エミール・ゾラ「ルーゴン・マッカール叢書」とは

エミール・ゾラとドストエフスキー

はじめに

前回の記事「エミール・ゾラが想像をはるかに超えて面白かった件について―『居酒屋』の衝撃」ではエミール・ゾラの「ルーゴン・マッカール叢書」なるものがフランス第二帝政のことを学ぶにはもってこいであり、ドストエフスキーを知るためにも大きな意味があるのではないかということをお話ししました。

今回はその「ルーゴン・マッカール叢書」とは一体何なのかということをざっくりとお話ししていきたいと思います。

「ルーゴン・マッカール叢書」とは

「ルーゴン・マッカール叢書」はエミール・ゾラの最も重要な作品群です。

では、この作品群は一体どのようなものなのでしょうか。『世界文学全集』の解説を引用します。

《ルーゴン=マカール叢書》の夢がゾラに宿ったのは、一八六八年、二十八歳のころである。「ナポレオンが剣でもって行なったことを、おれはぺンでもって行なってやるのだ」と揚言して、それを、「人間喜劇」叢書において見事に実現したバルザックに刺激されたのである。バルザック流の世界征服!それは自分の生きている現代、すなわち第二帝政期のあらゆる社会面のあらゆる人間とそのあらゆる生活を描き尽くすことだ。だが、バルザックの亜流となってはつまらないし、なりようもないであろう。ゾラは時代の科学のもたらしてくれる真実、時代、、環境、、遺伝、、という三つの因子を人間探究の方法とし武器として、経済的政治的に人間を把握するだけでなくて、生物学的生理学的にも人間を究明しようとするのである。一つの家系を中心として、その強力な遺伝的因子をになった五代にわたる人物をそれぞれの作品に配して、さまざまな環境にわかれたそれらの人物がどのように行動するかを実験することによって、現代の人間生活の真相をあばこうとするのである。

『世界文学全集10 ナナ』川口篤、古賀照一訳、新潮社、P495

19世紀前半のフランスを余すことなく描いたバルザック。

ゾラはそのバルザックの偉業に触発される形で19世紀後半にあたる第二帝政期を描こうとしました。

そしてゾラの特徴は当時急速に発展しつつあった科学の知見を小説に用いるところにありました。

つまり、人間は単独で存在するのではなく時代、環境、遺伝に強い影響を受けているため、これらを精密に分析すれば自ずとその人間の心理的背景も見えてくるとゾラは考えるのです。

科学実験のように人間社会を客観的に見ていく。これがゾラの特徴です。

そしてその中でもゾラが最も重視したのが「遺伝」という考え方だったのです。

ここに「第二帝政下における一家族の自然的、社会的歴史」という副題をもつ《ルーゴン=マカール叢書》が誕生する。このルーゴン=マカール家系の祖は、南フランスのプラサンにすみ、十八歳で孤児となった田舎娘アデライード・フークである。父親は狂死するが、彼女もその血をうけて狂人となる。その間、ルーゴンと結婚して一男をもうけ、ルーゴンの死後、マカールと通じて一男一女をうむ。ルーゴンは健康な農夫であるが、マカールは飲んだくれでアルコール中毒患者である。このようにしてアデライード・フークがうんだ三人の子供のそれぞれの子孫が、叢書の各編の主役を演ずることとなる。

この家系からは、大臣、官吏、代議士、医師、新聞記者、大商人、牧師、画家、技師、炭鉱夫、鉄道員、女優、売春婦、洗濯女、豚肉屋、兵士、百姓、労働者等、社会のあらゆる階層のあらゆる地位と職業をもつものが出現する。そして、悪い遺伝をうけたアル中患者、結核患者、宗教気違い、放火狂、精神薄弱者、ヒステリー、などの病人、またはそれに類する連中も少なくない。一家の血筋をひかぬ者までも合わすと、この叢書の登場人物はおよそ千二百名におよぶ。壮観である。

第一巻『ルーゴン家の運命』から、最終巻の『医師パスカル』まで、じつに二十五年の年月のあいだ、二十編、九千余頁の膨大な叢書を、ゾラはほぼ規則正しく一年一作の割で書き続ける。異常な努力とエネルギーである。

『世界文学全集10 ナナ』川口篤、古賀照一訳、新潮社、P495ー496

少しややこしいですが、解説のように、「ルーゴン・マッカール叢書」とはアデライードという女性をその祖とした、ルーゴン家系の一族とマッカール家系の一族の物語ということになります。

この一族は皆強烈な個性を持っていて、あらゆる職業、あらゆる社会を網羅しています。

下のファイルはこのルーゴン・マッカール家の家系図です。これを見ればいかにこの家系図が入り組んでおり、そしてそれぞれがどのような人間か、どの作品に登場しているかが一目瞭然です。 (※この図はイラストが得意な私の妹が作ってくれました。妹よ、ありがとう!)

https://shakuryukou.com/wp-content/uploads/2020/06/Rougonmacquart.pdf

妹はこの図を作りながらこう言いました。

「この人たち、みんなやばい人たちばっかりだね。精神異常の人ばっかりだし犯罪者も多いしアル中も…」

そうなんです。この一族はとにかく強烈な人間だらけです。

ゾラに言わせれば、祖であるアデライードが精神疾患を持っているのだからその一族もその気質は引き継がれる可能性が高いだろうということなのです。

ルーゴン・マッカール家に平凡な人間はほとんどいません。

ですが、その強烈な個性があるからこそやはり物語は面白いのです。

おわりに~「ルーゴン・マッカール叢書」一覧と

「ルーゴン・マッカール叢書」は世界文学史上、類を見ない作品群です。叢書の最終巻『パスカル博士』の訳者あとがきには次のように述べられています。

十九世紀はまさしく小説の時代であり、それに併走するようにして、ゾラは一ハ七一年から九三年にかけて、ほぼ一年に一作の割合で「ルーゴン=マッカール叢書」を書き続けていました。その時代にドストエフスキーの『悪霊』や『カラマーゾフの兄弟』、トルストイの『アンナ・カレーニナ』や『復活』も刊行され、その他にも各国で数多くの名作の出現を見ています。しかしゾラのように一家族の物語をその背後にある社会とともに二十編に及ぶ連作として書き続けた作家は他におらず、その達成は世界文学史上においてもまったく特異な出来事であり、同時代及びその後の世界文学に対して大いなる影響を与えたように思われます。

『パスカル博士』小田光雄訳、論創社、P398

ゾラの「ルーゴン・マッカール叢書」はドストエフスキーやトルストイと並べられるほどの重大な作品であることが小田光雄氏の言葉からも伺えましょう。

最後にこの書の作品を発表順に並べていきます。

1870年 第1巻 『ルーゴン家の誕生』
1871年 第2巻 『獲物の分け前』 
1873年 第3巻 『パリの胃袋』 
1874年 第4巻 『プラッサンの征服』
1875年 第5巻 『ムーレ神父のあやまち』
1876年 第6巻 『ウージェーヌ・ルーゴン閣下』
1877年 第7巻 『居酒屋』
1878年 第8巻 『愛の一ページ』
1880年 第9巻 『ナナ』
1882年 第10巻『ごった煮』
1883年 第11巻『ボヌール・デ・ダム百貨店』
1884年 第12巻『生きる歓び』
1885年 第13巻『ジェルミナール』
1886年 第14巻『制作』
1887年 第15巻『大地』
1888年 第16巻『夢想』
1890年 第17巻『獣人』
1891年 第18巻『金』
1892年 第19巻『壊滅』
1893年 第20巻『パスカル博士』

さて、『居酒屋』、『ナナ』とゾラの魅力にすっかり憑りつかれてしまった私でありましたが、もう腹は決まりました。

私はこれをすべて読んでいくことにしたのです。

次の記事からはこれらすべての作品のあらすじと読んでみての感想等を書いていきたいと思います。もちろん、これはあくまで私のドストエフスキー研究という視点からのものになります。ドストエフスキーにとってこの小説に描かれたものはどんな意味があるのか、そのような立場で考えていきたいと思います。

エミール・ゾラは日本では今まであまり取り上げられることのなかった作家であります。これについては後々改めてその原因などをこのブログで考えていきたいと思っていますが、世界的に見れば、現在でも最も人気のある作家の一人であるそうです。

ですので、その作品の持つ力はやはり間違いないものなのではないかと私は思います。

では、次の記事から「ルーゴン・マッカール叢書」の紹介を始めていきます。

まずはじめは、第一巻の『ルーゴン家の誕生』です。

次の記事はこちら↓

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