チェーホフ『決闘』あらすじと感想~ロシア文学の伝統「余計者」の系譜に決着を着けた傑作

ともしび ロシアの大作家チェーホフの名作たち

チェーホフ『決闘』あらすじと感想~ロシア文学の伝統「余計者」の系譜に決着を着けた傑作

『決闘』は1891年にチェーホフによって発表された中編小説です。

私が読んだのは中央公論社、神西清、池田健太郎、原卓也訳の『チェーホフ全集 8』所収の『決闘』です。

では早速あらすじを見ていきましょう。

ある黒海沿岸のカフカーズの保養地に、ラエーフスキーという三十まえの役人がいて、だらしのない勤めぶりと生活を送っている。

彼は二年まえ、ぺテルブルグで人妻のナジェージダ・フョードロヴナと恋仲になって、このカフカーズに来さえすれば新しい生活がひらけると夢みていたが、いまでは借金で首もまわらない。しかも彼女にも嫌気がさして、なんとかひとり首都に逃げかえろうとしている。

彼は、無類の善人の軍医サモイレンコに、彼女とふたりの当座の金と、自分の旅費を借りようとしているが、手もと不如意の軍医はそのための金策に走りまわっている。

軍医は、退屈しのぎに自宅で一膳めし屋のようなものをひらいていて、そこの常連は、夏のあいだ黒海へ研究に来ている動物学者のフォン=コーレンと、単身赴任の輔祭ポべードフだ。

意志薄弱の夢想家でなまけもののラエーフスキーと、強い信念の持ち主で実行家のフォン=コーレンとはことごとに反発して、動物学者はラエーフスキーたちを狐猿の夫婦と呼んではげしく憎んでいる。
※一部改行しました

筑摩書房、松下裕『チェーホフの光と影』p95-96

フォン・コーレンは厳格なモラリストです。彼は軽薄なラエーフスキーを次のように見ています。長くなりますが「ロシアの余計者」ラエーフスキーの性格が端的に示されているので見ていきましょう。

「ラエーフスキイは断然有害な人物だ。社会にとってコレラ菌みたいに危険きわまる奴だ」(中略)

彼がここに来て二年のあいだにいったい何をしたか、ひとつ指を折って数えて見よう。

まず第一に、彼はこの町の人間にヴィント遊びの昧を覚えさせた。二年前まではこの遊びはこの町では知られていなかった。今じゃどうだ、朝から夜中までみんなこれに夢中だ。婦人や未成年者までがやっている。

第二に、彼はこの土地の人間にビールを飲むことを教えた。これまた彼が来るまでは無かったことだ。土地の人間がヴォトカの見別け方を覚えたのも一に彼のお蔭だ。今じゃみんな目隠しをされてもコシェリョフ吟造とスミルノフ二十一番とをやすやすと利きわける始末だ。

第三に、以前は人の女房と同棲することは人眼を避けてやったものだ。これは泥棒が物を盗むのに人眼を避けて、決して大っぴらにはやらぬと同じ心理だ。人々は姦通というものを、衆人環視裡では行うべからざるものと心得ている。ラエーフスキイはこの点でも先駆者の役目を勤めた。彼は公然と人の女房といっしょになっている。」(中略)

「僕はラエーフスキイと知り合ったその月のうちに、彼の人物がわかってしまった」(中略)

僕は直ぐと、彼の口を衝いて出る途轍もない嘘の連続に唖然とさせられた。ただもう胸が悪くなった。僕は親友として、なぜそう深酒をするのか、なぜ身分不相応な暮らしをして借金ばかりするのか、なぜ遊んでばかりいて本を読まぬのか、なぜそう教養がなく無知なのか―などと一とおりの苦言は呈して見た。

それに対して彼は苦笑いをし溜息をついて、こう答えるのを常とした。

―『僕は薄命児だ。余計者だ。』乃至『君はわれわれ農奴制の出殻だしがらに何を求めようというのか。』あるいはまた、『われわれは頽廃しつつあるのだ』といった調子だ。

さもなけりゃ、オネーギンだとか、べチョーリンだとか、バイロンのカインだとか、バザーロフだとかについて、囈語たわごとを並べだす。そして言うのだ―『これこそ霊肉ともにわれわれの祖先だ。』

つまり君、役所の書類が封も開けずに何週間も放り出してあったり、御自身はもとより他人まで酒飲みにさせたからといって、なにも彼が悪いんじゃない。悪いのはオネーギンだ、ベチョーリンだ、薄命児だの余計者だのを発明したツルゲーネフだと、と言うんだね。

その言語道断の不品行やふしだらにしても、その原因は彼自身の裡にはなく、どこか彼の外、まあ空中にでもあると言うわけなのだね。

それに、どうもたちのわるい男でね、不品行で嘘つきで唾棄すべきは何も彼だけなのじゃない、われわれ、、、、なのだ。……『われわれ八十年代の人間』、『われわれ沈滞しかつ神経質な、農奴制の汚らわしき後裔』、『われわれ文明によってあしなえにされた者ら』なのだ。……一言にして言えば、僕たちは次のことを了解せねばならんのだ。

―ラエーフスキイのごとき偉大な人間は、その没落においてもまた偉大であること。彼の不品行、ふしだら、猥雑は、必然によって聖化された自然科学的現象なのであり、その依って来たるところの原因は世界的であり、不可抗力に属すること。

かくのごとくラエーフスキイは時代、思潮、遺伝等々の呪われたる犠牲であるから、すべからく彼に燈明を上げなければならぬこと等々。

役人連や女連はこれを聴いて『おお』とか『ああ』とか感歎の声を漏らしていたが、僕は長いあいだ、そもそもこれは何者だろうかと了解に苦しんでいた。シニックかそれとも達者な巾着切りか。

なにしろ彼のような、一見インテリらしく、少しは教育もあり、自分の生まれのよさを喋々する手合ときたら、際限ない複雑な性格を装うことが上手なものだからね。」(中略)

「ラエーフスキイなるものは、きわめて簡単なオルガニズムである。彼の精神モラルの骨骼は次のごとし。

―朝、スリッパと海水浴とコーヒー。それから昼飯まで、スリッパと運動とお喋り。二時、スリッパと昼飯と酒。五時、海水浴とお茶と酒。それからヴィントと嘘っぱち。十時、夜食と酒。十二時過ぎ、睡眠とおんな。

卵が殻の中にあるように、彼の存在はこの狭小なプログラムを一歩も出ない。彼が歩こうと坐ろうと、怒ろうと書こうと喜ばうと、そのいっさいは酒と骨牌とスリッパと女に帰するのだ。
※小説を改行するのは忍びないですが長いので改行しました。

中央公論社、神西清、池田健太郎、原卓也訳の『チェーホフ全集 8』P362-366

チェーホフはこの作品の主人公に「ロシアの余計者」の血を引くラエーフスキーという人物を置きました。上のフォン・コーレンの言葉を見ればラエーフスキーがどんな男かというのはイメージがつくかと思います。なかなかに残念な男ですよね。

真面目で社会正義を重んじるフォン・コーレンからしたら許せない存在です。

そもそも「ロシアの余計者」という人間像はロシアを代表する国民詩人プーシキンの『オネーギン』の主人公から始まりました。そこからレールモントフの『現代の英雄』のペチョーリン、そしてツルゲーネフの『ルーヂン』のルーヂン、『父と子』のバザーロフというのが王道の系譜です。それらは以前当ブログでも紹介しました。

これらロシア文学の伝統とも言える「余計者」たちは人生に飽き、生きることに投げやりな存在でした。

しかしチェーホフはこの作品においてそんな余計者の末裔ラエーフスキーに試練を与えます。

それが恋人とのうまくいかない関係や経済破綻、自己を守るための終わりない嘘の連続、恋人の不貞、そして最後が決闘という命の危機でした。

ラエーフスキーはこの危機を経てそれまでの人生とは違った道を歩むことになります。

それまでの「余計者」の先人たちは皆悲劇的な結末を迎えていました。しかしチェーホフはラエーフスキーに違った道を歩ませることになります。彼は苦しみながらも、生きる道を見出したのです。いや、見出そうともがき続けることになります。

ロシア文学の「余計者」の伝統を考えるならばこの作品はかなり画期的な作品であるように私は思えます。

チェーホフは人生の意味は何かを問い続けた作家です。その彼にとって「人生は意味のない虚しいものだ、どうせ自分にはどうしようもない」と投げやりになっている余計者たちの思想をどう乗り越えていくのかというテーマは非常に重要なものであったように思われます。

この作品はロシア文学の歴史を知る上でもとても役に立つ作品です。余計者とは何かが非常にわかりやすく描かれています。そして彼がどのように新たな道を見つけたかというのも非常に興味深かったです。

次の記事ではこの作品とあのトルストイとの関係についてお話ししていきます。ロシアの偉大なる文豪トルストイとチェーホフはとても深いつながりがあります。私もチェーホフを学ぶ過程でこのことを知りとても驚きました。引き続きお付き合い頂けましたら嬉しく思います。

以上、「チェーホフ『決闘』あらすじ解説―ロシア文学の伝統「余計者」の系譜に決着を着けた傑作」でした。

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