下を見て頂けましたら幸いです。

さて、この『冬に記す夏の印象』はドストエフスキーのヨーロッパ観を知る上で非常に重要な作品です。

また「奇妙な旅行者」ドストエフスキーの姿を見ることができる点もこの作品のいいところです。小説作品とはまた違ったドストエフスキーを楽しむことができます。

文庫化された作品ではありませんが、『冬に記す夏の印象』はもっと世の中に出てもいい作品なのではないかと強く感じます。

日本人には特に共感できる内容なのではないかと思います。

ドストエフスキーのヨーロッパ観を知る上で非常に重要な作品です。とてもおすすめです。

以上、「ドストエフスキー、初めて憧れのヨーロッパに行く『冬に記す夏の印象』」でした。

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