M・ラリュエル『ファシズムとロシア』ファシスト、非ナチ化という言説はなぜ繰り返されるのか。ロシアは欧州の何に反発しているのか

現代ロシアとロシア・ウクライナ戦争

M・ラリュエル『ファシズムとロシア』ファシスト、非ナチ化という言説はなぜ繰り返されるのか。欧州・ロシアの歴史観をめぐる戦い。

今回ご紹介するのは2022年に東京堂出版より発行されたマルレーヌ・ラリュエル著、浜由樹子訳の『ファシズムとロシア』です。

早速この本について見ていきましょう。

冷戦終結から30余年、欧米主導の一極化した国際秩序への反発から、世界各国で反リベラリズムの潮流が湧き起こっている。そんな中、プーチン・ロシアは、ウクライナへの軍事的干渉、クリミアの併合をはじめ旧ソ連の周辺諸国に対して軍事的圧力をかけるなど強権的な言動をとり続け、国際秩序に揺さぶりをかけている。そのようなロシアの行動は、西側諸国からファシズムと批判されている。本書は、「ファシズム国家」とのレッテルが貼られるロシアを、幅広い視野から冷静に分析、プーチン体制の構造とロシアの地政学的戦略をわかりやすく読み解く。今のロシアを、そしてヨーロッパの将来を占うための必読書であり、混迷する国際情勢の分析にとって貴重な手がかりとなる作品である

Amazon商品紹介ページより

私がこの本を読もうと思ったのは、プーチン大統領がウクライナに対して「非ナチ化のために我々は戦っている」という旨の発言があったからでした。正直、その言葉を初めて聞いたときは全く意味がわかりませんでした。なぜプーチン大統領にとってウクライナと戦うことが非ナチ化なのか、私にはどうしてもわからなかったのです。

というわけで手に取ったこの本でしたが、これがなかなか興味深く、「なるほど」と思えることが満載の一冊でした。

まず、この本ではそもそも「ファシズム」とは何かという定義をかなり厳密に考えていきます。

そして近年相手を中傷する便利なレッテルとして「ファシズム」という言葉が乱用されている点を警告します。

「ファシズム」とはそもそも何なのか、そしてこれを用いて相手を攻撃するということはどういう意味があり、どのような意図があるのかということをこの本ではかなり詳しく見ていきます。

「ファシズム」をどう捉えるかという問題は、まさしく現代における歴史観の問題であり、欧州各国においては現在の国のあり方を左右しかねない死活問題だということがよくわかります。「ファシズム」をめぐる歴史認識論争は武器の撃ち合いとは異なるもう一つの戦争でもあることを感じました。ヨーロッパと距離のある日本人には実感しにくい非常に複雑なデリケートな問題があるということをつくづく感じました・・・

そしてこの本の中で最も気になったことは、歴史家ティモシー・スナイダーへの批判でした。

ティモシー・スナイダーといえば当ブログでも紹介してきた歴史家です。

スナイダーは1969年生まれの歴史学者です。専門は近代ナショナリズム史、中東欧史、ホロコースト史で、イェール大学の教授を務めています。

ではマルレーヌ・ラリュエルのスナイダー批判を見ていきましょう。

2014年以来、イェール大学教授のティモシー・スナイダーがモティルの論陣に加わり、彼もまた、ロシアをファシストと呼ぶ最も影響力のある論客の一人となった。

『ニューヨーク・タイムズ』紙と『ニューヨーク・レヴュー・オブ・ブックス』誌に掲載された一連の評論記事で、スナイダーはプーチンのロシアとヒトラーのドイツの類比を示してみせた。2014年3月20日の記事では、ロシアのクリミア併合とドンバスでの戦争を、第二次世界大戦前のヨーロッパと比較し、大胆にもこう述べた。「ウラジーミル・プーチンは、第二次世界大戦を始めたヒトラーとスターリンの協調関係を復活させることを選んだのだ」。

このような発言で、スナイダーは一石二鳥を狙った。プーチンをヒトラーのようでもありスターリンのようでもあると非難し、同時に、ナチズムと共産主義を等号で結ぶ全体主義理論を使って、プーチンをヒトラーに同化させようとした。2014年11月からは、より歴史的な議論を持ち込んだ。

ロシアのファシズムの兆候は、プーチンや政府高官たちが1939年のモロトフ・リッべントロップ協定の意味をぼやかす傾向に看取できるというものだった。スナイダーにとっては、この歴史的類比は大きな意味を持つ。

「モロトフ・リッべントロップ協定は東欧の領土に関するものだというだけでなく、ヨーロッパの法秩序全体に関わるものだった。(……)プーチンは今、彼独自のやり方で、まさに同じことをしようとしている。スターリンがヨーロッパの最もラディカルな勢力、ヨーロッパそのものに対抗するアドルフ・ヒトラーに近付こうとしたのと同様に、プーチンもまた、反ヨーロッパ的なポピュリスト、ファシスト、分離主義者の寄せ集めと手を組んでいる。彼の仲間である極右とは、現在のヨーロッパ秩序、つまりEU(欧州連合)に終焉をもたらすことを望む政治勢力そのものである」

スナイダーはファシズム―ナチズムとはいわないまでも―を、政治指導者だけでなく、ロシア社会全体のものとみなしている。彼はロシアを、「国営テレビ放送でユダヤ人がホロコーストの責を負わされ、政府に近い知識人がヒトラーを国家指導者として賞賛し、ロシア版ナチがメーデーに行進し、鈎十字のフォーメーションでトーチが運ばれるナチ党大会のような集会を反ファシズムと称して行っている」国として描き、論文や講演でさらにこうした見解を発展させた。

スナイダーが読者に気付いてもらいたかった歴史的類似性は、間接的には、ホロコーストの歴史家としての研究体験に起因している。彼の著書『ブラッドランド―ヒトラーとスターリンの間のヨーロッパ』(邦訳『ブラッドランド―ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』筑摩書房、2015年)は、ナチとスターリニズム体制が行った大量虐殺を、一つの歴史のニつの側面として扱っており、ナチズムと共産主義を同等のものとみなす、既に古色蒼然とした議論に貢献した。しかしながら、この本は二つの全体主義の間の差異、特に、特定の集団に対する国家暴力のイデオロギー的理由付けについての議論を省き、地方政府や国民といった、主体性をもった人びとの行動を無視している。

三つ目の段階である2015年、スナイダーは彼の理論構築に新たな要素を加えた。スナイダーが「ロシア・ファシズムの予言者」と呼び、2012年に大統領に返り咲いて以来、プーチンのイデオロギー的インスピレーションの源であった、反革命の反動的亡命者イワン・イリイン(1883-1954年)を、クレムリンが持ち上げているように思える、ということである。

不毛な回り道をして、スナイダーは、クレムリンによる2016年のアメリカ大統領選挙への干渉を、イリインのイデオロギー的立場に帰せようとさえした。

同じことが、彼の『不自由への道―ロシア、ヨーロッパ、アメリカ』(邦訳『自由なき世界―フェイクデモクラシーと新たなファシズム』慶應義塾大学出版会、2020年)でも起こっている。同書は、ソフィー・ピンカムが述べたように、ドナルド・トランプの勝利においても、ヨーロッパの選挙においても、「現地の政治勢力の役割を過小評価し、ロシアのプロパガンダ・キャンぺーンの力を誇張している」。スナイダーが実証しようと試みる、ロシアから始まる「不自由への道は一方通行」だという主張は、強烈なイデオロギー的偏見に基づいている。
※適宜改行しました

東京堂出版、マルレーヌ・ラリュエル、浜由樹子訳『ファシズムとロシア』P44-46

ラリュエルはこのようにスナイダーを「ロシアをファシズム国家とレッテルを張る人物」として批判しています。

たしかにラリュエルの批判を読めば、スナイダーの見解は煽動的で危険な思想のようにも思えてしまいます。

ただ、『ブラッドランド―ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』を読んだ私個人の感想ですが、スナイダーはそこまで現代ロシアをファシズムと同様のものと描いているようには思えませんでした。むしろ、この本の主題は「従来ホロコーストといえばアウシュヴィッツのことばかり強調されていたが、実際には他の多くの場所でも悲惨な殺戮が繰り返されており、そのメカニズムは何だったのか。そして同時に同じ地域でソ連による虐殺も存在していたこと。これらを検証することも第二次大戦のメカニズムを知る上で重要ではないか」という点にあると私は考えます。

ラリュエルが「スナイダーはヒトラーとスターリン、プーチンを同化しようとしている」と述べますが、少なくとも『ブラッドランド』でそこまで言っていいのかは私にはわかりません。

ただ、私はスナイダーの著書は『ブラッドランド』と『暴政』、そしてトニージャッドとの対談『20世紀を考える』しか読んでいません。

ラリュエルが批判するように、最近のスナイダーの言説に関して過激なものがあるとすればそれは非常に残念です。

たしかに、スナイダーの『暴政-20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』ではこのように書かれています。

ファシストは日々の暮らしのささやかな〈真実〉を軽蔑し、
新しい宗教のように響き渡る〈スローガン〉を愛し、
歴史やジャーナリズムよりも、つくられた〈神話〉を好んだ。
事実を放棄するのは、〈自由〉を放棄することと同じだ。
ファシズム前夜-、
いまこそ、本を積み上げよう。〈真実〉があるのを信じよう。
歴史の教訓に学ぼう。

気鋭の歴史家ティモシー・スナイダーが、現在、世界に台頭する
圧政の指導者に正しく抗うためのニ〇の方法をガイドする。

慶應義塾大学出版会、ティモシー・スナイダー、池田年穂訳『暴政-20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』より

たしかに「ファシスト」という言葉が出てきます。

そしてこの本ではなぜ全体主義が台頭して来るのか、なぜ人々はそれに抗えないのか、そしてそうならないために私たちひとりひとりは何をすればいいのだろうかを説いていきます。

目次を見て頂けるとわかりますように、ティモシー・スナイダーの提言はかなり具体的です。そして危機感がかなり伝わってきます。彼は世界は非常に危険な状態であり、全体主義がすぐそこまで迫っていると警告しています。

これがラリュエルの言うようにプーチン大統領に対する「ファシズムのレッテル張り」だと言われれば、たしかにそうとも言えるかもしれません。

私にとってティモシー・スナイダーという人物は「全体主義、抑圧体制に呑み込まれないために安易にメディアに流されず、本を読み、しっかり自分で考えることで社会を守っていこうと警告している歴史学者」というイメージがありました。

ですが、ラリュエルの批判を聞いてみると、これもまた難しい問題でもあるなと思うようにもなりました。

スナイダーは「メディアのプロパガンダに流されてはいけない。本を読もう。自分で考えよう。自由を守ろう」と述べます。

ですがそのスナイダー自身がプーチン大統領を「ファシスト」と一方的にレッテルを張り、過激な政治的攻撃を仕掛けている。そしてそうした言説が一気に広まり、安易にプーチン=ヒトラー的なレッテルが世界に定着し、詳細な分析もされることなく一方的にロシアを絶対悪として扱おうとする。

これではスナイダーが言っていた「メディアのプロパガンダに流されてはいけない」という言葉と真逆の事態になってしまいます。

「スナイダーの言っていることは正しい」と無批判に信じて「プーチンのロシアはファシストだ」と断定してしまうのはそれはそれで非常に危険なことだというラリュエルの批判はたしかに的を得ているなと思いました。

もちろん、ラリュエルの述べていることに全面的に賛同するかと言われれば正直何と言っていいかわかりません。ラリュエルの批判はたしかに重要だと思いつつも、スナイダーが『ブラッドランド』においてナチスとスターリン政権のメカニズムを述べたことは非常に重要なことだったと私は思います。

この記事では詳しくはお話しできませんでしたが、独ソ戦においてポーランドやウクライナ、ベラルーシ、バルト三国はドイツ、ロシアに挟まれ、戦争被害を最も被った地域でありました。その地域においてヒトラー、スターリンをどう捉えるかという歴史認識は国の根幹をなす問題です。ソ連崩壊後、その問題は特に重大な問題となっています。そのひとつの例としてスナイダーが挙げられていたのでありました。

こうした歴史認識の問題を考えるきっかけとなるのがこの本だと思います。

この本は唯一の答えを与えてくれる本ではありません。むしろ、現状をどう捉えるのかという問いを投げかけてくる作品です。

読んですっきりするわかりやすい本ではありません。むしろ世界の複雑さを知り頭を抱えてしまうような本です。

ですが、それこそ大切なことなのではないかと思います。わかりやすいシンプルな構図に走ることこそ、世界を危険な方向に向かわせてしまうのではないでしょうか。

以上、「M・ラリュエル『ファシズムとロシア』ファシスト、非ナチ化という言説はなぜ繰り返されるのか。ロシアは欧州の何に反発しているのか」でした。

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