高階秀爾『バロックの光と闇』~ベルニーニの魅力やバロック芸術とは何なのかを時代背景と共に知れるおすすめ解説書

ローマ帝国の興亡とバチカン、ローマカトリック

高階秀爾『バロックの光と闇』概要と感想~ベルニーニの魅力やバロック芸術とは何なのかを時代背景と共に知れるおすすめ解説書

今回ご紹介するのは2001年に小学館より発行された高階秀爾著『バロックの光と闇』です。

早速この本について見ていきましょう。(※私が読んだのは単行本版で、最近新しく講談社より文庫版が出ましたのでそちらの商品紹介ページをここに引用します)

「歪んだ真珠」を意味する語として生まれた「バロック」は、「粗野な」、「劣った」というニュアンスを帯びて使われる一方で、バッハやベルニーニに代表される雄大壮麗な作品とともに知られてもいる。──では、「バロック」とはいったい何か? 西洋美術史研究の第一人者が、多彩な時代と分野を縦横無尽に駆けめぐり、本質に迫っていく旅の記録。多数の図版を収録した原本に、さらに新たな図版を加えた決定版が登場!

Amazon商品紹介ページより

この本は上の紹介にありますように主に17世紀に花開いたバロック芸術とは何かについて解説する作品になります。

そしてこの本の目玉は何と言っても、バロック芸術の王、ベルニーニについても詳しく知ることができる点にあります。

ベルニーニ(1598-1680)Wikipediaより

私も2019年にバチカンを訪れた時、ベルニーニの作品に度肝を抜かれ、強烈な印象を受けたのでありました。

そのベルニーニについての解説を聞けたのは非常にありがたかったです。

この作品の冒頭ではバロック芸術が繁栄した背景について次のように説かれています。これが非常にわかりやすかったのでぜひ紹介したいと思います。少し長くなりますが重要な箇所ですのでじっくり読んでいきます。

かつてある美術史家は、バロック芸術をハリウッド映画に譬えたことがある。波乱万丈の物語をものものしい舞台装置で飾り立て、時に人目を驚かすような壮大な仕掛けを用いて大がかりなスペクタクルを展開して見せる点が共通しているというのだが、そればかりではなく、その社会的な役割、ないしは効用においても、両者はきわめてよく似た性格を持っている。

ハリウッド映画は、もちろん商業的目的のために作られる。派手な見世場や、主人公がさまざまの危険や困難に出会いながら最後はハッピー・エンディングで終わるという定型的な筋立ては、大勢の観客の心を捉えるためにどうしても必要なものであり、事実それによって、大衆的な人気が保証されることになった。

それとともに、映画にこめられたメッセージは、広く人々のあいだに浸透して行く。例えば純粋な愛は最後には報われるとか、善人は栄えて悪人は亡ぶといったような勧善懲悪的価値観は、スクリーンの映像をとおして広められ、強化される。それが当初から制作者の意図であったかどうかは別として、ハリウッド映画が結果として大衆教育に大きな役割を果したこと、そして今なお果しつつあることは否定し得ない。まして、『ベン・ハー』や『十戒』のような、旧約聖書の物語を主題とした映画の場合は、宣伝または教化の意図はきわめて明白であるといってよいであろう。

バロックの時代にもまったく同じように、絵画、彫刻などのイメージ表現が広く大衆を教化するために利用された。その際、ハリウッドの役目を演じたのはイエズス会である。プロテスタンティスムの激しい攻勢に対して捲き返しを図ったカトリック教会側は、一方で禁書や異端審問などの弾圧措置を強化するとともに、他方では広く信者の心をつかむために、大がかりなイメージ戦略を展開してみせた。

一五四五年から一五六三年にかけて、十八年間にわたって断続的に開催されたトレント宗教会議は、美術を宗教に奉仕させるという明確な方針を打ち出し、美術作品の主題や表現に厳しい規制を課しながら、そのかぎりで芸術家たちを動員して積極的に保護するという教会の活動を活気づける結果をもたらした。美術による大衆教化というその政策の実行部隊となったのがイエズス会である。

イエズス会の総本山であるローマのイル・ジェズ聖堂は、西欧の教会堂建築の基本である三廊形式の代わりに、内部空間がただひとつの単身廊プランとなっている。何の邪魔もないその広々とした空間は、大勢の人々が集まるのに具合がよい。それはいわば、壁と天井にかこまれた広場である。豊かに飾られた左右の礼拝堂には聖者の奇蹟や殉教の物語を描き出した多彩な祭壇画が並び、上を見上げれば、遠近法の魔術によって遠い天上世界でイエスの栄光を称える天井画が拡がっている。この豪華な舞台のなかで、燭台の灯火がゆらめき、厳かなミサが取り行われる。集まった信者たちは、昂揚した雰囲気のなかで、理屈を越えた感覚的陶酔に浸りながら、自ら神の教えへと導かれて行く。「楽しませながら教える」というのは、対抗宗教改革の大衆教化の基本戦略であった。

教会の指導者たちは、適切な舞台装置のなかで繰り広げられる厳粛華麗な儀式が参加者たちに与える効果をよく知っていた。聖堂内部は神の住居であると同時に聖なる儀式のためのであり、人々をひとつに結びつける祝祭空間でもあった。このことは建築物の内部だけにとどまらない。バロックの時代には、同じような機能を担った町の中の広場が数多く造られた。今日でもキリスト教の重要な祭礼のたびに世界中から埋め尽くされるべルニーニ設計のサン・ピエトロ大聖堂前広場など、その代表的な例である。

このような町の広場は、宗教的目的のためばかりでなく、民俗的な年中行事やあるいは民衆相手の野外劇などにも利用された。王族や貴顕の婚礼、叙任などの慶事、あるいは戦勝記念やその他のあらゆる機会に、民衆をも捲き込んだ華やかな祝典やパレードが催されたことは、この時代の大きな特色である。ヴェルサイユ宮殿での壮大な野外ぺージェントからヴェネツィアの町裏の小さな広場での仮面劇にいたるまで、バロックの時代は聖俗あらゆる面で祝祭性が好まれた時代であった。
※一部改行しました

小学館、高階秀爾『バロックの光と闇』P14-16

ここで述べられますように、バロック芸術の繁栄には「宗教改革に対抗せねばならぬ」という明確な動機があったのでした。

こうした時代背景が見えてくると芸術がまた違って見えてきますよね。

このことについては2019年にプラハを訪れたときの記事でもお話しさせて頂きました。その時はキリスト教の参考書を用いて記事を書いたのですが、今こうして改めて芸術の本を通して学ぶと、また新鮮な眼で世界を見れたように感じました。そして何より著者の高階秀爾氏の語りが素晴らしく、とても楽しく学ぶことができました。

この本ではこの後でよりじっくりとバロック芸術の特徴を見ていきます。ダ・ヴィンチやミケランジェロ、ラファエロなどのルネッサンス全盛期の芸術とバロックは何が違うのか、どのようにしてバロックの技術が生まれてきたのかということもわかりやすく説かれます。

先にも述べましたがこの作品におけるベルニーニの解説はまさに珠玉です。これを読めばベルニーニ巡礼をしたくなること間違いなしです。

バロック芸術そのものだけではなく、その時代背景まで知れるこの作品はぜひぜひおすすめしたい逸品です。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

以上、「高階秀爾『バロックの光と闇』ベルニーニの魅力やバロック芸術とは何なのかを時代背景と共に知れるおすすめ解説書」でした。

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