チェーホフ『決闘』あらすじ解説⑵―チェーホフとトルストイの関係~「理想は人を救わない」byチェーホフ

チェーホフとドストエフスキー

チェーホフ『決闘』あらすじ解説⑵―チェーホフとトルストイの関係~「理想は人を救わない」byチェーホフ

前回の記事では『決闘』からチェーホフ思想の特徴を見ていきました。

そして今回の記事ではチェーホフとトルストイの関係をこの作品から見ていきたいと思います。

トルストイは『戦争と平和』、『アンナ・カレーニナ』など世界文学を代表する作品を生み出した偉大な文豪です。当然、ロシアでは並ぶ者がないほど尊敬されていました。チェーホフもそうしたトルストイを尊敬する一人だったのです。

チェーホフは作家として確固たる地位を抱いてから晩年にいたるまでトルストイと親しく交流していました。

しかし芸術家トルストイ、そして人間トルストイとしては亡くなるまで尊敬の意を持っていましたが作家、思想家としてのトルストイとは距離を置くようになっていきます。彼の中でトルストイ思想との決別があったのです。

それがいよいよ形になって現れ出てくるのがこの『決闘』という作品だったのです。

1889年チェーホフがサハリン旅行行きを決心しその準備をしていた頃、トルストイの『クロイツェル・ソナタ』という作品が出版されました。

この作品とサハリン旅行がきっかけにチェーホフとトルストイの関係が変わっていくことになったのです。

その顛末を佐藤清郎氏の『チェーホフ芸術の世界』に聞いてみましょう。

チェーホフが旅の準備に専念していたころ、レフ・トルストイの『クロイツェル・ソナタ』が出て、ロシヤの知識人の間に大きな問題を起した。毀誉褒貶さまざまの評判であった。この強烈で徹底した性欲批判の小説について、チェーホフ自身は次のように言っている。大切な手紙なので、少し長いが引用しておこう。

「本当に、あなたは『クロイツェル・ソナタ』がお気に入らないのですか?ぼくは、あれが天才的な、永遠の作だなんて言いません―その点、ぼくは裁判官じゃありません。でも、ぼくの意見では、国の内外でいま書かれているたくさんの作品の中で、意図の重大さと出来栄えの美しさとで、あれに匹敵できるものはよもや見出せまいと思うのです。ところどころの感動的な芸術的長所については言うまでもなく、あの作品が極度にぼくの思考を刺激してくれたという一つのことに対しても、あの中篇に感謝しています。あれを読みながら、思わず『これは本当だ!』とか、『これは馬鹿らしい!』とか、叫ばずにはいられないほどした。なるほど、あれにはたいへん悲しむべき欠点はあります。あなたが指摘されたもののほかにも、まだ一つ、著者を許したくないものがあります。それは、つまりトルストイが、知りもしないことについて、しかも頑固さのあまり理解しようともしないことについて論じている大胆さです」(一八九〇年二月十五目、プレシチェーエフ宛)

トルストイの『クロイツェル・ソナタ』は、周知のように、夫の留守中に音楽の師と密通を重ねていた妻を、戻ってきた夫が現場を押えて刺し殺す話で、無罪となった夫が列車の中で乗客に語る構成を取っている。この構成は、チェーホフの中期の三部作『箱に入った男』『すぐり』『恋愛について』に影響を与えている。

ここに引用したチェーホフの感想は、この作品の弁護と批判が混ったきわめて的を射た批評と思う。この手紙の二カ月後に、チェーホフはサハリンへ旅立ったのである。みずからを鞭打つ厳しい旅に。

筑摩書房、佐藤清郎『チェーホフ芸術の世界』P171

サハリン旅行に出る直前まではトルストイの『クロイツェル・ソナタ』を絶賛していたチェーホフ。しかし旅から帰ってくるとその様子がどうも違っているようです。

十カ月後、旅から戻った彼は、次のように言うようになる。

「旅行前には『クロイツェル・ソナタ』は、ぼくにとって出来事でしたが、今は、それは滑稽で、無意味なものに思われます。ぼくが大人になったためか、気が触れたためか―とんとわかりません」(十二月十七日、スヴォーリン宛)

この変化が『決闘」』書かせる発条となるのだが、それはいったい何を意味するのか。

一応それは、トルストイ的な極端な理想主義に対する「人間」の擁護だと言えるだろう。「神」の尺度でなく「人間」の尺度で、この人間社会を裁くべきだという信念が彼のなかに確立したことを意味する。そこにこそ公正がある、と思うようになったのだ。

弟妹たちが証言しているように、サハリンから戻ったチェーホフは、この公正(スプラヴェドリーヴォスチ)という言葉をしばしば口にするようになったという。

囚人の島サハリンを見てきたチェーホフの、『クロイツェル・ソナタ』後記にしるされているような極端な理想主義に対する反撥が、この『決闘』となったのだ。

チェーホフがトルストイ的理想に反対する論拠は、そのような理想で人を裁くのなら、教化も教育も必要がないではないか、人間が「理想」の奴隷になってしまうのではないか、理想という観念の大砲の餌食になってしまうのではないか、という点にある。

作中のサモイレンコが言うように、堕落した者、駄目な者を切り捨て、頭から非難するのなら、そんな文明は「糞くらえ」ではないかという、いわば極端な純粋主義に対する人間的経験主義の反撃である。

筑摩書房、佐藤清郎氏の『チェーホフ芸術の世界』P171-172

チェーホフは囚人たちの流刑地、「地獄の島」と呼ばれていたサハリンの現実を目の当たりにしました。

頭の中で観念的に考えていた理想がまったく通じない世界を彼は見たのです。

これはドストエフスキーのシベリア流刑と似ています。ドストエフスキーもシベリア流刑によって大きな思想の変化が起こります。ものごとは頭で考えるような理屈では動かない。いくら理想を言っても現実はそうはうまくいかない。それを地獄のような環境で感じるのです。

彼は、「絶対的」という言葉がつくトルストイ主義にはついていけなくなる。絶対的禁欲、悪への絶対的無抵抗、絶対的菜食主義等々に。

はっきりと相対的な人生観に立って発言するようになる。それこそが人間らしい生き方だと信じて。

『決闘』は、『クロイツェル・ソナタ』に現われたトルストイ的「専制的理想主義」に対する「自由なる人間主義」の対決である。寛容の重視であり、試行錯誤の許容である。

筑摩書房、佐藤清郎『チェーホフ芸術の世界』P172

トルストイは絶対的なキリスト信仰を説きました。そしてそれに基づいて「絶対的禁欲、悪への絶対的無抵抗、絶対的菜食主義等々」を語るようになっていました。

そんなトルストイに心酔する人々が世の中にたくさん生まれ彼らはトルステイアンと呼ばれるほどでした。

最初はそんな理想主義者トルストイの思想に感動していたチェーホフでしたがサハリン旅行を経て、絶対的理想ではなく相対的な思考を重んじるようになったのです。

理想通り生きられない人たちを「救われない人々」「ダメな人々」と切り捨てるような考え方は認めることはできない。人間をそうした理由で裁くことは公正ではないとチェーホフは考えるようになったのです。

トルストイはこの後私も読んでいくことになります。その時にチェーホフが感じたことが実際にどういうものなのか、私もトルストイを読むことで追体験できるかもしれません。トルストイを読むのが楽しみです。

トルストイを知る上でも、チェーホフを知る上でも『クロイツェル・ソナタ』、『決闘』に見られる思想の対立は非常に重要であると思われます。そしてこのことを考えることはドストエフスキー、さらには親鸞の思想を考えることにもつながっていきます。実は親鸞もチェーホフのように理想主義に対して疑問を持った宗教家でした。チェーホフを読んでいると浄土真宗の本を読んでいるかのような錯覚を覚える瞬間があります。

そういう意味でもこの『決闘』という作品は非常に見どころ満載の作品でありました。

次の記事では具体的にチェーホフがどのようにこの作品でその思想を表現していったのかを見ていきます。

以上、「チェーホフ『決闘』あらすじ解説⑵―チェーホフとトルストイの関係~「理想は人を救わない」byチェーホフ」でした。

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