ファンテーヌ『I Dreamed A Dream(邦題 夢やぶれて)』彼女の恋と悲惨な運命とは

『レ・ミゼラブル』とドストエフスキー

なぜ彼女は悲惨な道を辿ったのか~ファンテーヌの恋と悲惨な運命とは 鹿島茂著『「レ・ミゼラブル」百六景』より

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引き続き鹿島茂著『「レ・ミゼラブル」百六景』を参考に、ミュージカル鑑賞に役立つキャラクター解説をしていきます。この本は原作のレミゼのストーリーの流れだけでなく当時の時代背景やもっともっとレミゼを楽しむための豆知識が満載です。 ミュージカルの最高の参考書にもなります。

ミュージカルでは時間の都合上、表現しきれない箇所がどうしても出てきてしまいます。そこで、より深くレミゼを知るためにこの本とユゴーの原作をたよりにしながらそれぞれのキャラクターを見ていきたいと思います。

ファンテーヌの恋と悲惨な運命とは

今回の記事ではレミゼの重要な位置を占めるファンテーヌという女性についてお話ししていきます。原作ではファンチーヌと表記されていますが、この記事ではミュージカル版に合わせてファンテーヌと呼ぶことにします。

ファンテーヌ『I Dreamed A Dream(邦題 夢やぶれて)』アン・ハサウェイとスーザン・ボイルの圧巻の歌声

さて、ファンテーヌといえばこの曲です。

この『I Dreamed A Dream(邦題 夢やぶれて)』という曲でファンテーヌの運命が歌われています。この曲はもう何度聴いても泣きそうになります。そしてこの映画のアン・ハサウェイの歌唱は圧倒的です。すごすぎてもう何も言えません。ぜひこの映像を見てみてください。

また、この曲はスーザン・ボイルが歌い大ブレイクしたことでも有名です。

スーザン・ボイルがこの曲を歌ったことでレミゼの知名度がさらに高まったと言われています。この映像も素晴らしいです。感動してしまいました。

ファンテーヌの過去

さて、話は戻りますがファンテーヌは歌のタイトルの通り、夢破れて悲惨な最期を遂げます。そして残されたのが彼女の愛する娘、コゼットでした。このコゼットとジャン・ヴァルジャンの物語がレミゼで語られていくことになります。

ではいつものように鹿島茂著『「レ・ミゼラブル百六景」』より解説を見ていきましょう。この本では以下のようにファンテーヌは解説されています。

物語はジャン・ヴァルジャンを離れ、しばらくはパリの女エファンチーヌのエピソードが語られる。

一八一五年六月、ワーテルローの敗戦でナポレオンの百日天下が終わり、ルイ十八世による第二次王政復古が始まった。軍歴のかわりに学歴が重視されるようになった平和の時代を反映して、パリの学生街カルチェ・ラタンは上京してきた地方の名士の子弟であふれていた。学生たちは、灰色の安手の服を着ていたのでグリゼットと呼ばれた女工たちを恋人にして、空虚ではあるが明るい青春を謳歌していた。

フェリックス・トロミエスもそんな学生の一人で、ファンチーヌという名の女工を恋人にしていた。彼の三人の友人にもそれぞれ女工の恋人がいた。ある夏の一日、四組のカップルは、サン=クルーへピクニックに出かけた。夢のように楽しい一日を過ごしたあと、彼らはシャン=ゼリゼのカフェに入った。四人の学生は「きみたちをびっくりさせるものがある」といってカフェを出ていった。ボーイが託された手紙を持ってきた。それには、彼らが彼女たちを捨てて親もとに帰ることが書かれていた。一時間後、自分の部屋に戻ったファンチーヌはさめざめと泣いた。彼女は妊娠していたのだ。

文藝春秋、鹿島茂『「レ・ミゼラブル」百六景』P64-66

ファンテーヌが「かつて恋をし、夢破れた」と歌っていたのはこういうことだったのです。勝手な男にいいように遊ばれ、捨てられてしまったのです。ですがこの別れは単に男の身勝手で済む問題ではなく、社会問題でもあったのです。鹿島氏は続けます。

カルチェ・ラタンの屋根裏部屋を舞台にした学生とグリゼットとの恋は、シャンソン詩人べランジェと小説家ミュルジェールによって神話にまで高められ、後にプッチーニの手でオぺラ『ラ・ボエーム』となったが、現実にはこうした悲劇をいくつも生み出していたにちがいない。

まず、身分制度が厳しかった当時の社会において、上層中産階級以上の出身である学生が下層階級のグリゼットと結婚することは事実上不可能に近かった。いってみればグリセットはカルチェ・ラタンにおける学生の現地妻にすぎず、いずれ修業年限がきて学生が親もとに帰るときには必ずこうした別れが繰り返されたはずである。もちろんグリゼットのほうでもそれを承知で束の間の恋に酔っていたわけだが、子供ができた場合悲惨な境遇が彼女たちを待ち受けていたことは言うまでもない。学生のなかには子供を認知し、さらには結婚もして、階級を離脱する者もなかったわけではないが、所詮それは限られたケースだったのだろう。しかし、息子を送り出す親にとってグリゼットの存在は大変な脅威だったらしく、金持ちの親はつとめて、賄いつきの上に監視もついている下宿を探すようにしたという。

文藝春秋、鹿島茂『「レ・ミゼラブル」百六景』P66

ファンテーヌはそのような学生に恋をしてしまったのでした。しかもずっと一緒にいられるという夢を見て・・・

はじめから割り切って付き合っていたならともかく、パリで貧困にあえぎながら必死に働く少女の純粋な恋です。ファンテーヌひとりにその責任を問うのはあまりに酷です。

トロミエスに捨てられた後、ファンチーヌは孤独のうちに女の子を出産した。代書屋にたのんで、トロミエスにニ、三度手紙を出したが返事はなかった。やがて金に困ったので持ち物を全部売り払った。それでも借金を返すと八十フラン(8万円)しか残らなかった。パリでは仕事がなかったので故郷のモントルイユ=シュル=メールに戻ることに決め、二十二歳のある朝、二歳のコゼットを背負って徒歩でパリを離れた。

ジャン・ヴァルジャンが、男の《レ・ミゼラブル》(貧困によって汚辱に染まった人々)の象徴であるとするなら、女のそれはこのファンチーヌである。ファンチーヌ自身も両親を知らずに育ち、名前は通りがかりの人がつけてくれたということになっているが、じつはこの名前はユゴーがキリスト教ワルド派の伝説に出てくる子供の守護妖精ファンチーヌから取ったものである。

彼女は十五歳でパリに上り、女工になった。もっとも女工といってもまだ産業革命は始まっていないから、工場で働くのではなく、帽子、下着、婦人服などを仕立てるアトリエのお針子、つまりグリゼットである。

当時、若い女性が自らの手で生計を得るには、このグリゼットか女中になるほかなかった。一日十四、五時間働いて屋根裏部屋でパンとソーセージだけのタ食をとり、日曜日に大衆的な劇場へメロドラマを見に出かけるのが唯一の楽しみという生活だから、もし妊娠したら、たちまち職を失い、路頭に迷うことになった。

ただ、出産だけは公立の産院で無料ですることができた。当時、出産は自宅でするのが普通で、元来、産院はそれができない特別な事情のある女性のために設けられたものなのである。

しかし、市や慈善団体は出産の世話はしても、職探しや育児の面倒まではみてくれない。生きていくには子供を里子に出して職を見つけるほかなかったが、これが簡単にはいかぬことはファンチーヌの例からも明らかである。

そこで、嬰児の遺棄にはしる母親が出てきたが、よくしたものでパリにはこうした捨て子を専門に収容する施設があった。聖ヴァンサン・ド・ポール修道会が運営する棄児院がそれで、王政復古期には毎年五千五百人前後の赤ん坊がここに収容されたという。この棄児院なら、母親は「安心して」子供を棄てることができたのである。

文藝春秋、鹿島茂『「レ・ミゼラブル」百六景』P68-70

パリといえば華やかなイメージがあるかもしれませんが『レ・ミゼラブル』のタイトル通り、悲惨な状況がそこにはあったのです。ファンテーヌはその典型的な犠牲者なのでした。

解説の後半の棄児院の話もなかなか衝撃ですよね。一年間に5500人前後も子供が捨てられていたのです。これもパリの現実を表す数字だと言えます。

実はこうした身寄りのない貧しい子供たちの問題はイギリスの文豪ディケンズの代表作『オリヴァー・ツイスト』でも取り上げられています。

この小説の主人公オリヴァー・ツイストはまさにこうした孤児院の子供で、そこでの生活は悲惨を極めていました。

パリでもその状況はあまり変わりません。ファンテーヌがなぜ生まれたばかりのコゼットをそこに捨てようとしなかったかはおそらくそうした悲惨な生活を理解していたからではないでしょうか。ファンテーヌは生れてくるコゼットをどうしても手放したくなかったのです。

ですが、運命は残酷です。彼女は最後にはまともに働く先すらも失っていくことになります。

貧困ゆえに娼婦にまで身を落とすファンチーヌの運命は、十九世紀に未婚の母となった下層階級の女性がたどるごく一般的なコースだったようだ。

十九世紀前半における私生児の率はかなり高く、都市部では二十パーセント前後、アラスのような兵営とレース工場のある町では三十ニパーセントにも上っていたが、こうした不幸な運命を背負わされたのは、ほとんどが、主人に孕まされたあげく追い出された女中か、あるいは学生や兵士に誘惑されて捨てられたグリゼットで、遅かれ早かれ子供を捨てるか自分を捨てるかの二者択一を迫られた。娼婦の前の職業はたいていこのどちらかだったという。

しかし、未婚の母を売春へと追いつめるのは、託児所の不在というよりもむしろファンチーヌの場合のように世間の不寛容だったと思われる。

文藝春秋、鹿島茂『「レ・ミゼラブル」百六景』P90

ここで最後に述べられているように、ファンテーヌは世間の不寛容によってとどめを刺されたのでした。それは映画やミュージカルを観た方なら頷けるものだと思います。

ユゴーはこうした貧しい女性の問題、捨てざるをえなくなった子供たちの問題をこの作品で表現しています。ファンテーヌの悲惨は彼女一人だけでなく社会全体の悲惨でもあったのです。ユゴーはそんな社会を変革したいという願いもこの作品に込めていたのでありました。

ファンテーヌを知ることは当時のフランス社会が抱えていた問題を知ることにもなります。

こうした背景を取り込みつつミュージカルや映画の短い時間でそれを表現した製作陣のすごさには恐れ入るばかりです。ますますレミゼが好きになりました。

以上、「ファンテーヌ『I Dreamed A Dream(邦題 夢やぶれて)』彼女の恋と悲惨な運命とは~鹿島茂著『「レ・ミゼラブル」百六景』より」でした。

次の記事ではコゼットがテナルディエに預けられた顛末についてお話ししていきます。

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