『悪霊』あらすじ解説―現代への予言書と呼ばれるドストエフスキー作品の最高峰

ドストエフスキー作品

現代への予言書と呼ばれるドストエフスキー作品の最高峰『悪霊』概要、あらすじ

『悪霊』は1871年から72年にかけて連載された長編小説です。

私が読んだのは新潮社出版の江川卓訳の『悪霊』です。

『悪霊』にも色々な版がありますが、新潮社版が特におすすめです。

早速裏表紙のあらすじを見ていきましょう。

「1861年の農奴解放令によっていっさいの旧価値が崩壊し、動揺と混乱を深める過渡期ロシア。青年たちは、無政府主義や無神論に走り秘密結社を組織してロシア社会の転覆を企てる。―聖書に、悪霊に憑かれた豚の群れが湖に飛び込んで溺死するという記述があるが、本書は、無神論的革命思想を悪霊に見たて、それに憑かれた人々とその破滅を、実在の事件をもとに描いたものである。」(上巻)

新潮社出版 江川卓訳『悪霊』上巻裏表紙

「ドストエフスキーは、組織の結束を図るため転向者を殺害した〝ネチャーエフ事件〟を素材に、組織を背後で動かす悪魔的超人スタヴローギンを創造した。悪徳と虚無の中にしか生きられずついには自ら命を絶つスタヴローギンは、世界文学が生んだ最も深刻な人間像であり〝ロシア的〟なものの悲劇性を結晶させた本書は、ドストエフスキーの思想的文学的探求の頂点に位置する大作である。」(下巻)

新潮社出版 江川卓訳『悪霊』下巻裏表紙

『悪霊』はドストエフスキーのヨーロッパ外遊が終わりに近づく1870年から執筆が始められ、1871年7月にペテルブルクに帰還した後も書き続けられた作品です。

4年にわたり祖国を離れヨーロッパに滞在していたドストエフスキーは、改めてヨーロッパ思想に対してその行く先を案じることとなりました。

このままでは祖国ロシアも危ない。愛するロシアがヨーロッパ思想に呑み込まれてしまっては国は破滅に突き進んでしまう。

ドストエフスキーはそんな危機感を募らせたのでありました。

そしてそんな時に実際に起こったネチャーエフ事件という、革命思想を狂信する集団が内ゲバを起こし、メンバーをリンチして殺してしまう惨劇が起こってしまいます。

ドストエフスキーはこの事件と聖書の「悪霊に憑かれた豚が湖に飛び込み溺死する」というイメージを重ね合わせ『悪霊』を執筆していきます。

巻末の解説ではこの作品について次のように述べられています。

『悪霊』はドストエフスキーの多くの作品のなかでも、最も複雑な、謎めいた作品であり、それだけに各時代を通じて評価もさまざまにわかれた。ソ連には、この作品を「革命運動への誹謗書」であるとする根強い見解があり、他方では、スタヴローギンを目して、世界文学が生んだ最も深刻な人間像であり、この書を現代への予言書と見る評価もある。いずれにせよこの作品が、『カラマーゾフの兄弟』と並んで、ドストエフスキーの思想的、文学的探究の頂点に位置する大作であることは論議の余地がないようである。

下巻P751

『悪霊』は数あるドストエフスキー作品の中でも、その思想的、文学的探究の面で最高峰のものであり、重厚な作品となっています。

全体的に重い雰囲気が漂いますが、非常に読み応えのある作品です。

感想

『悪霊』は『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』と並ぶドストエフスキーの代表作として知られている作品です。

そしてこの作品が抱えている思想問題の深刻さは彼の作品の中でも明らかにトップクラスとなっています。

私が初めてこの作品を読んだ時も、そのあまりの盛りだくさんぶりに体調が悪くなりぐったりしてしまうほどでありました。

それだけこの作品の持つ魔術的な力は計り知れません。

なぜこんなにも重厚な作品となっているのかというと、まず登場人物ひとりひとりの個性が強烈な点にあります。

ひとりひとりがとにかく濃い!あくが強い人物たちが一つの舞台でぶつかり合い、自らの存在を主張し合います。

まさに「悪霊」に憑りつかれたごとく、悪役たちは巧妙にそして残酷に社会を混乱に陥れていきます。その過程があまりにリアルで、読んでいてお腹の辺りがグラグラ煮え立ってくるような感情が私の中に生まれてくるほどでした。

やがてそれは生きるか死ぬかの究極の思想対決へと進んで行き、一体これからどうなるのか、彼らの心の中で何が起こっているのかと一時も目が離せぬ展開となっていきます。

さて、ここまで『悪霊』についてお話ししてきましたが、「『悪霊』ってなんだか暗くて難しそうだな・・・読みにくそう」とお思いになられた方もおられるかもしれません。

これはひょっとすると、これまで紹介してきた作品も含めてドストエフスキー作品すべてに言えるかもしれません。

「ドストエフスキーは難しいのか」

これは永遠のテーマかもしれません。

たしかに、現代小説に比べると、まず小説そのものが長かったり、言葉遣いも独特で読みにくさもあるかもしれません。

ですが、「難しさ」という点では実はそこまで恐れるほど難しいわけではないのではないかと最近私は思っています。

読んでいて全く理解できない単語も出てきませんし、ややこしくて何を言ってるのかわからないような長文が出てくるということもありません。

文章を読んでいくという作業の点では、ドストエフスキー作品にはそこまで難解な文章はないのです。むしろ引き込まれてどんどんのめり込んでいってしまうほどです。

ではなぜ「ドストエフスキー=難しい」となってしまったのか。

それについてはここでは『悪霊』からは脱線してしまうのでお話し出来ませんが、改めて考えていきたいと思っています。

さて、話はそれてしまいましたが、『悪霊』はたしかに重厚な作品ではありますが、決して読みにくいとか難しすぎるというわけではありません。

むしろ、この作品を入口としてドストエフスキーにはまったという方がたくさんいるほどです。

中にはこの作品がきっかけでドストエフスキーに打たれ、その影響で牧師さんになった方もおられるほどです。

この作品が持つ魔力は計り知れません。異様な力を秘めた作品です。

ドストエフスキー作品の最高峰『悪霊』、おすすめです。ぜひこの作品と格闘してみてはいかがでしょうか。

以上、「『悪霊』あらすじ解説―現代への予言書と呼ばれるドストエフスキー作品の最高峰」でした。

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