トクヴィル『フランス二月革命の日々』~ドストエフスキーのシベリア流刑とフランス二月革命の関係
ここまでの記事でフランスの歴史をざっくりと眺めてきましたが前回の記事の終盤に出てきました二月革命、これがドストエフスキーのシベリア流刑と関係があるとしたら皆さんはどう感じますでしょうか?
実はドストエフスキーの流刑も、フランスの政治情勢と深い関係があったからこそ起きてしまった出来事だったのです。
この記事ではそのフランス二月革命とドストエフスキーの流刑の関係についてお話ししていきます。
ここまでの記事でフランスの歴史をざっくりと眺めてきましたが前回の記事の終盤に出てきました二月革命、これがドストエフスキーのシベリア流刑と関係があるとしたら皆さんはどう感じますでしょうか?
実はドストエフスキーの流刑も、フランスの政治情勢と深い関係があったからこそ起きてしまった出来事だったのです。
この記事ではそのフランス二月革命とドストエフスキーの流刑の関係についてお話ししていきます。
この記事ではナポレオン以後のフランス、具体的にはナポレオン失脚後の1815年から二月革命という出来事が起こった1848年までの流れをざっくりとまとめていきます。
なぜドストエフスキーを知る上でこの時代のフランスの歴史を学ぶ必要があるのかと言いますと、この時代はまさしく彼の青年期と同時代であるからです。
彼の青年期はフランス文学と共にあったと言ってもよいほど、フランス文学に浸った生活をしていました。この時期のフランスを学ぶことはドストエフスキーを知ることにも繋がります。
私がドストエフスキーにおいて「面白い」という言葉を使う時は、アハハと笑うような「面白い」でもなく、あ~楽しかったいう「面白い」とも、スカッとするエンタメを見るような「面白い」とも違います。
時間を忘れてのめり込んでしまうような、それでいてなおかつ、読んだ後もずっと心にこびりつくような、そういう読後感があるような面白さを言います。
『罪と罰』にはそのような面白さをもたらしてくれる思想的な奥行きがこれでもかと描かれています。
そのひとつがラスコーリニコフの言うナポレオン思想です。
著者のコレンクールはナポレオンのロシア遠征を最も近くで見ていた人物です。
この本ではロシア遠征においてナポレオンが何を考え、どう行動したかを知る上ではこの上ない記録です。
特に、書名にもありますようにナポレオン軍のモスクワからの無残な敗走の姿をこれでもかと描写しています。
この本はナポレオンのロシア遠征の流れを学ぶのに最適の書です。
今回はいよいよ大詰めです。いよいよナポレオンとドストエフスキーの祖国ロシアとの対決です。
ドストエフスキーの『罪と罰』の主人公ラスコーリニコフとナポレオンの関係をテーマに、ここまで長々とナポレオンの歴史をたどってきました。
改めてラスコーリニコフの言葉を読んでみると、ナポレオンの激動の流れを絶妙に言い表しているなと感心してしまいます。
今回の記事でも前回に引き続きナポレオンについてお話ししていきます。
ナポレオンはパリでの反乱を圧倒的な力で鎮圧、ここから獅子奮迅の働きで対外戦争にも連戦連勝していきます。
ここからのナポレオンの動きを知るためにはフランスと諸外国の状況を知る必要があります。
この記事ではそんなヨーロッパ情勢を見ていきます。
ナポレオンといえばその知名度は抜群ではあるものの、実際にいつ頃活躍し何をした人物かと問われれば意外とこれに答えるのは難しいのではないでしょうか。
正直に申しますと、今回フランスのことを学ぶまで私もよくわかっていませんでした。知れば知るほどなるほどなるほどと面白い発見でいっぱいでした。
カラムジンのこの本ではロシア人から見た憧れの都パリの圧倒的な魅力と負の側面、そして彼の見たパリの人々についての印象が率直に語られています。
華やかで美しい都パリのもうひとつの姿、それが悪臭と汚物まみれのパリでした。
パリは当時最も繁栄していたものの、同時にその繁栄による負の側面も尋常ではなかったのです。
これは意外と知られていない事実であります。
ロシア人たるカラムジンから見たパリの街並みは非常に興味深いものがありました
ドストエフスキーとキリスト教は切っても切れない関係です。
キリスト教と言えば私たちはカトリックやプロテスタントをイメージしてしまいがちですが、ドストエフスキーが信仰したのはロシア正教というものでした。
そうした背景を知った上でドストエフスキーを読むと、それまで見てきたものとは全く違った小説の世界観が見えてきます。
キリスト教を知ることはドストエフスキーを楽しむ上で非常に役に立ちます。
この本では「キリスト教こそ絶対に正しくて、異教徒は間違っている」というニュアンスはまず存在していません。歴史的にその出来事はなぜ起こったのかということをできるだけ客観的に見ていこうという視点が感じられます。
また、この本はそもそも読み物としてとても面白いです。キリスト教史の教科書というと、固くて難しい本をイメージしてしまいがちですが、フスト・ゴンサレス『キリスト教史』は一味も二味も違います。