プーシキンの代表作『エヴゲーニイ・オネーギン』の概要とあらすじ

ドストエフスキーとロシア

プーシキンの代表作『エヴゲーニイ・オネーギン』の概要とあらすじ

『エヴゲーニイ・オネーギン』はプーシキンが1823年から1831年の間に書き続け、1825年から1832年に少しずつ発表されていった作品です。

この作品はロシア文学の最高峰とされ、後のロシア文学者に多大な影響を与えたプーシキンの代表作です。

私が読んだのは岩波文庫の池田健太郎訳『オネーギン』です。

早速表紙のあらすじを見ていきましょう。

純情可憐な少女タチヤーナの切々たる恋情を無残にも踏みにじったオネーギン。彼は後にタチヤーナへの愛に目覚めるが、時すでに遅く、ついに彼の愛が受け入れられることはなかった……。バイロン的な主人公オネーギンは、ロシア文学に特徴的な〈余計者〉の原型となった。ロシア文学史上に燦然と輝く韻文小説の金字塔。散文訳。

岩波文庫 池田健太郎訳『オネーギン』

バイロン的というのがわかりにくいので、岩波文庫版プーシキン『スペードの女王・ベールキン物語』にこの言葉の解説がありましたので続けて引用します。

 バイロンの歌はいわば、ナポレオン没落後の西欧という血なまぐさい焦土の中空を、かすめて過ぎた魔鳥の羽ばたきである。おそらくその正体を深く見きわめた者は、当時としては誰もなかったはずであるが、それだけにまたその不気味な羽ばたきのうちに、人々が思い思いの烈しい感銘を汲みとったことは事実であった。特にロシヤでは、それはバイロニズムと呼ばれて、滔々たるロマンティシズムの風潮全般を優に蔽いつくす大きな呼び名とさえなるに至った。宿命への反逆、悪魔的なまでの自我至上主義、社会的因襲からの脱出の当然の帰結としての異国趣味(より的確にいえば東邦趣味)などは、もちろんその基本的な特徴にちがいなかったが、とりわけロシヤにおけるバイロニズムの大きな特質は、それが多年にわたる政治的抑鬱を吹きとばす革新の原理として、あの十二月党の運動と具体的に結びついた点にあった。実際この秘密結社の指導的地位にあった青年将校たちにして、多かれ少なかれバイロンの心酔者でないものは一人もなかったと言っていい。そしてプーシキンにたいするバイロンの影響の性質も、決してその例外ではなかった。

プーシキン『スペードの女王・ベールキン物語』神西清訳 岩波文庫P268

ドストエフスキーも若かりし頃バイロンを読んでいます。これはプーシキンの時代にも遡る現象だったのですね。イギリスの詩人バイロンがロシア文学者に与えた影響も興味深いです。

さて、もうひとつ、ロシア文学者の川端香男里著『ロシア文学史』からもあらすじを引用します。こちらのほうがより詳しく『オネーギン』のあらすじがわかりますので読んでいきましょう。

韻文小説『エヴゲーニイ・オネーギン』(1823-31、発表1825-32)はプーシキンの最高傑作である。主人公オネーギンは知性も能力もありながら現実の生活に幻滅を感じ、首都ぺテルブルグで高等遊民的な生活を送っているが、伯父の遺産を相続することになって田舎で暮すようになる。地主の娘タチヤーナはオネーギンを熱烈に愛するが、彼は冷たくあしらい、タチヤーナの妹と婚約している友人のレンスキイを決闘で殺し村を去る。数年後、首都で将軍の妻となっているタチヤーナと会い、今度は彼が夢中になって愛の告白をするが、タチヤーナは理性的に彼をしりぞける。この作品は自らの生を社会に生かすことのできない「余計者」オネーギンと、ロマンティックな理想主義者でしかも大地に足をつけた強い女性(弱い男と強い女の対立は、以後トゥルゲーネフをはじめとするロシアの小説の主要テーマとなる)タチヤーナが、二人ともども不幸になるという恋物語であるが、一八一〇年から三〇年にかけてのロシア社会を国民的叙事詩と言っていい壮大な規模で描き出すことに成功した。

川端香男里『ロシア文学史』岩波書店P131

感想―ドストエフスキー的見地から

『エヴゲーニイ・オネーギン』はプーシキンの代表作であり、ロシア文学史上最高傑作の一つに数えられています。

この作品はドストエフスキーに多大な影響を与え、前回の記事で紹介しましたように、彼の最晩年のプーシキン講演の中心主題もこの『エヴゲーニイ・オネーギン』でした。

そしてこの作品は19世紀ロシアだけではなく、今でもロシア人に愛されています。

私の通うロシア語教室の先生も「プーシキンは私たちの全てです。彼は本当に素晴らしいです。ロシア人の心が彼の詩にあります」と仰られていました。

そしてさらに『エヴゲーニイ・オネーギン』の中の有名な箇所「タチヤーナの手紙」をまさに暗唱してくれたのです。何も見なくてもすいすい出てくるのです。

それほどロシア人にとって身近なものなのだなと驚かせられました。

プーシキンが偉大なのは物語をロシア語の美しいリズムと響きで韻文形式にまとめ、芸術の域に昇華させたところにあります。それまでのロシアでは上流階級は皆フランス語を使っていましたのでロシア語は芸術として劣っているとされていたのです。

そしてそんな状況を打破したのがこのプーシキンだったのです。

川端香男里『ロシア文学史』には次のように述べられています。

プーシキンの作品―詩であれ小説であれ評論であれ―を特徴づけるものは、叙述の自然さ、明晰・簡明・機智である。口語的な要素が大胆に取り入れられているが、古典的な洗練・優雅は失われていない。残念なことに、このような特質は翻訳で失われがちである。プーシキンの詩のすぐれた鑑賞者であったメリメは、翻訳を通すと同国人からプーシキンが平板で陳腐な詩人としかみられないことを歎いている。音と意味の完全な結びつき、メローディアスな響きとイメージの調和というプーシキン詩の特徴は外国人にはなかなか感得できない。

川端香男里『ロシア文学史』岩波書店P128

ここが外国詩の難しいところですね。ロシア人がロシア語で聞いたときが最も美しいのがプーシキンの詩なのです。

これはイギリスのシェイクスピアもフランスのユゴーも、ドイツのゲーテも一緒です。

おそらく日本においても和歌や短歌、俳句、『平家物語』などの古典がそうなのでしょう。きっとこれらの素晴らしさ、日本人に与える感覚は日本語を母国語にしていない外国の方にはなかなかわからない感覚なのではないでしょうか。

プーシキンはまさしくそれと同じようにロシア人の心に完全に響く詩を完成させたのでありました。それが『エヴゲーニイ・オネーギン』だったのです。

日本語訳された物語そのものも非常に面白いですが、ロシア語で読んだロシア人にとっては私たちをはるかに凌駕する感動を味わっているのでしょう。

ドストエフスキーもきっとその一人だったことでしょう。だからこそ生涯にわたって彼はプーシキンを尊敬し、最晩年のプーシキン講演に命がけで臨んだのではないでしょうか。

『エヴゲーニイ・オネーギン』、ロシアを知る上で非常に重要な作品です。

以上、「プーシキンの代表作『エヴゲーニイ・オネーギン』の概要とあらすじ」でした。

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