ジャック・ル・ゴフ『中世西欧文明』~中世ヨーロッパは本当に暗黒時代だったのか。ルネサンスへ至る過程を知るのにおすすめ

ローマ帝国の興亡とバチカン、ローマカトリック

ジャック・ル・ゴフ『中世西欧文明』概要と感想~中世ヨーロッパは本当に暗黒時代だったのか。ルネサンスへ至る過程を知るのにおすすめ

今回ご紹介するのは2007年に論創社より発行されたジャック・ル・ゴフ著、桐村泰次訳の『中世西欧文明』です。

早速この本について見ていきましょう。

アナール派歴史学の旗手として中世社会史ブームを生みだした著者が、政治史・社会史・心性史を綜合して中世とは何かをはじめてまとめた記念碑的著作。アナール派の神髄を伝える現代の古典、ついに邦訳。

Amazon商品紹介ページより

この本はこれまで当ブログでも紹介してきた『ギリシア文明』『ヘレニズム文明』『ローマ文明』と同シリーズの作品で、今作は中世ヨーロッパの全体像を概観するのにおすすめの参考書です。

中世ヨーロッパというとローマ帝国滅亡からルネサンスの夜明けまでの暗黒時代というイメージが根強いですが、はたしてそのイメージは正しいのか。この時代のヨーロッパはどのようなもので、どのようにしてルネサンスに繋がっていったのかということを考える上でもこの本は非常にありがたい作品でした。

この作品について訳者あとがきでは次のように述べられています。少し長くなりますがこの本の特徴についてわかりやすくまとめられた箇所ですのでじっくり読んでいきます。

いまもヨーロッパの町々を訪れる人々を、あたかもその家の女主人のように迎えてくれるのが、中世に建造された大聖堂であり、修道院や城壁である。もちろん、パリでもエッフェル塔をはじめ、街なかの建物の多くはここ二百年以内の近代のものである一方で、ローマの場合はコロッセオやフォロ・ロマーノなど、さらに古いローマ文明の遺跡であり、フィレンツェの場合は、ルネサンス時代の建物が主役であるなど、町によって違いがある。ただ重要なのは、パリのノートル・ダムなど中世の建造物が、たんなる「遺跡」や「遺物」ではなく、今もそこで信徒たちが祈り、儀式が行われ、市民たちの心のよりどころになっている「現役」の女主人であることである。

もちろん、ブルボン王朝時代やナポレオン時代、さらに十九世紀、二十世紀の建物や施設が果たしている役割を無視するわけにはいかないが、それにしても、《中世文明》がいまも生きているのが、ヨーロッパの町であることを忘れてはならないのではないか。これは、経済効率主義からわずか百年前の建物まであっさり壊してしまったり、残すにしても「明治村」などと名づけた《特別養護施設》に押し込めている日本の都市とは根本的に異なる点である。

そのヨーロッパでも、中世文明の光が近世以後の歴史の堆積の下に次第に埋もれ、忘れられていく恐れが特に近年は強まっていることも否定できない。それが時代の流れだといってしまえば、それまでである。だが、それは、ヨーロッパにしてみると、本当の自分を見失うことではないだろうか?ちょうど江戸時代の日本が「鎖国」とはいいながら外の世界とのつながりを失わなかったように、中世の西欧も、自らの内に閉じこもった世界ではなかった。しかし、そのうえで、最大限、いま生きている世界に根ざし自立自存を追求したのが中世の西欧であり、しかも、キリスト教という共通の精神的土壌のうえに《ヨーロッパ》という共同体を実現したのが中世の西欧であった。いうなれば、ヨーロッパが最も純粋にヨーロッパであったのが中世西欧だったといえるのではないか。

その西欧の中世文明とは、どのようなものだったのかを明らかにしているのが本書である。かつて「啓蒙主義時代」に流行ったように中世を《暗黒時代》として蔑むのでもなく、かといって「ロマン主義時代」のように幻想の衣を被せるのでもなく、ありのままに見つめることは、容易なことではない。その本当の中世文明を知ったときに、変転してやまない表面的事象の奥底に変わらず息づいてきたし、おそらくこれからも生きつづけていく真のヨーロッパの素顔が浮かび上がってくるのではないだろうか。

本書は『西欧中世史』という歴史書ではない。歴史書になっているのは、第一部の中世西欧世界がどのようにして形成されたかという経緯に関してだけで、第二部は、中世西欧文明を深く掘り下げ解明して素描した著作である。しかも、表面的な事象や一時的な出来事に目を奪われるのでなく、その奥にある特質を捉えようとした労作である。人体や動物の躍動する美を描いたレオナルド・ダヴィンチの絵の奥に、骨格から筋肉の一つ一つ、血管の一本一本にいたる解剖学的知識があったように、本書においてル・ゴフは、中世西欧文明を精神的次元から物質的次元にいたるまで、その骨組みをなすものを膨大な史料に基づいて冷静に解明し分析してみせてくれる。まさにこれは、練達の歴史家なればこそ描ききることのできた見事な肖像画といえるのではないだろうか。

論創社、ジャック・ル・ゴフ、桐村泰次訳『中世西欧文明』P577-579

ここで述べられるように、この作品は単なる歴史書ではありません。歴史の流れだけでなく、その背後にある人々の生活や文化を深く深く掘り下げていきます。

中世ヨーロッパの人々の生活や信仰を知ることができる本書は非常に貴重です。

特に煉獄や天使の観念や、人間と森の関係性などの話は刺激的でした。「おぉ~なるほど!」と膝を打ちたくなる解説がどんどん出てきます。

古代ローマやルネサンスと比べて明らかにマイナーな中世ヨーロッパ。ですがこの狭間の時代があるからこそ後のヨーロッパができてくると考えればやはりこの時代も見逃せません。

ヨーロッパ史を大きな視点で観ていくためにもこの作品は大きな助けになること間違いなしです。ぜひおすすめしたい作品です。

以上、「ジャック・ル・ゴフ『中世西欧文明』~中世ヨーロッパは本当に暗黒時代だったのか。ルネサンスへ至る過程を知るのにおすすめ」でした。

次の記事はこちら

前の記事はこちら

関連記事

HOME