ツルゲーネフ『アーシャ(片恋)』あらすじと感想~二葉亭四迷の翻訳で有名な恋物語

ファウスト ロシアの文豪ツルゲーネフ

ツルゲーネフ『アーシャ(片恋)』あらすじ解説―二葉亭四迷の翻訳で有名

ツルゲーネフ(1818-1883)Wikipediaより

『アーシャ』は1858年にツルゲーネフによって発表された中編小説です。

私が読んだのは新潮社、米川正夫訳『片恋・ファウスト』所収の『アーシャ』です。

原題は『アーシャ』ですが翻訳では『片恋』とされることが多い本作品ですが、解説書では『アーシャ』と呼ばれることが多いのでそちらを用いていきます。

では早速あらすじを見ていきましょう。

ヒロインであるアーシャは、数奇な出生と生い立ちの、虚飾を知らない、直情径行の、激情的な少女である。

N・Nは大学を出たばかりの青年だが、外国旅行の途次、ドイツのある町でアーシャ兄妹にめぐりあい、アーシャにほのかな恋心をいだく。アーシャはそれ以上に熱烈に、N・Nに恋をする。

N・Nはアーシャに心をひかれながらも、風変わりなアーシャと結婚した場合のことを考えると、ためらわざるを得ない。アーシャはN・Nにあいびきを申し込み、N・Nの本心を確かめようとする。

しかしN・Nはアーシャに態度の決定を迫られたとき、彼女の愛を受け入れることを拒み、言わでもの訓戒めいた言葉を吐き、相手の軽率を責める。

N・Nにはアーシャが自分からすすんであいびきを決行するのに、どんなに勇気を必要としたか、それを相手の身になって考えてやるだけの思いやりがない。

アーシャの兄は傷心の妹をつれて、急いで旅に出る。思い返したN・Nがアーシャに求婚するために兄妹の住居をたずねたときは、二人がすでに出発したあとであった。

N・Nはすぐさま兄妹のあとを追うが、ついに永久に彼らと再会することはできなかった……。
※一部改行しました

講談社『世界文学全集―38 ツルゲーネフ』P380-381

このあらすじを読んで気付かれた方もおられると思いますが、この作品における恋愛はまさしく「THE ツルゲーネフ」となっています。

2人は恋に落ちるもいざという時に男が急に冷めて逃げてしまうというパターンですね。

この小説も彼の自伝的な要素があると言われています。文庫の訳者あとがきには次のように述べられています。

『アーシャ』は、一八五七年に書かれた作品である。恐らく『初恋』とならんで、ツルゲーネフの中篇の双璧をなすものであろう。そして、私のひそかに忖度するところに依ると、これはある程度、作者自身の独逸遊学時代の体験を小説化したものと思われる。

その中に溢れている感情、自然に対する見方、すべてツルゲーネフ独自のものである。彼は既に執筆当時、ヴィアルドー夫人に恋していたが、そのころからもう自分の晩年を予感していたに相違ない。

なぜなら、この小説の最後に、「家庭を持たぬ淋しい独りものという運命を背負わされた私は、味気ない晩年を送っています。」と書いているが、ツルゲーネフが齢ようやく三十九歳にして、早くも老いらくの心境に入ったとは、何という痛ましい生涯であったことか!
※一部改行しました

新潮社、米川正夫訳『片恋・ファウスト』P171-172

ヴィアルドー夫人との恋については以前生涯独身を貫いたツルゲーネフ~ヴィアルドー夫人との宿命の恋の記事でもご紹介しました。

この物語自体に描かれる恋は若き日のドイツ遊学中のエピソードを基に作ったとされていますが、執筆当時はヴィアルドー夫人との恋が彼の精神に大きな影響を与えていたようです。

39歳のこの時点で彼は生涯この女性と離れることができず独身を貫くことを予感していたと訳者の米川正夫は述べています。

感想―ドストエフスキー的見地から

この小説はアーシャとN・Nの恋物語が主軸ですが、『猟人日記』時代からのツルゲーネフの最大の魅力である美しい情景描写がこれでもかと出てきます。

あとがきにも、

この作品の風景描写も素晴らしい。『猟人日記』時代の精密描写から一歩すすんで、単純な筆致のうちに多くのものを感知せしめる、印象派的な筆致に変っていることは、注目に価する。

新潮社、米川正夫訳『片恋・ファウスト』P172ー173

と述べられていて、芸術家ツルゲーネフの本領が発揮された作品となっています。

次に何が起こるかわからない混沌とした心理ドラマを描くドストエフスキー。

ため息を誘うほど美しい世界の中、甘くも苦しい恋に身を焦がす二人のドラマを描くツルゲーネフ。

この違いがとてもくっきりするような作品でした。この作品を読み見終わった時、『白痴』を改めて読みたくなりました。『白痴』も情景描写が多く、ドストエフスキー作品の中では珍しく情景描写が特に大きな意味を持っている作品です。

情景描写の性質を比べる上でもツルゲーネフの『アーシャ』とドストエフスキーの『白痴』は興味深い組み合わせかもしれません。

『アーシャ』は文庫で100ページ弱ですので気軽に読むことができるのも嬉しいです。さくっと読めます。文体も非常に読みやすいです。さすがツルゲーネフ。シンプルに言葉をつなぎながらも絶妙な美しさを感じさせてくれます。

以上、「ツルゲーネフ『アーシャ(片恋)』あらすじ解説―二葉亭四迷の翻訳で有名」でした。

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