高本茂『忘れられた革命―1917年』―ロシア革命とは何だったのか。著者の苦悩が綴られた一冊

ソ連とドストエフスキー

高本茂『忘れられた革命―1917年』―ロシア革命とは何だったのか。著者の苦悩が綴られた一冊。

高本茂著『忘れられた革命―1917年』は2011年に幻冬舎ルネッサンスより発行された作品です。

本の内容に入る前に著者のプロフィールを紹介します。

高本 茂(たかもと しげる)

大阪大学文学部哲学科卒業。京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。現在、兵庫大学経済情報学部教授。

著書に『日本の株価変動と先物取引』(日本評論社)、『中島みゆきの世界』(近代文芸社)、『小説集・蟻地獄・久美子の〈愛〉』(新風舎)、『初歩の経済学』(幻冬舎ルネッサンス)、『松下昇とキェルケゴール』(弓立社)などがある。

幻冬舎ルネッサンス、高本茂『忘れられた革命―1917年』

この本では1917年のロシア革命からその後のソビエトの独裁の流れについて解説されていきます。

この本の特徴は、かつて著者自身がロシア革命の理念に感銘を受け、マルクス思想に傾倒したものの、やがて時を経るにつれてソ連の実態がわかり、今ではそれに対して苦悩の念を抱いているという立場で書かれている点です。

最初からマルクス主義に対して批判をしていたのではなく、長い間それに傾倒していたからこそ語れる苦悩がこの本からは漂ってきます。

少し長くなりますがこの本のあとがきを引用します。著者の思いが最も端的に表れていて私はとても衝撃を受けました。

人の一生を根こそぎ変えてしまうような体験というものがあるのだ。私にとっては20代前半の学生運動がそれだった。還暦を過ぎた今もそれは私の内部にうずたかく積もり蠢いている。

運動をやめてからも、私は「ロシア革命においてボルシェヴィキが果たした役割は偉大だった」という幻想にとらわれ続けてきた。

ロシア革命の真相が自分の中で明らかになっていくとともに、私は自分が知り得たロシア革命についての知見をこのまま埋もれさせるわけにはいかないと考えるようになった。

そしてぺレストロイカの開始と進展が私に事実を明らかにするタイミングを与えた。

私は、ぺレストロイカが本書に書かれた10月革命の真相まで明るみに出してくれることを期待した。しかし91年8月の保守派のクーデーターを逆手にとって、ソ連は社会主義そのものから決別していった。それ以降、1917年の革命の記憶も人々から忘れ去られていった。

そして本書を書いてからさらに20年近くの時間が流れた。自由と人権の抹殺はスターリン時代に始まったものでなく、革命の創生期から存在したという認識は今では事新しいものではないが、それを革命の進行のダイナミズムから明らかにした者はこれまでいなかった。

本書では十分に展開していないが、マルクスその人も赤色全体主義国家群を産み出したことの連帯責任は免れないと思っている。(中略)

「人間は個に生き、類に死する存在である」(『経済学・哲学手稿』)などと平然と語るマルクスは、自身の人間認識・人間把握の浅薄さ、非情さをあられもなくさらけ出している。ここから「必然性の奴隷となれ。それが内実のある自由だ」という恫喝まではほんの一歩である。

マルキシズムはその内部から必然的にボルシェヴィズムを生み出し、ボルシェヴィズムはその内部から必然的にスターリニズムを生み出すのである。

その意味でマルクス・レーニン主義を旗印にした戦後日本の学生運動(日共=民青はもとより、中核派、革マル派、その他新左翼諸派)は皆赤色ファシスト運動だったのだ(私がただ一つ評価するのは、神戸大を解雇され、刑(事)・民(事)・人(事)の闘いを徹底的に闘い抜いた松下昇と、彼と不可視の共闘を行った関係者だけだ。詳しくは高本茂『松下昇とキェルケゴール』(弓立社)を参照してもらいたい。インターネットのホームぺージからも閲読可能)。

では、闘争の渦中で死んでいった者たちは何のために死んでいったのか。私は彼らの一人ひとりが、ツァーリの圧政やボルシェヴィキの欺瞞に対して決起した幾千幾万の無名の民衆と同様に、純粋で心優しい心情の持ち主だったと確信する。

だがそのよりどころとなったロシア10月革命が、当初から裏切られ変質させられていたのだとすれば、自らの生死を賭けた闘争は、人間解放と輝かしい理想社会のためではなく、世界全体を強制収容所や暗黒の牢獄国家と化し、全人類を奴隷化するための運動だったということになり、無謀な侵略戦争の中で戦死した無数の兵士たちと同様に、全くの無駄死、犬死だったということになるではないか。

真夜中や夜明けにふと目を覚まし、こうした物思いにふける時、そのまま一睡も出来ぬ日が今でもよくある。こうした慙愧の想いや悲憤の念を押し潰して、時間の歯車は無慈悲に過ぎ去っていくのであろうか……。私は答えることが出来ない。

幻冬舎ルネッサンス、高本茂『忘れられた革命―1917年』P115-119

私はあとがきのはじめから引き込まれました。

運動をやめてからも、私は「ロシア革命においてボルシェヴィキが果たした役割は偉大だった」という幻想にとらわれ続けてきた。

ロシア革命とは何だったのか。ソ連とは何だったのか。

それは幻想に過ぎなかったのではないか。

これはかつてマルクス主義に傾倒し学生運動をしていた著者から出た言葉です。

いくら理想に燃えて活動しても、その理想そのものがそもそも幻想に過ぎなかった。

しかしその幻想が世界を動かし、信じられない数の人が抑圧され、命を落とした。

では、闘争の渦中で死んでいった者たちは何のために死んでいったのか。私は彼らの一人ひとりが、ツァーリの圧政やボルシェヴィキの欺瞞に対して決起した幾千幾万の無名の民衆と同様に、純粋で心優しい心情の持ち主だったと確信する。

だがそのよりどころとなったロシア10月革命が、当初から裏切られ変質させられていたのだとすれば、自らの生死を賭けた闘争は、人間解放と輝かしい理想社会のためではなく、世界全体を強制収容所や暗黒の牢獄国家と化し、全人類を奴隷化するための運動だったということになり、無謀な侵略戦争の中で戦死した無数の兵士たちと同様に、全くの無駄死、犬死だったということになるではないか。

彼らは何のために死んでいったのか?

これは考えるも恐ろしい問いです。

著者はその思いに今も苦しんでいることをこのあとがきで述べています。

この本はロシア革命の流れをわかりやすく、そして著者の思いも絡めて語られていきます。ページ数も120ページほどと読みやすいものとなっています。

とてもおすすめです。

以上、「高本茂『忘れられた革命―1917年』―ロシア革命とは何だったのか。著者の苦悩が綴られた一冊」でした。

次の記事はこちら

関連記事

HOME