二葉亭四迷で有名『あいびき』あらすじ解説―ツルゲーネフの『猟人日記』より

ツルゲーネフとドストエフスキー

二葉亭四迷の翻訳で有名『あいびき』あらすじ解説―ツルゲーネフの『猟人日記』より

二葉亭四迷が1881年に翻訳したことで有名な『あいびき』。

この作品はツルゲーネフの『猟人日記』に収められていた作品でした。

『猟人日記』はツルゲーネフが1847年から書き続けてきた短編をまとめて出来上がった作品です。

そしてその中のひとつを二葉亭四迷は選び出し、日本に紹介したのでありました。『猟人日記』については前回の記事をご参照ください。

さて、話は戻りますが『あいびき』について岩波文庫の『猟人日記』の巻末解説には次のように述べられています。

ツルゲーネフはもっとも早く日本に知られたロシヤ作家の一人である。とりわけ『あいびき』は二葉亭四迷の名訳によりいち早く紹介され(一八八一年〈明治二一年〉)、そのすばらしい自然描写は当時の若い世代に大きな衝撃を与えた。国木田独歩の『武蔵野』(一九〇一年〈明治三四年〉)をはじめ、その影響を受けた作品が少くない。

岩波書店 ツルゲーネフ 佐々木彰訳『猟人日記』P305

『あいびき』は二葉亭四迷によって日本に紹介され、日本文学界に大きな影響を与えました。当時はドストエフスキーやトルストイよりも、ツルゲーネフがまずロシア第一の作家として日本では流行していたのです。

では、この作品のあらすじを見ていきましょう。

この作品は猟人たる主人公が林の中にいるところから始まります。

猟人が見る白樺林の美しい情景が描かれた後、彼はふと一人の女性を発見します。どうやら彼女は誰かを待っているようです。猟人は気付かれぬようそっと彼女を眺めます。

やがてひとりの男がやってきました。どうやら彼女の恋人のようです。

しかし男はふてぶてしい態度で彼女を邪険に扱います。

それでも彼女は健気にその愛を彼に捧げるのでした。

このなんとも切ない「あいびき」をツルゲーネフは美しい情景描写と共に描いたのでありました。

この作品について小椋公人の『ツルゲーネフ 生涯と作品』では次のように述べられていました。

『猟人日記』の反農奴制的性格は、農民を主人の人形のように見なしている人々を憎しみをもって描いている点に表われている。ツルゲーネフにとって農民は、善良で思いやりの深い、様々な才能に恵まれた生れながらの立派な知力の持主であった。

『あいびき』、『歌うたい』、『べージンの草原』、『クラシーワヤ・メーチャのカシャン』では、農民の高い倫理的風貌に関心を示し、その感情や体験の内面な発き、彼等を自然の恵みを詩的に受け入れることのできるデリケートな心の持主として示している。

富裕な旦那の侍僕をしている身勝手な若者に恋した若い百姓娘アクリーナ(『あいびき』)は詩的に上品に描き出されている。「その悲しそうな眼眸には限りない柔和な信頼感と敬虔な従順さと愛の感情があふれていた。彼女は相手をおそれていたので思い切って泣くこともできず、別れを告げながら、これを最後と、男に見惚れていたのである。ところが男はまるでサルタンのように体をのばして横になり、彼女が崇めるように見つめるのを、いやいやながらわざとらしく寛容な様子をして、横柄な態度で受けていた。」

軽薄な風采、冷淡で薄情な旦那の心を身につけたこの若者が、アクリーナの詩的な深みある天性や、無言の憧憬に変っていく彼女の熱烈な愛や別離の知らせによる深い悲しみや、彼女の熱烈な願い「せめてお別れに何かひと言やさしい言葉をかけてくれたっていいじゃないの、たった一言でいいから聞かせてくれたら、頼りのない心細い身の上のこの私に……」という願いを、果して理解できたのであろうか。

法政大学出版局 小椋公人『ツルゲーネフ 生涯と作品』P35-36

前回の記事でも述べましたが、『猟人日記』は反農奴制というツルゲーネフの確固たる意志の下書かれた作品です。

暴君のような母が農奴を「自分のもの」のように扱い、人間らしさを認めようとしなかったことがツルゲーネフの頭の中に強烈に残っていたのです。

当時の上流階級からすれば、農奴はまったく知性や品性のない野蛮人のように思われていました。彼らを搾取しようがどう扱おうかはまったく気にも留めなかったのです。

「自分のものなのだから好きにしてもいいでしょ。だめになれば取り換えればいいんだから。」

こうした扱いが当然のようにまかり通っていたのが当時のロシア社会だったのです。ツルゲーネフはそれを激しく嫌悪したのです。

さて、『あいびき』でもそのようなツルゲーネフの思いが込められた作品となっています。

解説にありますように、猟人が出会った百姓娘は美しい心を持った農奴として描かれています。それに対してその恋人の男は地主階級、つまり旦那の心をすっかり身につけてしまった人間として描かれます。

ここに貴族や地主階級こそ美しい心を失った人間だというツルゲーネフのメッセージが込められているのです。

百姓女の美しい心は恋人には届きません。彼女の切ない恋心が周囲の美しい自然と相まってより芸術的な形で表現されます。

ツルゲーネフのすごいところはこの感情表現と情景描写の融合にあります。

繊細な詩人の心を持つツルゲーネフの文章はどこか切ないムードといいますか、詩的な雰囲気を醸し出します。

そこに目の前に現れるかのような見事な自然描写が重なり、読んでいるこちらを有無を言わさず物語に引き込んでしまいます。うまく言えないのですが、何か読んでいてぽーっとさせるような感覚です。美しい情景に魅了されてしまうような感覚でしょうか。

とにかく何か私たちを引き込むような力があるのです。

この芸術的な力こそツルゲーネフの本領と言えそうです。

おそらく日本において最も知られているツルゲーネフ作品のひとつがこの『あいびき』であるだろうと思います。

短編ですので非常に読みやすいものとなっています。ツルゲーネフ入門には最適な作品かもしれません。その美しい世界観にぜひとも浸っていただけたらなと思います。

以上、「二葉亭四迷で有名『あいびき』あらすじ解説―ツルゲーネフの『猟人日記』より」でした。

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