厭世思想(ペシミズム)の大家ショーペンハウアーとドストエフスキー

イギリス・ドイツとドストエフスキー

厭世思想の大家ショーペンハウアーとドストエフスキー

これまでこのブログではドストエフスキーをはじめプーシキンやツルゲーネフなどのロシアの作家や、ゾラなどの海外の作家についてご紹介してきました。

その中でもツルゲーネフ作品やその参考書を読んでいる時によく出てきたのがショーペンハウアーの厭世哲学(ペシミズム)でした。

また、その影響はツルゲーネフだけではなくこの後読んでいくトルストイやチェーホフにも多大なものがあるとされていました。

であるならばやはりショーペンハウアーも読んでおいた方がいいのではないか、私はそう思ったのです。

不思議なことにドストエフスキーその人にはあまりショーペンハウアーの影がありません。同時代のツルゲーネフやトルストイは彼に強い関心を持っていたのにドストエフスキーはそうではなかった。この事実は逆に興味をそそります。

なぜドストエフスキーは当時流行していたショーペンハウアーの影響をあまり受けなかったのでしょうか。もしかしたら影響を受けてはいたけれどもそれは作品の中であからさまにそうとは見えないように表現されていたのかもしれません。

そうしたことを考えることもドストエフスキーの特徴を知る上で大きな意味を持つような気がします。

また、ショーペンハウアーは仏教の影響を受けた哲学者としても有名です。いつか読んでみたいと思ってはいたのですがそれが延び延びになってしまっていた哲学者です。

これもいい機会ですのでこれよりショーペンハウアーを読んでいきたいと思います。

ショーペンハウアーとは―仏教との深いつながり

ショーペンハウアー(1788-1860)はドイツの哲学者です。

早速彼のプロフィールを見ていきましょう。

19世紀ドイツの厭世思想家。ハンザ同盟の自由都市ダンツイヒ(現、グダニスク)に生まれる。父は富裕な商人、母は女流作家。父に伴われて幼少期からヨーロッパ諸国を旅する。父の死後、遺志に従って商人の見習いをはじめたが、学問への情熱を断ち切れず大学に進む。1818年に主著『意志と表象としての世界』を完成、べルリン大学講師の地位を得たが、へーゲル人気に抗することができず辞職。生を苦痛とみるそのぺシミズムは日本でも大正期以来、熱心に読みつがれてきた。

中央公論新社、西尾幹二訳『意志と表象としての世界1』表紙裏

30歳の時に完成させた『意志と表象としての世界』がショーペンハウアーの代表作です。

それによってベルリン大学の講師になるもヘーゲルと同時代人であることの宿命か、彼の人気によって日の目を浴びることができませんでした。

日本語訳された彼の『幸福について―人生論―』という本にはよりわかりやすいプロフィールがありましたのでそちらも見ていきましょう。

ドイツの哲学者。ダンチヒ生れ。当初プラトンとカントを研究。ゲーテと交わり、その後、インド哲学を学んだ。ヨーロッパのぺシミズムの源流となった『意志と表象としての世界』(1819)でワーグナー、ニーチェ、トーマス・マンに影響を与える。人生は最悪の世界だとして、そこからの解脱は芸術的静観と仏教的涅槃によるべきだとした。19世紀の厭世的世相に大いに迎えられた。

新潮社、橋本文夫訳『幸福について―人生論』表紙裏

こちらによると、ショーペンハウアーはもともと西欧哲学の王道、プラトンとカントを学んでいたのですね。

そこからなんと、彼はインド哲学を学ぶのです。

実はドイツというのはインド哲学や仏教の研究では世界の最先端を行っていた国だったのです。

インドの古代文字サンスクリット語仏教経典の研究もドイツがその中心でした。

それほどドイツはヨーロッパにおいていち早く仏教思想に注目していた国だったのです。

そして上のプロフィールの最後に彼の思想が端的にまとめられています。

「人生は最悪の世界だとして、そこからの解脱は芸術的静観と仏教的涅槃によるべきだとした。」

人生は最悪の世界である。

なかなか強烈な世界観ですよね。

そしてそこから解脱しなければならないと考えます。

「解脱しなければ」というのがすでにインド的、仏教的な香りがしてきますよね。苦しみの世界から解放され、抜け出すことこそ無上の幸福であるというのがインド的な人生観です。ショーペンハウアーがいかにインドや仏教に影響を受けているかがうかがえます。

これからの記事では、代表作の『意志と表象としての世界』と、『幸福について―人生論』、『自殺について』、『読書について』という作品を読んでいきたいと思います。

ショーペンハウアーはこの世なんてしょせん幻だ、死ねば無だというペシミズム(悲観主義)を世に広めることになった思想家です。その影響はロシア文学界にも確実に広がっていました。

ツルゲーネフやトルストイ、チェーホフもこの思想と対峙することになります。

ですが前半にも述べましたように不思議とドストエフスキー作品やその参考書にはあまりショーペンハウアーは出てきません。(もちろん、私の勉強不足で見落としもあるかもしれません)

ですが彼は本当にショーペンハウアーと無縁であったのでしょうか。「この世なんてしょせん幻だ。死んだら無だ」という考え方に対しドストエフスキーならばどう答えるのでしょうか。ドストエフスキー作品には人生に絶望し自殺を選ぶ人物達がたくさん出てきます。もしかしたらその辺りにヒントがあるのかもしれません。

これは非常に興味深いです。またひとつ楽しみが増えました。

次の記事ではまずショーペンハウアーの代表作『意志と表象としての世界』を読んでいきます。

以上、「厭世思想(ペシミズム)の大家ショーペンハウアーとドストエフスキー」でした。

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