モンテフィオーリ『スターリン 赤い皇帝と廷臣たち』~ソ連の独裁者スターリンとは何者だったかを知るのにおすすめの参考書!

レーニン・スターリン時代のソ連の歴史

モンテフィオーリ『スターリン 赤い皇帝と廷臣たち』概要と感想~ソ連の独裁者スターリンとは何者だったかを知るのにおすすめの参考書!

『スターリン 赤い皇帝と廷臣たち』はイギリスの歴史家サイモン・セバーグ・モンテフィオーリによって2010年に出版された作品です。

早速この本について見ていきましょう。

 レーニン亡き後トロツキーとの死闘を経たスターリンが、1929年に絶対的な権力を掌握し、53年に世を去るまでの後半生の、血なまぐさくも濃密な人間ドラマを描いた、画期的な伝記。


 スターリンと家族、廷臣たちについては、これまで闇の部分が多く残されていた。著者は、近年に公開された公文書の新証拠、未発表の書簡、子孫や関係者の末裔へのインタビューを通じて、クレムリン宮廷の深奥まで迫り、そこに蠢く人びとの姿を活写することに成功している。信頼と裏切り、結婚と離婚、粛清と殺人、放蕩と倒錯を繰り広げる親族や高位の廷臣たちはおよそ50人、そのうち最後まで生き残った者は数人にすぎない。


 本書に再現された等身大のスターリン像をみると、その体制を支えたのは彼一人ではなく、多くの人びとが積極的に手を貸していたことがよくわかる。「個人崇拝」というだけでは済まされない、歴史の暗部が垣間見えて、興味深い。「赤い皇帝」とその一族、廷臣たちがクレムリン宮廷の内外で24年間繰り広げた、「大河小説」のごとき歴史書。

Amazon商品紹介ページより

この本は私がぜひおすすめしたいスターリンの伝記です。この作品について訳者あとがきにその特徴がまとめられていましたので、まずそちらをご紹介します。

ソ連の崩壊後に公開された各地各種の公文書館を渉猟して発掘した新史料に基づいて書かれたこと、それが数あるスターリン評伝の中で際立つ本書の最大の特色でしょう。

政治局決議の決定経過、党の秘密指令書、軍の機密命令書だけでなく、スターリンの毎日の動静記録、家族間の私信、ファイルに溢れる密告文書、粛清された親族の日記、自殺したスターリン夫人ナージャの病歴と死亡検案書などが次々に白日の下にさらされていきます。

よくもまあこんな資料まで保存されていたと感嘆するほどです。スターリンが何時に寝て何時に起き、何を食べ、何を読み、何を着て、どんな歌を歌ったかも明らかになります。何千万人もの犠牲者に死と災厄をもたらした独裁者が等身大の実像として浮かび上がってきます。

白水社、サイモン・セバーグ・モンテフィオーリ、染谷徹訳『スターリン 赤い皇帝と廷臣たち〈下〉』P525

ヨシフ・スターリン(1878-1953)Wikipediaより

この作品の特徴は何と言っても人間スターリンの実像にこれでもかと迫ろうとする姿勢にあります。スターリンだけでなく彼の家族、周囲の廷臣に至るまで細かく描写されます。

スターリンとは何者だったのか、彼は何を考え、何をしようとしていたのか。そして彼がどのような方法で独裁者へと上り詰めたのかということが語られます。

以下、訳者あとがきよりこの作品の流れを引用します。

この本で扱われている時代は、スターリン夫人が自殺した一九三二年からスターリン自身が没する一九五三年までの約二十年間、登場するのは、スターリンとスターリンを取り巻くソ連邦の幹部およびその家族です。

十月革命から十五年、レーニンの死から七年、スターリンはすでにライバルのトロツキーを追放し、党内の左翼反対派と右翼反対派を相次いで打倒して、独裁者の地位を確立しつつありました。

残されていた障害は、思いどおりにならない古参幹部、秘密警察組織、赤軍指導部、抵抗する農民などでした。

強引な工業化、食糧徴発、農業集団化によって未曾有の大飢饉が発生し、数百万人の農民が命を失い、さらに多数が強制収容所の囚人となります。

政権を維持するために、スターリンはテロルを発動してこの事態に対処します。万人が万人を密告することが強制され、秘密警察が絶大な権限をふるい、昨日友人を拷問して処刑した者が今日は拷問され処刑されるという社会が出現します。

三次にわたって見世物裁判が演出され、ジノヴィエフ、カーメネフ、ブハーリンなどが次々に処刑されます。批判勢力だけでなく、将来批判勢力になる可能性のある人間、スターリンへの盲目的服従を誓わない人間はすべて「人民の敵」として抑圧される社会でした。スターリンの大テロルは一九三七年を頂点として吹き荒れましたが、その間に殺害され、抑圧された犠牲者の数は二〇〇〇万人を大きく下回らないと言われています。スターリンの親族やごく身近な腹心の間からもテロルの犠牲者が出たことは本書に描かれたとおりです。

この間、内戦と干渉戦争の硝煙が冷めやらないソ連に戦争が追っていました。

スぺイン内戦、独ソ不可侵条約、ポーランド分割、フィンランド戦争を経て第二次大戦が始まると、レニングラード、モスクワ、スターリングラードが次々にドイツ軍の包囲攻撃にさらされます。

最終的には勝利したこの戦争で、ソ連の犠牲者は三〇〇〇万人に達しました。独裁者の誤った戦争指導が原因となって命を失った人々も少なくないと言われています。

白水社、サイモン・セバーグ・モンテフィオーリ、染谷徹訳『スターリン 赤い皇帝と廷臣たち〈下〉』P526-527

そして訳者はそこからこの本の全体を貫く問題提起をしていきます。

ここで二つの問題点が浮かび上がります。ひとつは責任の問題です。すべては悪逆非道な独裁者スターリンの責任だったのでしょうか?

確かにスターリンがいなければ、大テロルが起こらなかったかも知れない。しかし、スターリンひとりで大テロルを実行することはできなかっただろうとモンテフィオーリは書いています。

スターリンの同志と部下の全員に責任があり、政治組織に責任があり、そもそもレーニンの思想に責任があったという説です。悪魔学ではなく、歴史学としてスターリン時代を見直さなければ、将来への教訓は得られないとも言っています。

そこで、第二の問題点が浮かび上がります。では、なぜスターリンを阻止できなかったのか?スターリンを阻止する機会は一度ならずありました。最初の機会が粗暴なスターリンの排除を訴えたレーニンの遺書です。

この時、カーメネフとジダーノフは、共通の敵トロツキーとの戦いを優先して、スターリン擁護の側にまわったのです。

国内の危機が深まると、反スターリン綱領を掲げる少数派が党内に生まれ、しかし、簡単に蹴散らされます。

キーロフ暗殺直前に開催された中央委員会総会に際しては、古参ボリシェビキ幹部の間にスターリン打倒の謀議があったはずだとモンテフィオーリは推理しています(だからこそ、キーロフは暗殺されたというわけです)。

ドイツ軍の侵攻意図を否定し続けたスターリンは、実際に侵攻が始まると抑うつ状態に陥り、自分が逮捕されることを覚悟するという場面もありました。しかし、結局スターリンを排除することはできませんでした。

そもそもスターリン主義(「スターリン主義」はカガノーヴイチの造語だということです)とは何だったのか?

「個人崇拝」批判(これはベリヤの造語だそうです)だけでは済まされない問題です。

さらに言えば、資本主義や帝国主義の矛盾を止揚すると称して成立し、七十年で崩壊したソ連の社会主義とはいったい何だったのか?世界はまだ十分な答えを出していないのではないでしようか。

本書はこれらの問題を提起しつつ、スターリン時代の年代記という形式で書かれた興味つきない読み物です。

著者サイモン・セバーグ・モンテフィオーリは一九六五年生まれの英国の作家、歴史家で、ロシアとソヴィエトの歴史に関する多数の著作があります。本書は二〇〇四年に英国文学賞の歴史部門賞を受賞しています。英国歴史学の伝統の厚みを再認識させられる著作です。

白水社、サイモン・セバーグ・モンテフィオーリ、染谷徹訳『スターリン 赤い皇帝と廷臣たち〈下〉』P527-528

スターリンがいなければ大テロルは起こらなかったかもしれない。しかしスターリンだけではそれは不可能だった。

そしてスターリンはたしかに異常なカリスマ性を有し支配力を持っていたとしても、彼も一人の人間に過ぎない。悪魔のような異常な天才、狂人だからということで問題を片づけてはいけない。そうしてしまえば歴史としての教訓も得られず肝心なことから目を背けてしまうことになると著者は述べます。

この本は上下巻合わせて1200ページほどの大作です。ですが読んでいて全く飽きません。小説のような語り口によってどんどん引き込まれます。

スターリンとは何者なのか、スターリン率いるソ連とはどんな存在だったのか。

それはロシアの隣国である私たちにも無関係な問題ではありません。謎の国ロシアを知る上でもこの本は非常に大きな助けとなってくれます。

読むにもなかなか骨が折れる大作ですがこれは読む価値ありです。面白いです!

次の記事から備忘録というわけではありませんが読んでいて気になったところを紹介していきます。謎の国ロシアのことをたくさん知れるのでこの本は非常に面白いです。これまでレーニンの伝記も見てきましたが、それと同じく現代日本を考える上でもその知識は必ず生きてきます。ぜひ引き続きお付き合い頂けますと嬉しいです。

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