ジャヴェールこそ『レ・ミゼラブル』のもう一人の主人公である!愛すべき悪役ジャヴェールを考える

ジャヴェール 『レ・ミゼラブル』をもっと楽しむために

愛すべき悪玉、ジャヴェール(ジャベール)

早速皆様に見て頂いたのが私の愛するレミゼのキャラクター、ジャヴェールです。原作ではジャヴェールと呼ばれていますが、ミュージカルなどではジャベールと表記されることもあります。

これまで『レ・ミゼラブル』の原作と映画についてお話しさせて頂きました。

原作では第1巻から最後の5巻までずっとジャン・ヴァルジャンとの戦いを繰り広げてきたジャヴェール。

英雄ジャン・ヴァルジャンを追いかける、わかりやすいほどの悪玉として彼は描かれます。

ですが彼の最後のシーンを読むと、そんな彼の振る舞いの意味合いがまったく変わってきます。私は『レ・ミゼラブル』の中で、このジャヴェールの壮絶な最期が最も心に残っているシーンとなっています。

しかし映画やミュージカルではそのジャヴェールのシーンが少し物足りなく、なぜジャヴェールが苦しみ、そして死を選ぶのかがわかりにくい展開になっています。(もちろん、歌は最高です。ものすごく格好よく、私も大好きなシーンです)

映画のレビューを見ても、「なぜジャヴェールは死んだのか」という感想が多くありました。

ということで、今回はジャヴェールという男について特化して話していきたいと思います。

映画では伝わりきれなかったジャヴェールの魅力を伝えるために原作を長めに引用します。ジャヴェールのことを知るのと同時に、原作の雰囲気も味わって頂けたらと思います。

今回は長い文章を引用しますので私の方で適宜文章を改行させて頂きました。本来はひとつながりの段落を改行するのは作者に申し訳ないのですが、画面で見るには少し厳しいので手を加えることにしました。ご了承ください。

原作が意外と読みやすいことに驚かれるかもしれません。長いし難しそうだしということで敬遠されていた方にもぜひ読んで頂いてレミゼの原作を楽しむきっかけとなって頂けたら幸いです。

ジャヴェールとは何者か

ジャヴェールの初登場は第1巻で、市長となったジャン・ヴァルジャンがいる町の警部として彼は任務を果たしていました。ユゴーは彼の素性を次のように記しています。

ジャヴェールは、監獄の中でトランプ占いの女の子として生れた。亭主も懲役に行っていた。ジャヴェールは大きくなるにつれて、自分は社会の外にいると考え、そこに戻れる望みは全くないと思っていた。

彼は社会が二つの階級の人間を、絶対にしめ出していることに気づいた。つまり社会を攻撃する人間と、社会を守る人間である。彼はこの二つの階級のどちらかを選ぶより仕方がなかった。同時に、彼は自分に、なんとなく厳格、几帳面、誠実の素質があることを感じた。しかもそのうえ、自分が属している浮浪者の種族にたいして、言いようのない憎しみがあった。彼は警察に入った。

彼はそこで成功した。四十歳で警部になった。

新潮社版『レ・ミゼラブル』1巻P320

ジャヴェールは監獄で生まれた子です。両親がそこに入っているような悲惨な環境です。

そんな生活基盤も後ろ盾も何もない男が、まっとうな生活を送り、警察に入り、そこから警部にまで昇進するというのはとてつもないことです。

レミゼでは基本的に悪玉として描かれますが、彼はものすごく優秀な人間であり真面目で誠実な男なのです。

ですが、単に真面目なだけではありません。ここまで出世するには彼特有の異常とも言える性格がありました。

この男は非常に単純な二つの感情から成り立っていた。いずれも相対的にはきわめて善良なのだが、誇張されるために醜悪にさえ思えるものであった。つまり、権威にたいする尊敬と、反逆にたいする憎悪である。

彼の目には、盗みや人殺しなどあらゆる罪は、反逆のいろいろな形態にほかならなかった。首相から森林看守にいたるまで、国家の職務についている者には、一種の盲目的な深い信頼を寄せていた。

ひとたび法の敷居を踏み越えて悪の道に入った者には、軽蔑と反感と嫌悪を浴びせかけた。断固として、例外を許さなかった。

一方でこう言っていた。「官吏が誤るはずがない、司法官は決してまちがいを犯さない」他方ではこう言った。「こいつらは絶対に駄目だ。いいことなんかするはずがない」こうした極端な精神の持主は、人間の法律に、罪人をつくるというか、証明するというか、何とは知れぬ権力を与えて、社会のどん底に三途の河を設ける。彼はこういう人と全く同じ意見だった。

彼は禁欲的で、真面目で、厳格であり、陰気な夢想家で、狂信家のように謙遜でいて、傲慢だった。その視線は錐のようだった。冷たく、つらぬいた。彼の全生涯は、警戒と監視の二語につきた。世の中で最も曲りくねったものの中に、直線を取入れた。自分の有用さを目覚し、職務を神聖視し、まるで司祭のような態度でスパイをやっていた。

彼の手にかかった者は、とんだ目に会う!彼の父が徒刑場から脱走したら捕えただろうし、彼の母が禁を破ったら告発したことだろう。しかも、そうしながらも、徳行が与えてくれるような一種の内的満足を感じただろう。そのうえ、困苦の生活、孤独、克己、清廉であり、気晴らしなどは絶対にしなかった。

新潮社版『レ・ミゼラブル』1巻P321-322

ざっと言うと、ジャヴェールとは潔癖なほど「法」を信頼し、そこに自分の価値判断、全人格を捧げている人物でした。「法」が定めた善悪が彼の全てであり、それを他人だけでなく自らにも厳格に適応します。

こういう男が徒刑囚という悪の権化でありながら、圧倒的な善人たるジャン・ヴァルジャンと出会ってしまうのですからジャヴェールが彼に固執してしまうのは当然のことでした。

彼の理解の範疇をはるかに超えてしまっている人間が目の前に現れてしまったのです。彼の存在を脅かす存在がジャン・ヴァルジャンだったのです。

彼の存在を許すことは自分の全てが否定されることに等しいのです。

だからあんなにも執拗に彼を追いかけ、彼の存在に苦しむことになったのです。そしてそうした2人の宿命のなせる業か、彼らは何度も運命的な邂逅を繰り返すのです。

さて、ジャヴェールが決定的に悪玉として描かれるのは娼婦となったファンチーヌが悪漢に雪を服の中に入れられ、それに抵抗した罪で捕らえられたシーンです。

ファンチーヌの人柄や境遇を知っている私たちには、この事件がいかに不当かに憤ります。

ですがジャヴェールはファンチーヌの嘆願にも耳を貸しません。まったく情状酌量する気はありません。ただただ冷酷非情に「有罪」。それだけ。

もしここにジャン・ヴァルジャンが助けに入ってこなければファンチーヌはそのまま裁かれていたことでしょう。

このシーンこそジャヴェールが最も悪役らしさ満載のシーンです。

ですが、すべての結末を知っている私たちはわかります。

ジャヴェールは自分の信ずる「法」、つまり「絶対善」に従って職務を全うしているだけなのです。

ファンチーヌが何を言おうが、男にとびかかって暴行を加えたのは事実。その事実は動かしようがない。だから罪である。それ以上でも以下でもない。

こういう理屈でジャヴェールは動いているのです。

そして私たちはこの彼の行動をこう見ることもできます。

彼はファンチーヌ個人をいじめて楽しんでいるわけではまったくないのです。

よくある悪役というのは他者をいたぶって悦に入り楽しむような人間が多いです。あるいは自分の利益になるように他人を貶めるような人間ですね。

ですがジャヴェールは全くそういう楽しみを得ていません。彼はファンチーヌすら見ていないのかもしれません。彼はただ「罪」だけを見ているのです。

そういう彼にとってはファンチーヌを救おうとするジャン・ヴァルジャンの理屈は意味不明です。「可哀そうだから救わなければならない。」こんな理屈はジャヴェールには通じないのです。

「罪」は「罪」なのですから。

可哀そうだからと言ってそれが消えるわけではないのです。

ジャヴェールは罪と罰の原理に一切私情を挟みません。

そこにジャヴェールのジャヴェールたる所以があるのです。

パリのジャヴェール

ジャン・ヴァルジャンが市長をしていた町モントルイユ・シュル・メールの警部だったジャヴェール。

その後行方をくらましたジャン・ヴァルジャンを追跡するためにジャヴェールはパリに呼ばれます。

当時、行方をくらました人間が潜伏するのは混沌とした大都市パリが定石中の定石でした。

そのためパリの警察からジャヴェールにお呼びがかかり、彼はパリで捜査を開始します。

そして彼の熱心で有能な仕事っぷりが警視総監の秘書の目にとまり、彼は田舎町モントルイユ・シュル・メールの警部からパリ警察へと抜擢されることになるのです。

ユゴーによれば、

そこでジャヴェールはいろいろと仕事をやってのけ、このような勤務にこんな言葉を使うのは妙だけれども、彼はあっぱれ役に立つ男となった。

新潮社版『レ・ミゼラブル』2巻P311

と言われるほどの活躍を見せるほどだったのです。

ファンチーヌの件やジャン・ヴァルジャンを執拗に追い詰める姿がフォーカスされがちですが、ジャヴェールは凶悪犯罪の横行するパリの治安維持を担うまでの男なのです。

彼が犯罪を取り締まることで救われた人間がどれだけいたことでしょう。

彼は仕事において非常に優秀な男なのです。犯罪の犠牲者からしたら彼こそヒーローだったのではないでしょうか。(ものすごく愛想の悪いヒーローですが)

彼がレミゼの後半のバリケード戦に潜入するのも、治安維持のためです。パリの民衆を守るという正義のためです。彼は優秀だからこそ潜入の任務を与えられているのです。

残念ながらスパイであることがばれて捕まってしまいましたが、これは後にジャン・ヴァルジャンと対面するという物語の都合上、ご愛敬といったところでしょうか。こうしてジャヴェールの運命を決するジャン・ヴァルジャンとの対決につながっていくのです。

ジャヴェールはなぜ死を選んだのか

さあ、もっとも肝心な問題までやってきました。

バリケードでジャン・ヴァルジャンに命を救ってもらったジャヴェール。

もはや彼はジャン・ヴァルジャンを無意識に「きみ」と呼びかけるようになっていました。

彼の心に何かとてつもない衝撃が与えられていたのです。

そして瀕死のマリユスを担いで地下水道から脱出したジャン・ヴァルジャンを待ち構えていたジャヴェール。

映画ではここでの会話の後、すぐに絶望し、苦悩の歌を歌い、川に身を投じます。

しかし原作ではジャン・ヴァルジャンの願いを聞き入れ、まず馬車を呼び、マリユスを家まで送り届けます。

かつての彼なら問答無用でひっ捕らえ、ジャン・ヴァルジャンを警察に突き出していたことでしょう。

しかし彼はあろうことか犯罪人のジャン・ヴァルジャンを馬車に乗せ、彼の願いを聞き入れマリユスを送り届けたのです。

さらにジャン・ヴァルジャンの家まで彼を送り、ここで待っていると言っておきながら、彼はそっと姿を消します。

ジャン・ヴァルジャン自身も捕まることを受け入れていた中、これには彼も驚きます。

あの厳格なジャヴェールが、罪人を許し、解放してしまったのです。

そしてこの後に、善悪に引き裂かれたジャヴェールはそれこそ死ぬほど葛藤し、自身の存在意義、これまでの人生、これからの人生について苦しむのです。

この苦しみの描写は鬼気迫るものがあります。文庫版にして20ページ、それが延々とつづられます。ここにこそジャヴェールの死の真相があるのです。

このことについては次の記事でその全文を紹介したいと思います。

その一部をここで抜粋してもきっとそれは不十分で断片的なものにしかなりません。やはり20ページにもわたる彼の葛藤を知らなければその真の理由はわかりません。

『レ・ミゼラブル』の原文を20ページもなんて読めないよとお思いのあなた。

ここは騙されたと思ってまず試しに読んでみてください。

レミゼは文庫でおよそ2500ページ超の大作です。そのうちのたった20ページだけと思ったら、なんかいけるような気がしてきませんか?

しかもこのシーンは第5巻の後半にあるシーンです。普通に読んでたら1巻からは遠い遠い道のりです。

全部読むのはきついなぁと足踏みされていた方にはこのシーンはきっと永遠に出会うことがない場面かもしれません。

そういう意味でもここでジャヴェールの最大の見せ場であるこのシーンを読んでみる価値は十分あると思います。

読んでみれば意外と読みやすいことにきっと驚くと思います。古典だから難しいという先入観もきっと壊れるのではないでしょうか。

というわけで次の記事でその全文をご紹介しますので、レミゼファンはぜひ読んで頂けたら嬉しく思います。

おわりに

ジャヴェールはわかりやすいほどの悪玉としてこの作品では描かれます。

ファンチーヌを捕えたシーンではその冷酷さにこちらはショックを受けるほどです。

ですが、ちょっと見方を変えればそんな彼の抱える心の問題が見え隠れします。

映画では時間の都合上カットせざるをえないシーンがたくさんあったことでしょう。ひとりひとりの人物像をしっかりと掘り下げる時間もなかなかありません。

ですが、原作ならばそんな心配はありません。これでもかとひとりひとりの物語を掘り下げます。

ジャン・ヴァルジャンやファンチーヌなど、善良な人間をただただ苦しめるだけの悪役としてのみ見るならば、「こんな奴がいなければみんな幸せに暮らせたのに」と憎らしい思いを持ってしまいます。

ですが、じっくり考えてみればジャン・ヴァルジャンもファンチーヌも、たしかに法の面で見れば罪を犯しているのです。

もちろんジャン・ヴァルジャンもファンチーヌもそのことを深く自覚しています。だからこそ彼らは苦しみます。

しかし心のどこかでやはり越えられない何かがある。

罪から目を背けようとしてしまう心がほんのわずかながらに存在する。そんな彼らが幸せで平穏な暮らしを手に入れようとするとジャヴェールが現れ、その安穏の全てを覆していく。

ジャヴェールはいわばジャン・ヴァルジャンの影なのです。

「こんな奴がいなければ」で済むような存在ではないのです。もはや光と影のように切っては切れぬ宿命がそこにはあるのです。

ジャン・ヴァルジャンはただ善良なだけの男ではありません。

かつての罪人としての人生や、今生きている瞬間に抱える様々な葛藤を持ったひとりの人間です。

その影の部分とリンクするかのようにジャヴェールは彼の前に姿を現すのです。

こう考えていくと、ジャヴェールこそジャン・ヴァルジャンと並ぶこの物語の主人公なのではないかと私は思うのです。

私にとって、『レ・ミゼラブル』で最も印象に残った人物がこのジャヴェールです。

このキャラクターの持つ強烈な個性がなんとも愛おしい。

たしかに悪役なのですがなぜか憎みきれない。

そんな魅力がこの男にはあります。

次の記事ではそのジャヴェールの死の真相に迫ります。

原作を読んでいくことになるのでちょっと大変かもしれませんが、2500ページ中の20ページです!ぜひこの機会に一緒にジャヴェールを知っていきましょう!

ミュージカルや映画のレミゼファンの方には特に、特におすすめします。きっと次に見る舞台が違った景色で見えることでしょう。

以上、「ジャヴェールこそレミゼのもう一人の主人公である!愛すべき悪役ジャヴェールを考える」でした。

次の記事はこちら

前の記事はこちら

関連記事

HOME