MENU

プーシキン『エヴゲーニイ・オネーギン』あらすじと感想~ロシア文学に巨大な影響を与えた傑作!

オネーギン
目次

プーシキンの代表作『エヴゲーニイ・オネーギン』の概要とあらすじ

アレクサンドル・プーシキン(1799-1837)Wikipediaより

『エヴゲーニイ・オネーギン』はプーシキンが1823年から1831年の間に書き続け、1825年から1832年に少しずつ発表されていった作品です。

この作品はロシア文学の最高峰とされ、後のロシア文学者に多大な影響を与えたプーシキンの代表作です。

私が読んだのは岩波文庫の池田健太郎訳『オネーギン』です。

早速この本について見ていきましょう。

純情可憐な少女タチヤーナの切々たる恋情を無残にも踏みにじったオネーギン。彼は後にタチヤーナへの愛に目覚めるが、時すでに遅く、ついに彼の愛が受け入れられることはなかった……。バイロン的な主人公オネーギンは、ロシア文学に特徴的な〈余計者〉の原型となった。ロシア文学史上に燦然と輝く韻文小説の金字塔。散文訳。

Amazon商品紹介ページより

バイロン的というのがわかりにくいので、岩波文庫版プーシキン『スペードの女王・ベールキン物語』にこの言葉の解説がありましたので続けて引用します。

 バイロンの歌はいわば、ナポレオン没落後の西欧という血なまぐさい焦土の中空を、かすめて過ぎた魔鳥の羽ばたきである。おそらくその正体を深く見きわめた者は、当時としては誰もなかったはずであるが、それだけにまたその不気味な羽ばたきのうちに、人々が思い思いの烈しい感銘を汲みとったことは事実であった。

特にロシヤでは、それはバイロニズムと呼ばれて、滔々たるロマンティシズムの風潮全般を優に蔽いつくす大きな呼び名とさえなるに至った。

宿命への反逆、悪魔的なまでの自我至上主義、社会的因襲からの脱出の当然の帰結としての異国趣味(より的確にいえば東邦趣味)などは、もちろんその基本的な特徴にちがいなかったが、とりわけロシヤにおけるバイロニズムの大きな特質は、それが多年にわたる政治的抑鬱を吹きとばす革新の原理として、あの十二月党の運動と具体的に結びついた点にあった。

実際この秘密結社の指導的地位にあった青年将校たちにして、多かれ少なかれバイロンの心酔者でないものは一人もなかったと言っていい。そしてプーシキンにたいするバイロンの影響の性質も、決してその例外ではなかった。
※一部改行しました

プーシキン『スペードの女王・ベールキン物語』神西清訳 岩波文庫P268

ドストエフスキーも若かりし頃バイロンを読んでいます。これはプーシキンの時代にも遡る現象だったのですね。イギリスの詩人バイロンがロシア文学者に与えた影響も興味深いです。

さて、もうひとつ、ロシア文学者の川端香男里著『ロシア文学史』からもあらすじを引用します。こちらのほうがより詳しく『オネーギン』のあらすじがわかりますので読んでいきましょう。

韻文小説『エヴゲーニイ・オネーギン』(1823-31、発表1825-32)はプーシキンの最高傑作である。

主人公オネーギンは知性も能力もありながら現実の生活に幻滅を感じ、首都ぺテルブルグで高等遊民的な生活を送っているが、伯父の遺産を相続することになって田舎で暮すようになる。地主の娘タチヤーナはオネーギンを熱烈に愛するが、彼は冷たくあしらい、タチヤーナの妹と婚約している友人のレンスキイを決闘で殺し村を去る。

数年後、首都で将軍の妻となっているタチヤーナと会い、今度は彼が夢中になって愛の告白をするが、タチヤーナは理性的に彼をしりぞける。

この作品は自らの生を社会に生かすことのできない「余計者」オネーギンと、ロマンティックな理想主義者でしかも大地に足をつけた強い女性(弱い男と強い女の対立は、以後トゥルゲーネフをはじめとするロシアの小説の主要テーマとなる)タチヤーナが、二人ともども不幸になるという恋物語であるが、一八一〇年から三〇年にかけてのロシア社会を国民的叙事詩と言っていい壮大な規模で描き出すことに成功した。
※一部改行しました

川端香男里『ロシア文学史』岩波書店P131

感想―ドストエフスキー的見地から

『エヴゲーニイ・オネーギン』はプーシキンの代表作であり、ロシア文学史上最高傑作の一つに数えられています。

この作品はドストエフスキーに多大な影響を与え、前回の記事「プーシキンをこよなく愛したドストエフスキー。伝説のプーシキン講演とは」で紹介しましたように、彼の最晩年のプーシキン講演の中心主題もこの『エヴゲーニイ・オネーギン』でした。

そしてこの作品は19世紀ロシアだけではなく、今でもロシア人に愛されているそうで、私の通うロシア語教室の先生も「プーシキンは私たちの全てです。彼は本当に素晴らしいです。ロシア人の心が彼の詩にあります」と仰られていました。

そしてそれを裏付けるかのように『エヴゲーニイ・オネーギン』の中の有名な箇所「タチヤーナの手紙」をまさに暗唱してくれたのです。何も見なくてもすいすい出てくるのです。

それほどロシア人にとって身近なものなのだなと驚かされました。

プーシキンが偉大なのは物語をロシア語の美しいリズムと響きで韻文形式にまとめ、芸術の域に昇華させたところにあります。それまでのロシアでは上流階級は皆フランス語を使っていましたのでロシア語は芸術として劣っているとされていたのです。

そしてそんな状況を打破したのがこのプーシキンだったのです。

川端香男里『ロシア文学史』には次のように述べられています。

プーシキンの作品―詩であれ小説であれ評論であれ―を特徴づけるものは、叙述の自然さ、明晰・簡明・機智である。口語的な要素が大胆に取り入れられているが、古典的な洗練・優雅は失われていない。残念なことに、このような特質は翻訳で失われがちである。プーシキンの詩のすぐれた鑑賞者であったメリメは、翻訳を通すと同国人からプーシキンが平板で陳腐な詩人としかみられないことを歎いている。音と意味の完全な結びつき、メローディアスな響きとイメージの調和というプーシキン詩の特徴は外国人にはなかなか感得できない。

川端香男里『ロシア文学史』岩波書店P128

ここが外国詩の難しいところですね。ロシア人がロシア語で聞いたときが最も美しいのがプーシキンの詩なのです。

これはイギリスのシェイクスピアもフランスのユゴーも、ドイツのゲーテも一緒です。

おそらく日本においても和歌や短歌、俳句、『平家物語』などの古典がそうなのでしょう。きっとこれらの素晴らしさ、日本人に与える感覚は日本語を母国語にしていない外国の方にはなかなかわからない感覚なのではないでしょうか。

プーシキンはまさしくそれと同じようにロシア人の心に完全に響く詩を完成させたのでありました。それが『エヴゲーニイ・オネーギン』だったのです。

日本語訳された物語そのものも非常に面白いですが、ロシア語で読んだロシア人にとっては私たちをはるかに凌駕する感動を味わっているのでしょう。

ドストエフスキーもきっとその一人だったことでしょう。だからこそ生涯にわたって彼はプーシキンを尊敬し、最晩年のプーシキン講演に命がけで臨んだのではないでしょうか。

『エヴゲーニイ・オネーギン』、ロシアを知る上で非常に重要な作品です。

以上、「プーシキンの代表作『エヴゲーニイ・オネーギン』あらすじ解説」でした。

Amazon商品ページはこちら↓

オネーギン (岩波文庫 赤604-1)

オネーギン (岩波文庫 赤604-1)

次の記事はこちら

あわせて読みたい
バイロン『マンフレッド』あらすじと感想~「バイロン的」とは?プーシキンの『オネーギン』とのつながり バイロンは後の作家たちに多大な影響を与えました。プーシキンもその一人です。 そしてそのプーシキンを深く敬愛していたドストエフスキーもバイロンを読み込み、そして『オネーギン』を通してバイロン的なるものへの思索を深めていったのでありました。 こうして考えてみると改めて、あらゆるものは繋がっているのだなと感じさせられました。 『マンフレッド』は近代人の自我の悩みを描いた古典中の古典です。その迫力は今でも色あせないものがあると感じました。言っていることに全然古さを感じさせないです。

前の記事はこちら

あわせて読みたい
プーシキンをこよなく愛したドストエフスキー。伝説のプーシキン講演とは プーシキン講演はドストエフスキーが亡くなる前の年の出来事です。 病気が進行し『カラマーゾフの兄弟』の執筆だけでもやっとの状態で、命がけで臨んだ講演です。 おそらくこの遠征が彼の命を縮めることになってしまったのかもしれません。 ですが彼にとってプーシキンという詩人に対する思いはそれほどのものだったのです。命をかけてでも臨むべき戦いだったのです。

関連記事

あわせて読みたい
プーシキン作品の特徴と偉大さの秘密はどこにあるのだろうか~『スペードの女王』を題材に プーシキン作品の特徴はその「叙述の自然さ、明晰・簡明・機智」にあります。 もう少しざっくりと言うならば「余計な言葉を極力減らし、よりシンプルに!」ということになります。 プーシキンはむやみやたらに長い文章を嫌いました。そして当時ヨーロッパで流行していたとにかく大げさな表現を避けようとしたのです。 そのことについてちょうどわかりやすい例として挙げられるのが『スペードの女王』という作品になります。この記事では『スペードの女王』を題材にプーシキンの特徴と魅力の秘密に迫っていきます
あわせて読みたい
プーシキンおすすめ作品一覧~ドストエフスキーの心の師匠!日本でマイナーなのがあまりにもったいない... ドストエフスキーやトルストイを読まれた方なら特にプーシキンはおすすめです。彼らがいかにプーシキンの影響を受けているかがわかり、読んでいてとても興味深い体験になると思います。 ぜひこのページをきっかけにプーシキン作品に触れて頂けましたら幸いでございます。
あわせて読みたい
プーシキン『吝嗇の騎士』あらすじと感想~ドストエフスキー『未成年』に強烈な影響を与えた傑作小悲劇 この作品はドストエフスキーと非常につながりの深い作品として有名です。 『吝嗇の騎士』は直接的には『未成年』に最も強い影響を与えた作品ですが、『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』にも影響を与えていると考えるとまた興味深いです。
あわせて読みたい
プーシキン『青銅の騎士』あらすじと感想~ゴーゴリ・ドストエフスキーの「ペテルブルグもの」の元祖 『青銅の騎士』が後のロシア人作家に与えた影響は並々ならぬものがあります。 こうした文学的な影響力もさることながら、ひとつの読み物としてもとても面白い作品です。さすがプーシキンの傑作と呼ばれるだけあります。 プーシキンらしく簡潔かつ研ぎ澄まされた表現でどんどん物語が動いていきます。現実と幻想が絶妙に入り混じったプーシキンの世界観がいかんなく発揮されています。
あわせて読みたい
プーシキン『大尉の娘』あらすじと感想~プガチョフの乱を題材にした晩年の最高傑作 プーシキンは本当に面白い作品をたくさん出しています。現代小説と比べても全く遜色ありません。古典だからと敬遠するのはもったいないです。驚くほど読みやすく、そして内容の濃さも超一流です。
あわせて読みたい
ロシアの国民詩人プーシキンとは?代表作や生涯、特徴をざっくり解説! ロシアの国民詩人プーシキンはドストエフスキーが最も愛し、最も尊敬した文学者です。 ドストエフスキーは幼い頃から彼の詩にのめり込み、最晩年までずっと彼の作品と共にありました。 そんなプーシキンですが日本では名前は知られてはいるものの、どのような人物であるのか、どんな作品を世に残したのかとなるとほとんど知られていません。 今回の記事ではそんなプーシキンについてざっくりとお話ししていきます。
あわせて読みたい
フランスを代表する作家ユゴーとおすすめ作品、考察記事一覧 日本においてユゴーは『レ・ミゼラブル』で有名でありますが、フランスでは大詩人としてのユゴーの存在があり、激動のフランスを生き抜いた指導者としての顔があります。 そして国葬でパンテオンに葬られたことからもわかるように、単なるひとりの作家の域を超えて、フランスを代表する偉人として尊敬を集めている人物であります。 この記事ではユゴーについて書いたこれまでの14記事をまとめています。
あわせて読みたい
シェイクスピアおすすめ作品12選~舞台も本も面白い!シェイクスピアの魅力をご紹介! 世界文学を考えていく上でシェイクスピアの影響ははかりしれません。 そして何より、シェイクスピア作品は面白い! 本で読んでも素晴らしいし、舞台で生で観劇する感動はといえば言葉にできないほどです。 というわけで、観てよし、読んでよしのシェイクスピアのおすすめ作品をここでは紹介していきたいと思います。
あわせて読みたい
万能の天才ゲーテのおすすめ作品と解説本一覧~ヨーロッパに絶大な影響を与えた大詩人の魅力を紹介 ヨーロッパの歴史や文化を見ていく上でゲーテの存在がいかに大きいかというのを最近特に痛感しています。 実は、私はかつてゲーテが大の苦手でした。 ですが、今では大好きな作家の筆頭となっています。 やはり時代背景や作家の生涯・思想を学んだ上で読むのは大事なことだなとゲーテの場合には特に思えました。この記事ではそんなゲーテをもっと知るためのおすすめ記事を紹介しています。
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次