ディケンズ屈指の人気作『二都物語』あらすじと感想~フランス革命期のロンドンとパリを描く!

二都物語 イギリスの文豪ディケンズ

フランス革命期のロンドン・パリを描く!ディケンズ屈指の人気作『二都物語』のあらすじと概要

今回ご紹介するのは1859年にディケンズによって発表された『二都物語』です。

私が読んだのは新潮文庫の加賀山卓郎訳の『二都物語』です。

では早速あらすじを見ていきましょう。

フランスの暴政を嫌って渡英した亡命貴族のチャールズ・ダーネイ、人生に絶望した放蕩無頼の弁護士シドニー・カートン。二人の青年はともに、無実の罪で長年バスティーユに投獄されていたマネット医師の娘ルーシーに思いを寄せる。折りしも、パリでは革命の炎が燃え上がろうとしていた。時代の荒波に翻弄される三人の運命やいかに?壮大な歴史ロマン、永遠の名作を新訳で贈る。

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この作品はディケンズの円熟期の作品でディケンズ作品の中でも屈指の人気を誇る作品です。

訳者の加賀山卓郎氏もあとがきで次のように述べています。

イギリスの国民作家であるだけでなく、世界じゅうでいまも広く読まれ、ドストエフスキーやプルースト、カフカといった諸外国の大作家にも影響を与えたディケンズが、後期の作品群では、彼の大きな特徴であるユーモアが抑え気味になり、社会悪や制度を批判する重いテーマや、陰鬱な登場人物が増えてくる。『二都物語』は、そうした〝ダーク〟ディケンズ全開の一篇で、二十を超える作品のなかでも傑出したエンターテインメントだ。二作しかない歴史物のひとつだが、『クリスマス・キャロル』とともにもっともよく知られ、小説として世界歴代トップクラスのべストセラーでもある。

新潮文庫 加賀山卓郎訳『二都物語』P660

加賀山氏が言うように、この作品はこれまでの作品に比べると明らかにユーモアが抑えられています。それよりもフランス革命下にはびこる悪の描写やロンドンの陰鬱な世界などが鮮明に描かれています。

では、そんな暗い雰囲気の小説ならつまらないのでは?

いえいえ、そんな心配はご無用です。加賀山氏はこう言います。

本書は彼の長篇にしては短めで、週刊掲載だったこともあって話の展開が速く、デイケンズの小説は長いからと敬遠していたかたにこそお薦めしたい。法廷劇、殺人、復讐、暴動、スパイの暗躍、秘められた過去など、ミステリーファンを愉しませる趣向にも富んでいる。ディケンズと聞いてまず頭に浮かぶのは、数々の魅力的な登場人物である。とくに市井の人々を生き生きと自在に描き出す巧さは、百五十年以上を経たいまでも他の追随を許さない(さらにそれを子供の視点で書かせれば無敵である)。しかし、本書については、作者自身があらかじめ〝事件からなる物語〟を書くという方針を定め、事件に沿って人物を動かす手法をとったようだ。

 とはいえ、そこはもちろんディケンズのこと、フランス革命という歴史的な動乱を取り上げながらも、それはあくまで背景であって、物語の中心となるのはやはりロンドンとパリという二都に住み、二都を往き来する人々の、人間ドラマである。そこがしっかりと書かれているからこそ、愛する人のために身を捧げる、あのいささか現実離れした行動にも説得力があり、読者の感情を揺さぶるのだ。

新潮文庫 加賀山卓郎訳『二都物語』P662-663

加賀山氏の言うように、この作品は展開が早く、またそれぞれの登場人物もキャラが際立っていて読みやすいです。また、ミステリーファンにも満足してもらえるほどのストーリー展開になっています。

二都物語とドストエフスキー

この作品もドストエフスキーによる直接の言及はありません。

ですが『ピクウィック・クラブ』などの作品を生み出したディケンズのユーモアをあれだけ高く評価していたドストエフスキーが、今作のような「ダークディケンズ」を読んだらどんな反応をするのかは非常に興味深いところであります

さて、今回も島田桂子氏の『ディケンズ文学と光と闇』を参考に見ていくことにしましょう。

この作品は、この後に書かれるディケンズ後期の完成作品に共通して流れるテーマ―自己犠牲、あがない、復活―を取り扱う最初のものである。アンガス・ウィルソンは、これらの後期の小説に、「晩年の作品におけるトルストイの世界あるいはドストエフスキーの『罪と罰』。ドミートリーとイワン・カラマーゾフの世界」を感じ、超越の意味を含んだ、新約聖書的キリスト教の世界にほかならない。」と断言している。

彩流社 島田桂子『ディケンズ文学の闇と光―悪を照らし出す光に魅入られた人の物語』P134

この見解は驚きです!

『二都物語』があのトルストイにも影響を与えているとは!

そして何より重要なのはこの作品が『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』にも影響を与えているという説です。

加賀山氏の巻末解説にもこの作品が復活をテーマにしていることが言及されています。こちらも見ていきましょう。

全篇を貫くテーマが〝再生〟であることは、かねて指摘されてきた。マネット医師は十八年の獄中生活から人生に甦る。ダーネイは一度ならず死地から救われる。クランチャーの裏稼業は復活屋だし、死んだはずのスパイも地上のどこかにいる。そしてシドニー・カートンはセーヌ川のほとりをさまよい、卑下するばかりだった不甲輩ない己の人生に意義を見出す。本書のクライマックスとも言えるカートンの再生を、すさんだ土地に遣わされたキリストになぞらえる向きもある。「われは復活なり……」というヨハネの福音書の一節をくり返し唱えることや、とった行動の気高さからも充分うなずける解釈だけれども、ルーシーに捧げるカートンの思いの強さと、最後に残す〝預言〟は、信じる宗教にかかわりなく万人の胸に響く。

新潮文庫 加賀山卓郎訳『二都物語』P662-663

たしかに『罪と罰』は殺人を犯した青年の心理ドラマとして有名ですが、実はキリスト教的な世界観が非常に重大な主題となっている作品です。

主人公ラスコーリニコフの恋人ソーニャは深い信仰を持っていて、作中彼女は聖書の「ラザロの復活」を彼に読みます。ラスコーリニコフの復活は彼女にかかっているのです。

また『カラマーゾフの兄弟』も主人公アリョーシャが見習い修道僧で、その師匠ゾシマ長老との関係を通してキリスト教的な救いを求めていくことが重大な主題となっています。

そう考えると『二都物語』がドストエフスキーに影響を与えたというのもあながち間違いではないように思えます。

おわりに

『二都物語』とドストエフスキーを考えていくと、「復活」というキリスト教的な世界観とぶつかることになりました。

この辺りのことはキリスト教の知識がないと非常にわかりにくいお話です。

多くの人がドストエフスキー作品を難しいと感じてしまうのはこの辺に理由があるように私は思えます。そもそも世界観が現代日本人のそれとは違うので、彼が話す物語がイメージしにくいということになってしまうのです。

とはいえ、ディケンズもそうですが、物語そのものは知識がなくとも十分楽しむことができます。キリスト教徒以外の人は全くわからないという作品を作っているわけではありません。

最初に紹介した訳者解説でも

『二都物語』は、そうした〝ダーク〟ディケンズ全開の一篇で、二十を超える作品のなかでも傑出したエンターテインメントだ。二作しかない歴史物のひとつだが、『クリスマス・キャロル』とともにもっともよく知られ、小説として世界歴代トップクラスのべストセラーでもある。

新潮文庫 加賀山卓郎訳『二都物語』P660

と述べられるように、この作品は超一流のエンタメ作品です。

難解なキリスト教解釈や哲学、専門用語を繰り返して煙に巻くような作品では決してありません。

誰にでも開かれた物語の中に、巧みにキリスト教の世界観を描いているからこそ素晴らしいのです。

これはドストエフスキーも同じです。

ですので専門知識がないことを恐れずに、純粋に作品そのものを楽しむ気持ちでまずは読んでみてください。

そうすればきっと見えてくるものがあるはずです。

だからこそ時間の試練を経て、今でも名作として愛されているのではないでしょうか。

以上、「ディケンズ屈指の人気作!『二都物語』あらすじ解説―フランス革命期のロンドンとパリを描く!」でした。

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