ロシアの魂とは!「モスクワのクレムリン」とロシアの歴史―圧倒的建造物に隠された秘密に迫る!

ドストエフスキーとロシア

キャサリン・メリデール『クレムリン 赤い城壁の歴史』松島芳彦訳 白水社

前回の記事では年表を見ながらざっくりとロシアの歴史についてお話ししていきました。

今回の記事ではモスクワのクレムリン(城塞)にスポットを当ててロシアの歴史に迫るキャサリン・メリデール『クレムリン 赤い城壁の歴史』をご紹介します。

早速ですがAmazonの商品ページではこの本の内容が次のように書かれています。

神話と伝説に満ち、今なおロシアの「心臓部」を探る試み。中世のモスクワ大公国からタタールのくびき、エカチェリーナ大帝まで、権力者と民衆、戦争と革命、建築と聖都など、陰影豊かに描く通史。地図・カラー口絵収録。ロシアの「魂」に迫る!

Amazon 内容(「BOOK」データベースより)

そして作者のキャサリン・メルデールについてですが、巻末に

英国のロンドン大学歴史学教授。Night of Stoneでハイネマン賞受賞、サミュエル・ジョンソン賞最終候補に選ばれる。邦訳書に『イワンの戦争』(白水社)がある。

キャサリン・メリデール『クレムリン 赤い城壁の歴史』松島芳彦訳 白水社

と書かれています。この本はイギリスの歴史学者によるロシアの歴史書ということになります。

この本の内容について訳者の松島氏が巻末のあとがきでわかりやすく解説して下さっているので少し長くなりますが引用します。

著者はこれまでも、ロシアやソ連の歴史の深層に迫る数々の作品を生み出してきました。モスクワのクレムリンを舞台に、権力者の興亡と民衆の姿を活写した本書でも、事物や現象の背後に透徹する視線と執念が随所にうかがわれます。中世のモスクワ大公国からタタールのくびき、ナポレオンの侵略、ロシア革命と共産党独裁、ソ連崩壊を経て現在のプーチン政権に至る波乱の歴史を、城壁の内外から権力者と民衆による双方向のまなざしで見つめ、陰影豊かなパノラマに仕立て上げています。三〇年前クレムリンに「一目で魅せられてしまった」と語る歴史家が、その「魔力」の正体を追い求めた旅路の記録とも言えます。

 「クレムリン」とは本来、ロシア語で「城塞」を意味する一般名詞です。モスクワのクレムリンも当初、あくまで戦いのための構造物でしかありませんでした。ロシアの各地には今なお様々なクレムリンが存在します。しかし伝説と神話を宿し、ロシアの心臓として鼓動を続けているのはモスクワのクレムリンだけなのです。政治、軍事、宗教が混然一体化したクレムリンは、ロシア人の欲望と祈り、そして恐れの結晶とも言えるでしょう。著者は「ロシアの魂が、城塞を現在のとてつもない姿にした」と述べています。クレムリンの過去と現在を知り、そして未来を展望することは、ロシアの魂に迫る試みでもあります。

 モスクワはもともと城塞を起源とする軍事都市でした。しかし領土を拡大し国家に変容するにつれて、民の心を束ねる価値観を創造しなければなりませんでした。人が人を支配する政治と闘争の過程で、力と美を万人の目に見えるように提示する必要が生じます。クレムリンは単なる歴史建築ではなく、為政者や民衆の意思と記憶の集積でもあるのです。紋章や儀式にも、支配者が人心を把握し自らの権威を誇示する意図が込められています。著者は「ロシアの主として完璧な正統性を誇った者はいない。長い間それぞれの体制が独自の神話を紡いで国を治めてきた」と述べます。クレムリン神話は「伝承ではなく、常に生身の人間の創作だった」というのです。しかし、民衆のみならず神話の創作者である専制君主もまた、神話の呪縛を逃れる術を知りませんでした。神話にすがることで伝説の囚われびととなったのです。

キャサリン・メリデール『クレムリン 赤い城壁の歴史』下巻P263-264

この本ではまさに松島氏が解説でまとめたように、単なる城塞を超えた神話レベルのクレムリンの秘密について語られていきます。

せっかくですので著者の序文の言葉も見ていきましょう。著者がどんな思いでこの作品を執筆し、何を伝えようとしていたかがはっきりと見えてきます。

筆者が過去へ旅に出たのは、現在を知るためだったが、気がつくと歴史のとらわれ人となっていた。見せかけと作り話は、しばしば真実を凌駕する。だがその現象自体が、また真実でもあるのだ。

本書を書きながら、筆者は支配者が語る物語をそのまま信じていいのか考え込んでしまった。戴冠式のしきたりが、どのような考え方に裏打ちされているのか勉強しなければならなかった。正教会の複雑な教理も理解する必要があった。時計の仕掛け、大砲の鋳造、古いしっくいの復元技術についても文献を調べた。

クレムリンにとらわれていては、クレムリンは分からない。ロシアの軍隊が、アジアの草原から生まれ、どのように発展したのか追跡した。多くの職人や技術者が欧州からモスクワに来た。いかめしく不気味で多くの因習に縛られつつ、宮廷のために働いた。彼らの旅路をたどる必要もあった。クレムリンは幾度も破壊され、そのたびに再建された。技術者たちがどのような使命感を抱いて仕事に取り組んだのか知ろうと努めた。

クレムリンはフランスの歴史家ピエール・ノラの言葉を借りれば、まさに「記憶の場」である。同時に動乱と変革の場でもある。過去の幻影が実は現実にほかならない数々の物語の舞台である。
※適宜改行しました

キャサリン・メリデール『クレムリン 赤い城壁の歴史』上巻P15-16

著者のキャサリン・メリデールの語るように、この作品は単にクレムリンの歴史を淡々と話し続けるようなものではありません。

著者自身がクレムリンに魅せられ、あらゆる角度からこの神秘的な建造物について探求していく、ある種ドキュメンタリーのような作品になっています。ですので抜群に読みやすく、そして面白い!

さらに、著者の語る言葉がいかにも興味深いのです。続けて引用していきましょう。

過去から連綿と続く伝統の延長線の上に現在があるという考え方には、相当に古く深い根がある。その事に気づくのに時間はかからなかった。聞き慣れた物語が、どのように生まれたのかも知った。

修道士や廷臣、ソヴィエト体制のプロパガンダ担当者は、ロシアで権力に仕える者は、歴史書をすべて書き換える権利があると信じ込んでいた。

プーチンお気に入りの教科書執筆者も例外ではない。歴史上の人物の権威を使って、都合の良い歴史観をつくり上げるのが、彼らの常套手段である。

ロシアは決して安定した国ではなかった。めまぐるしく支配者が交代した。権力の中枢は、頻繁に危機にさらされてきた。大公も皇帝も、共産党書記長も選挙の洗礼を受けない大統領も、権力の正統性という点で決して盤石ではなかった。混乱を避け内戦の芽をつむために、臣下や側近は人々が多かれ少なかれ信じるような一連の神話を創造して、主人の権威を高めた。

神話のよりどころは時には宗教であり、人民の意思であったが、歴史を絡める手法は共通している。イワン雷帝の側近は熱心に史実を書き換えた。帝位を神格化し、見事な皇統もでっちあげた。一七世紀にはロマノフ朝の初期の皇帝たちも、臣下がつくった神話を使って権威を身にまとった。ボリシェヴィキは近代的な理屈を並べる一方で、死せる英雄の殿堂を祝福するように求めた。ボリシェヴィキもクレムリンの象徴性を存分に活用した。
※適宜改行しました

キャサリン・メリデール『クレムリン 赤い城壁の歴史』上巻P15-16

歴史を知ることは現在を知ることである。

その歴史がどう編纂され、どのような意図を持っているのか。

この本はクレムリンの歴史を学んでいく本ではありますが、実は現在のロシア、いやそれだけにとどまらず世界中の人間の「現在」を解き明かしていく作品となっています。これは非常に興味深いです。

思えば、私も昨年2019年の世界一周の旅で著者と同じような体験をしました。

すばらしきかなアヤソフィア~修理中もなんのその!トルコ編③の記事で紹介しました、イスタンブールで体験したアヤ・ソフィアの圧倒的な迫力。

はるか遠くからも存在感を放つ圧倒的な外観にいきなり度肝を抜かれ、

入場した瞬間に感じた圧倒的な迫力。中心の広間に至るまでの回廊ですでに驚愕で頭が真っ白になるほどでした。

そして玉座があった大ドーム。あまりの巨大さ、荘厳さ、美しさに私は絶句してしまいました。

現代を生きる私ですらこうなのです。500年前、1000年前の人たちはどれほどの衝撃をもってこの建物を見たのでしょうか。

そしてこの圧倒的すぎる建造物の支配者、つまり玉座に座す人間こそ唯一絶対の神に選ばれた王の中の王なのです。

この圧倒的な建築は王の力そのものです。だからこそ人々は王にひれ伏し、熱狂するのです。

バチカンのサン・ピエトロ大聖堂も同じです。※美の殿堂!サンピエトロ大聖堂~想像を超える美しさに圧倒される イタリア・バチカン編④参照

ここも絶句するほどの迫力、美しさでした。

くしくも、モスクワは第三のローマとロシア正教では位置付けられています。

長くなってしまいますのでその細かい解説はできませんが、モスクワのクレムリンはバチカンとアヤ・ソフィアを非常に強く意識して作られています。(※アヤ・ソフィアは元々第二のローマの中心として建てられました)

人びとを支配する王の絶対的な権力を示すために、神話は決定的な影響を及ぼします。そしてそれを体現するのが神聖なる建造物なのです。

もはや建造物そのものが神話なのです。

だからこそそれが持つ意味は計り知れないものがあるのです。

宗教に携わる私にとっては、だからこそこの上なく興味深い。

しかもです、前回の記事でお話ししましたように、1812年からのナポレオンのモスクワ遠征で、アレクサンドル1世率いるロシアはあろうことかこの聖なるモスクワを自分たちで焼き払ってしまうのです。あれほど神聖視し、大切にしていたあのクレムリンをです。

ここまでこの本について聞いたきた皆さんならば、これがいかにとてつもないことなのか想像できることでしょう。

ロシアの象徴、クレムリンを擁するモスクワを焼くということ。

そしてそうまでして祖国の侵略者ナポレオンを倒そうとしたこと。

焼け野原のモスクワをすぐに再建し、誇り高きロシアの象徴、モスクワの街を不死鳥のごとく復活させたこと。

これらがロシア人の心に及ぼした影響は私たちには計り知れないものがあります。

この本を読むことでクレムリンを通したロシアの歴史、精神を学ぶことができます。非常にスリリングで面白い本でした。かなりおすすめです!

以上、「「モスクワのクレムリン」から見たロシアの歴史―その隠された意味とは」でした。

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