ゾラ『ボヌール・デ・ダム百貨店』デパートはなぜ人を惹き付けるのか、その起源と秘密に迫る!

エミール・ゾラとドストエフスキー

「ルーゴン・マッカール叢書」第11巻『ボヌール・デ・ダム百貨店』の概要とあらすじ

『ボヌール・デ・ダム百貨店』はエミール・ゾラが24年かけて完成させた「ルーゴン・マッカール叢書」の第11巻目にあたり、1883年に出版されました。

私が読んだのは藤原書店出版の吉田典子訳の『ボヌール・デ・ダム百貨店』です。

まずは帯記載のあらすじを見ていきましょう。

現代消費社会を彷彿とさせるデパート小説!

舞台は19世紀末パリ。大量商品による大幅値下げを実現した新興大デパートは、バーゲンや大広告などの新商法で小商店を破産させ、流行品と買い物の魅力に憑かれた女たちを食いものにしつつ急成長する!

ノルマンディーの田舎町から叔父を頼って上京してきた孤児の娘ドゥニーズは、パリに着いた朝、生まれてはじめて目にしたデパートの華麗なショーウインドーに心底から魅惑される。デパートの名前は「ボヌール・デ・ダム」、すなわち「ご婦人方の幸福」百貨店。これは活動的で野心家、そして名だたるプレイボーイであるオクターヴ・ムーレが、大量の魅力的な商品とさまざまな近代商法によってパリ中の女性を誘惑し、脅威的に売上げを伸ばしている店である。ドゥニーズはこの店で、一介の女店員とて働きはじめることになる。

華やかなデパートは、婦人客を食いものにし、近隣の小商店を押しつぶす巨大で怪物的な機械装置でもあった。この小説はゾラが、同時代のデパートの躍進を、ムーレとドゥニーズの恋愛を横糸にしながら描き出した大作である。

藤原書店出版 吉田典子訳『ボヌール・デ・ダム百貨店』

この物語の主人公はドゥニーズという若い女性で、健気で優しく、真面目で芯も強いというシンデレラのような女性です。

そしてもう一人の主人公がルーゴン・マッカール家のオクターヴ・ムーレという人物になります。

彼は前作『ごった煮』の主人公であり、ブルジョワ達の私生活を学び、ついには彼の野望であった巨大デパートの開業を成し遂げていたのでありました。

ルーゴン・マッカール家の家系図では中央下部に位置します。

https://shakuryukou.com/wp-content/uploads/2020/06/Rougonmacquart.pdf

この小説においては、二つの大きなテーマが組み合わされている。商業と女性、あるいは金銭と恋愛である。一方で、主人公であるデパート経営者オクターヴ・ムーレは、大量の魅惑的な商品とさまざまな近代的商法を武器に、パリ中の女性を「征服」し、莫大な売り上げをあげて急成長を遂げ、次々と店舗を拡張していく。しかしこのきらびやかなデパートは、婦人客を食いものにし、従業員を搾取して、近隣の小さな小売店を押しつぶしていく怪物的な機械装置でもあるのだ。他方、小説の横糸となるのは、ドゥニーズとムーレとの恋愛物語である。ドゥニーズは一介の女店員から出発してさまざまな苦労を経験し、小規模な専門店の末路に心を痛めながらも、生来の賢明な美徳によって、逆にムーレを「征服」し、彼と結婚するにいたる。

藤原書店出版 吉田典子訳『ボヌール・デ・ダム百貨店』P636

この小説は以前アップした『デパートはここから始まった!フランス第二帝政期と「ボン・マルシェ」』の記事でも紹介したフランス文学者鹿島茂氏の『 デパートを発明した夫婦』 で参考にされている物語です。

ゾラは現場での取材を重要視した作家で、この小説の執筆に際しても実際にボン・マルシェやルーブルなどのデパートに取材に出かけ、ほぼ1カ月にわたって毎日5,6時間みっちりと取材と見学を重ねたそうです。

小説中でデパートはさまざまな隠喩によって表現されているが、そのひとつは宮殿や教会の隠喩である。ムーレの「夢の宮殿」「商業の巨大な宮殿」は「近代商業の大聖堂」であり、「モードの浪費の狂気に捧げられた神殿」である。小説中には宗教的な比喩が散りばめられている。冒頭部からショーウインドーは「女性の魅力に捧げられた礼拝堂」として提示され、そこではモードの神殿の女神である美しい衣装を付けたマネキンが、頭の代わりに値札を付け、鏡に反射して限りなく増殖している。それは肉体の宗教、「美」を信奉する新たな宗教であり、ムーレはその司祭であって、そこには女信者たちが押し掛ける。小説中にもあるように、デパートはかつて「教会」が果たしていた機能を代替しようとするのである。

藤原書店出版 吉田典子訳『ボヌール・デ・ダム百貨店』P646

デパートは消費資本主義という宗教の神様に捧げられた大聖堂である。これは非常に意義深い表現であると思います。

ムーレはこの神殿で女性を誘惑する。彼がアルトマン男爵に打ち明けるように、彼の販売戦略の中心には「女」がある。女性の弱みにつけ込んで誘惑し、その欲望に火をつけて際限のない消費へと向かわせるのである。興味深いのは、ムーレの商業的誘惑のすべてが、女性に対する性的誘惑の言語で語られていることであり、レイチェル・ボウルビー(『ちょっと見るだけ』ありな書房)が指摘したショッピングにおけるジェンダーの問題が明確に浮かび上がっていることである。この小説中でデパートの客はつねに女性複数形の婦人客(clientes)であり、彼女たち消費者に対する商店側の誘惑は、(男による女の誘惑)という図式にぴったりとはめ込まれる。そして商業的な搾取と性的搾取はやはり一体となっていて、そこで搾り取られるのは金銭であると同時に、女性の「血と肉」でもある。ここで華麗な神殿は「女を食べる機械」としての姿をあらわにする。それは「高圧で作動する機械」、蒸気を吐き出す「巨大な機関室」「大かまど」であり、婦人客たちはそこに放り込まれ、売場の歯車を一巡した後で、最後にレジに投げ捨てられる。大売り出しの日に「過熱した機械」は「婦人客たちのダンスをリードし、その肉体から金銭を引き出す」のである。

藤原書店出版 吉田典子訳『ボヌール・デ・ダム百貨店』P646-647

現代社会に直結する消費資本主義の発祥がこの小説には細かく描かれています。

解説書と違って物語としてその発展過程を体験できるのでその姿がより生き生きと感じられるものになっています。

感想―ドストエフスキー的見地から

お金と消費が至上命題になっていく消費資本主義。

ドストエフスキーはまさにこのデパートがものすごい勢いで発達していく時代のパリを訪れています。

その後もヨーロッパ中を席巻していく消費資本主義の波は当然ロシアにも押し寄せます。

ドストエフスキーはそうした欲望を掻き立てる風潮に対してどのような反応を示していくのか。これは今後ドストエフスキーを学ぶ上で大きな視点となっていくのではないかと思いました。

この本を読むことは私たちが生きる現代社会の成り立ちを知る手助けになります。

もはや街の顔であり、私たちが日常的にお世話になっているデパートや大型ショッピングセンターの起源がここにあります。

鹿島茂氏の 『デパートを発明した夫婦』 と合わせて非常におすすめな作品です。

以上、「ゾラ『ボヌール・デ・ダム百貨店』デパートはなぜ人を惹き付けるのか、その起源と秘密に迫る!」でした。

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