中村哲『天、共に在り アフガニスタン三十年の闘い』中村医師のアフガンでの活動を知るのにおすすめ!

現代ロシアとロシア・ウクライナ戦争

中村哲『天、共に在り アフガニスタン三十年の闘い』中村医師のアフガンでの活動を知るのにおすすめ!

今回ご紹介するのは2013年にNHK出版より発行された中村哲著『天、共に在り アフガニスタン三十年の闘い』です。

早速この本について見ていきましょう。

なぜ、日本人の医師が1600本の井戸を掘り、25キロに及ぶ用水路を拓けたのか?内戦・空爆・旱魃に見舞われた異国の大地に起きた奇跡。

困っている人がいたら手を差し伸べる
――それは普通のことです。

1984年よりパキスタン、アフガニスタンで支援活動を続ける医師・中村哲。治療のために現地へ赴いた日本人の医者が、なぜ1600本もの井戸を掘り、25.5キロにもおよぶ用水路を拓くに至ったのか?「天」(自然)と「縁」(人間)をキーワードに、その数奇な半生をつづった著者初の自伝。

Amazon商品紹介ページより

前回の記事で紹介した『アフガニスタンの診療所から』は1993年に刊行された作品で、今回紹介する『天、共に在り アフガニスタン三十年の闘い』はそこから20年を経た中村医師の作品になります。

『アフガニスタンの診療所から』では中村医師がアフガニスタンで診療を始めたきっかけや現地の医療活動について語られていましたが、今作の『天、共に在り アフガニスタン三十年の闘い』は上の本紹介にありますように、干ばつに襲われたアフガンに井戸を掘り、用水路を建設する中村医師の活動を知ることができます。

中村医師は「はじめに」でこの本について次のように述べています。少し長くなりますがとても重要な言葉ですのでじっくりと読んでいきます。

これは、医師である私が、現地活動三十年を振り返り、どうしてアフガニスタンで活動を始めたのか、その後、どうして医療活動以上に、井戸を掘り、用水路を拓くことに力を傾け始めたのか、そのいきさつを紹介したものです。NHKの「知るを楽しむ―この人この世界」(二〇〇六年六~七月放送)のテキストに加筆修正を加えたもので、内容的には七年後の今も、その連続です。したがって、最近のアフガン情勢と私たちの活動の新たな展開が加えられていますが、基本的な主題は、変わっていません。

米軍による「報復爆撃」(二〇〇一年十月)、タリバン政権の崩壊後の「アフガン復興」が当時大きく報道された後、「アフガニスタン」は何となく落ち着いた錯覚を与えたまま、混乱を残し忘れ去られようとしています。しかし今、現地で何が起きているのでしょうか。

猛威を振るっている大旱魃は、今もなお、ほとんど知られていません。かつて自給自足の農業立国、国民の九割が農民・遊牧民といわれるアフガニスタンは、瀕死の状態なのです。この重大な出来事がなぜ十分に知らされていないのか、その無関心自体に私たちの世界の病弊があるような気がしてなりません。

かつて自著の中で、「現地には、アジア世界の抱える全ての矛盾と苦悩がある」と繰り返して述べてきました。でも、ここに至って、地球温暖化による沙漠化という現実に遭遇し、遠いアフガニスタンのかかえる問題が、実は「戦争と平和」と共に「環境問題」という、日本の私たちに共通する課題として浮き彫りにされたような気がします。

十年間の軌跡を振り返ると、人の縁は推し量りがたいものがあります。現在までの経緯を忠実に描こうとすれば、幼少時から備えられた数々の出会いの連続を記さないわけにはいきません。私たちは不運を嘆いたり、幸運を喜んだり、しばしば一喜一憂して目先のことにとらわれやすいものです。

また、得てして自然の摂理を無視し、意のままに事を運べる「自由と権利がある」と錯覚しがちです。昨今、人間の分を超え、いのちを軽んじ、自然を軽んじる「欲望の自由」と「科学技術の信仰」が大手をふるって歩いているような気がしてなりません。

様々な人や出来事との出会い、そしてそれに自分がどう応えるかで、行く末が定められてゆきます。私たち個人のどんな小さな出来事も、時と場所を超えて縦横無尽、有機的に結ばれています。そして、そこに人の意思を超えた神聖なものを感ぜざるを得ません。この広大なえにしの世界で、誰であっても、無意味な生命や人生は、決してありません。私たちに分からないだけです。この事実が知って欲しいことの一つです。

現地三十年の体験を通して言えることは、私たちが己の分限を知り、誠実である限り、天の恵みと人のまごころは信頼に足るということです。

人の陥りやすい人為の世界観を超え、人に与えられた共通の恵みを嗅ぎとり、この不安と暴力が支配する世界で、本当に私たちに必要なものは何か、不要なものは何かを知り、確かなものに近づく縁にしていただければ、これに過ぎる喜びはありません。

NHK出版、中村哲『天、共に在り アフガニスタン三十年の闘い』P3-5

この本では現代日本に生きる私たちには想像もつかない世界で闘い続ける中村医師の姿を知ることになります。

また、この本には用水路のビフォーアフターの写真も多数掲載されていて、砂漠の地に緑が生まれていく過程を見ることもできます。その変貌ぶりにはただただ驚くしかありません。上の動画でもその様子を見ることができますのでぜひご覧ください。

最後に、この本の中で特に印象に残っている箇所を紹介します。こちらも少し長くなりますが大切な言葉なのですべて読んでいきます。

今、周囲を見渡せば、手軽に不安を忘れさせる享楽の手段や、大小の「権威ある声」に事欠かない。私たちは過去、易々とその餌食になってきたのである。このことは洋の東西変わらない。一見勇ましい「戦争も辞さず」という論調や、国際社会の暴力化も、その一つである。経済的利権を求めて和を損ない、「非民主的で遅れた国家」や寸土の領有に目を吊り上げ、不況を回復すれば幸せが訪れると信ずるのは愚かである。人の幸せは別の次元にある。

人間にとって本当に必要なものは、そう多くはない。少なくとも私は「カネさえあれば何でもできて幸せになる」という迷信、「武力さえあれば身が守られる」という妄信から自由である。何が真実で何が不要なのか、何が人として最低限共有できるものなのか、目を凝らして見つめ、健全な感性と自然との関係を回復することである。

戦後六十八年、誰もがそうであるように、自分もその時代の精神的気流の中で生きてきた。明治の世代は去りつつあったが、かくしゃくとした風貌は健在で、太平洋戦争の戦火をくぐった人々がまだ社会の中堅にいた。日本の文化や伝統、日本人としての誇り、平和国家として再生する意気込み―もうそれは幾分色あせてはいたが、一つの時代の色調をなしていた。私たちはそれに従って歩めば、大過はないと信じていた。だが、現在を見渡すと今昔の感がある。進歩だの改革だのと言葉が横行するうちに、とんでもなく不自由で窮屈な世界になったとさえ思われる。

しかし、変わらぬものは変わらない。江戸時代も、縄文の昔もそうであったろう。いたずらに時流に流されて大切なものを見失い、進歩という名の呪文に束縛され、生命を粗末にしてはならない。今大人たちが唱える「改革」や「進歩」の実態は、宙に縄をかけてそれをよじ登ろうとする魔術師に似ている。だまされてはいけない。「王様は裸だ」と叫んだ者は、見栄や先入観、利害関係から自由な子供であった。それを次世代に期待する。

「天、共に在り」

本書を貫くこの縦糸は、我々を根底から支える不動の事実である。やがて、自然から遊離するバべルの塔は倒れる。人も自然の一部である。それは人間内部にもあって生命の営みを律する厳然たる摂理であり、恵みである。科学や経済、医学や農業、あらゆる人の営みが、自然と人、人と人の和解を探る以外、我々が生き延びる道はないであろう。それがまっとうな文明だと信じている。その声は今小さくとも、やがて現在が裁かれ、大きな潮流とならざるを得ないだろう。

これが、三十年間の現地活動を通して得た平凡な結論とメッセージである。

NHK出版、中村哲『天、共に在り アフガニスタン三十年の闘い』P244-246

「今、周囲を見渡せば、手軽に不安を忘れさせる享楽の手段や、大小の「権威ある声」に事欠かない。私たちは過去、易々とその餌食になってきたのである。」

「いたずらに時流に流されて大切なものを見失い、進歩という名の呪文に束縛され、生命を粗末にしてはならない。今大人たちが唱える「改革」や「進歩」の実態は、宙に縄をかけてそれをよじ登ろうとする魔術師に似ている。だまされてはいけない。「王様は裸だ」と叫んだ者は、見栄や先入観、利害関係から自由な子供であった。それを次世代に期待する。」

コロナ禍、そしてロシア・ウクライナ戦争について中村医師なら何と言うでしょうか・・・

中村医師が亡くなられたのは日本にとって、いや世界にとって、言葉では表せないほど大きな喪失だったのではないでしょうか・・・

この本もぜひおすすめしたいです。ロシア・ウクライナ戦争をきっかけに手に取ったこの本ですが、出会えてよかったなと心の底から思った一冊です。

以上、「中村哲『天、共に在り アフガニスタン三十年の闘い』中村医師のアフガンでの活動を知るのにおすすめ!」でした。

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