19世紀前半のフランス文化と人々の生活を知るためのおすすめ参考書9冊一覧

フランス フランス文学と歴史・文化

はじめに

フョ―ドル・ドストエフスキー(1821-1881)Wikipediaより

さて、ここまで19世紀前半のフランスの歴史を通して、ドストエフスキーについて考えてみました。

ドストエフスキーは1821年生まれで、物心つく頃には本を通してフランス文化にどっぷり浸っていました。

特に前回お話ししましたバルザックの『ゴリオ爺さん』の時代、1830年頃からのフランスというのはドストエフスキーにとっても思い入れの強いものとなっていたことでしょう。

今回の記事では19世紀前半、特に1830年頃からのフランス文化と人々の生活を知るのに便利な書籍をご紹介していきます。

フランス文化といえば豪華な社交界やフランス料理、ファッションなどを思い浮かべるかと思いますが、それらが花開くのは実はフランス革命以後のこの時代からなのです。

私たちのイメージするフランスの始まりは意外と最近の話だったのです。これには私も驚きました。

以前にもお話ししましたが、ロシアの上流社会はフランス文化に強い影響を受けています。この当時のフランス文化を知ることはロシア人のメンタリティーを学ぶことにもとても役に立つのではないでしょうか。

では、早速始めていきましょう。

※以前紹介したフランス関係の書籍は記事の分量上、割愛します。

鹿島茂『職業別 パリ風俗』白水社

フランス文学者鹿島茂氏による19世紀前半、特にバルザックの時代のパリの職業について紹介している本です。

『ゴリオ爺さん』の主人公ラスティニャックが目指していた弁護士や、ジャーナリスト、文学者、女優、門番、家庭教師、警察、医者など様々な職業をわかりやすく解説してくれます。

特に面白かったのはパリの「ダンディー」についての解説でした。

「ダンディー」という言葉は私たちもよく耳にしますが、これはフランスの「ダンディー」と呼ばれる人たちから来ていたのですね。

鹿島氏によると「ダンディー」とはパリ社交界の伊達男であり、どのようにすればダンディーとして認められるのかというところまでじっくりと解説してくれます。これは非常に興味深かったです。

イラストもたくさん入っていますので読んでいてとても楽しく進んでいくことが出来ました。当時のフランス人の生活を知るには最適な書かもしれません。おすすめです。

鹿島茂『馬車が買いたい!』白水社

同じく鹿島茂氏による19世紀パリ入門の書です。

鹿島茂氏の文章はとてもわかりやすく、読んでいて心地よくなるほどすらすら読めます。すっかりファンになってしまいました。

さて、こちらの本ではバルザックの『ゴリオ爺さん』や『幻滅』、ユゴーの『レ・ミゼラブル』の主人公たちを手がかりに、地方から華の都パリに上京し成功を望む若者が見たパリを解説していきます。

地方から都に出てくるには移動手段が必要です。当時は鉄道もありませんので馬車です。そして彼らにはお金がないので乗合馬車でやってきます。

この本では移動手段の説明から始まり、パリへの入場の手続き、宿探し、毎日の食事をどうするかを物語風に解説します。

そしてそこからダンディーになるためにどう彼らが動いていくのか、またタイトルのようになぜ「馬車が買いたい!」と彼らが心の底から思うようになるのかという話に繋がっていきます。

成り上がりを目指す当時の若者たちの様子をつぶさに知ることができます。とっても面白いです。

鹿島茂『明日は舞踏会』作品社

『馬車が買いたい!』の女性版がこちらの本です。

女性にとって、舞踏会は戦場です。ここでの立ち振る舞いがその後の生活に決定的な影響を与えかねません。

華やかな衣装に身を包み、優雅な社交界で、ダンディー達と夢のようなひと時を…という憧れがこの本を読むと、もしかしたら壊れてしまうかもしません。

社交界は想像以上にシビアで現実的な戦いの場だったようです。

当時の結婚観や男女の恋愛事情を知るには打ってつけの1冊です。

フランス文学がなぜどろどろの不倫や恋愛ものだらけなのかが見えてきます。

フランスといえば奥手な日本人にはわからない、恋愛上手というようなイメージがありますがその秘密もこの辺に隠されているように思えてきます。

イラストもたくさん挿入されており、とても楽しく読んでいける本なのでフランス社交界に興味のある方には特におすすめの一冊です。

※私が読んだのは作品社の単行本ですが、リンクは文庫版となっています。

北川晴一『十九世紀パリの原風景①おしゃれと権力』三省堂

フランスといえばファッション。

おしゃれなイメージは今でも健在ですが、フランスがファッションの中心地として君臨し出したのは19世紀になってから。

この本ではどのようにしておしゃれなフランスファッションが発展してきたのか、そしてそれが権力、つまりパワーと結びつき一つの文化として成り立っていったかを解説しています。

おしゃれとはそもそも一体何なのか。おしゃれであるということは何を意味するのか。

よくよく考えてみればこれって意外と謎ですよね。

ですがこの本を読めばその秘密やおしゃれを望む心がどのようにして生まれてきたかを知ることができます。

ファッションに興味のある人にはたまらない1冊なのではないでしょうか。フランス文化を知る上でも非常に興味深い内容が満載の1冊です。

北川晴一『十九世紀パリの原風景②美食と革命』三省堂

驚くべきことに、フランス料理も十九世紀に入ってから急激に発展したのでありました。

フランス料理自体の起源は古くからあったにせよ、それが世界に広まるほどの圧倒的な力を持つようになったのは最近のことだったのですね。

この本の帯には次のように本書の説明が書かれています。

「料理の発見、食べる人、食べ方、レストランの興亡史を通して、その恐るべき”美食と大食そして粗食”の様態に隠された〈欲望〉の制度を望見する。」

フランス人の飽くなき食への欲望はどこから来ているのか、そしてどのようにフランス文化に浸透していったのかをこの本では紹介しています。

面白いことにここでもフランス革命後の十九世紀前半の社会事情が文化の発展に大きな影響を与えていることがわかります。

ファッションに引き続き、この本でも当時のフランス人の生活が垣間見えてとても興味深いです。

鹿島茂『19世紀パリ時間旅行―失われた街を求めて―』青幻舎

こちらも鹿島茂氏による作品。

この本の特徴は何と言ってもかつてのフランスの風景が描かれた膨大な資料を一挙に見ることが出来る点にあります。

やはりビジュアルで見ると、文字でイメージするよりずっとわかりやすいですね。

19世紀のフランスにはどのような建物が立っていたのか、人々の生活はどのようなものだったのか、それらが一目瞭然です。

それぞれの絵の解説も鹿島氏により懇切丁寧に書かれていますので、その絵がどのようなものなのかもとてもわかりやすいです。

見る資料集としてとてもありがたい1冊です。

シュテファン・ツヴァイク『バルザック』水野亮訳、早川書房

ドストエフスキーに強い影響与えたフランスの文豪バルザックの伝記です。

バルザックの生涯は「事実は小説よりも奇なり」という言葉では表せないほど破天荒なものでした。

あまりに豪快過ぎます。

フランス社交界で名を成すために莫大な借金をし、いい商売があると思い立ったらすぐに莫大な投資をするもすぐに失敗。その借金を返すためにひたすら小説を書き続け、時には睡眠時間もほぼないままにどろどろの特製超濃厚コーヒーで頭を強制的に目覚めさせ、数週間も執筆し続けるという狂気の行動を繰り返した作家でした。

この他にも数え切れないほどのエピソードがあり、どれも度肝を抜かれます。

おそらく、ドストエフスキー以上にぶっ飛んだ個性を持った人間なのではないかとこの伝記を読んで思いました。

筆一本でパリで成り上がったバルザックの生涯は当時の時代風潮を知る上でもとても興味深い知見を与えてくれます。

並の小説よりもはるかに波乱万丈なバルザックの生涯を描いた伝記です。なかなかに面白い1冊でした。

バルザック『幻滅―メディア戦記』上下巻、野﨑歓、青木真紀子訳、藤原書店

バルザックの『ゴリオ爺さん』の続編にあたる作品です。こちらも『ゴリオ爺さん』に負けず劣らずの名作です。

こちらの主人公は美青年の詩人リュシアン。

彼もパリでの成功を夢見て地方から上京しますが、社交界の壁にいきなりはじき返されることになります。

前作『ゴリオ爺さん』の主人公ラスティニャックもこの作品で社交界のダンディーとして再登場し、リュシアンの前に現れます。彼は社交界の戦いに打ち勝ち、社交界に君臨するまでになっていました。

『ゴリオ爺さん』では社交界での戦いはあまり描かれませんでしたが、今作品ではリュシアンがいかにして社交界でのし上がっていくかが詳細に描かれています。

またリュシアンが働くことになるメディア界の実情や華やかな芸能界の舞台裏もこれでもかと暴露していきます。

華やかな世界の裏にどんな事情が隠されていたのか、当時のパリ事情に通ずるには最高の時代小説なのではないでしょうか。

ドストエフスキーも青年時代にこれを読んでいたわけであります。ドストエフスキーはこういう世界をどう見ていたのでしょうか、非常に気になります。今後のドストエフスキー研究のテーマのひとつになりそうです。

アラン・コルバン『においの歴史[嗅覚と社会的想像力]』山田登世子・鹿島茂訳、新評論

最後にちょっと違った視点からの本を一冊紹介します。

以前、憧れの都パリを見たロシア人の衝撃 ニコライ・カラムジン『ロシア人の見た十八世紀パリ』の記事の中でも少し触れましたが、パリは圧倒的な豪華さと圧倒的な汚辱がそこかしこに同居している街であることをお話ししました。

そのパリがどれだけ汚く、強烈な悪臭で満たされているかを過去の資料から丹念に研究し、パリがそこからどのような公衆衛生対策を取っていったか、また市民はにおいについてどのような感情を抱いていたのかをこの本では詳しく知ることが出来ます。

この本はかなり強烈です。パリが世界で最も汚く悪臭で満たされた街だったという、恐いもの見たさを刺激されるような内容の本です。

香水の文化が発展していくのもこうした背景があり、文化とにおいが結びついていく過程がとても興味深かったです。

異常なほどの清潔好きである日本人だからこそ、こうした海外の衛生事情を知ることも大切なのかもしれません。とても興味深い内容でした。江戸時代末期の日本の衛生状況などとも比べてみたいなと思ってしまいました。

まとめ

ドストエフスキーを学ぶつもりが流れ流れて19世紀フランス文化までやって来ることになってしまいました。

遠回りをしているようで、実はドストエフスキーを知る上ではとても楽しく学ぶことが出来ている今日この頃であります。

フランスを中心にしたヨーロッパ思想や文化に対してドストエフスキーが並々ならぬ思いを持っていることは彼の作品からも伺うことが出来ます。

ロシアはヨーロッパからすると後進国です。ドストエフスキーは進んだ文明を持ったヨーロッパに対して憧れの気持ちはありつつも、それに対する反発や不安も感じています。

ここでふと思うのですが、これって明治維新期の日本人のメンタリティーと似ている気がしませんか?

私はドストエフスキーが悩んだ先進国たるヨーロッパと後進国ロシアの問題は、日本人がヨーロッパに対して感じていたものとまさしく共通するものがあるように思えるのです。

だからこそ日本でドストエフスキーがこれだけ共感を得て、重要な作家として今でも尊敬されているのではないかと私は思うのです。

そういう意味でもヨーロッパの文明、特に19世紀のフランス文化を学ぶことは私たち日本人のメンタリティーを知る上でも貴重な示唆を与えてくれるのではないでしょうか。

以上、「19世紀前半のフランス文化と人々の生活を知るためのおすすめ書籍まとめ」でした。

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