O・ファイジズ『クリミア戦争』ロシア・ウクライナの関係と、近代西欧情勢を学ぶのにおすすめの名著!

ロシアの歴史・文化とドストエフスキー

O・ファイジズ『クリミア戦争』ロシア・ウクライナの関係と、近代西欧情勢を学ぶのにおすすめの名著!

今回ご紹介するのは2015年に白水社より発行されたオーランドー・ファイジズ著、染谷徹訳の『クリミア戦争』です。

オーランドー・ファイジズは以前当ブログでも紹介した『ナターシャの踊り』の著者です。

この作品はロシアの文化、精神性を学ぶのに最高の1冊と言える非常におすすめな作品でしたが、今回ご紹介する『クリミア戦争』もロシア的な精神とは何か、ロシアがなぜウクライナ・クリミアにこだわるのかということを知るのに最高の1冊となっています。

では、早速この本について見ていきましょう。

19世紀の「世界大戦」の全貌を初めてまとめた戦史
欧州事情から、各国の政治・経済・民族問題、ナイチンゲールの活躍、酸鼻を極めた戦闘まで、精彩に描く決定版。

騎士道精神で戦われた最後の戦争、技術革新による近代戦の幕開け
19世紀の「世界大戦」の全貌を初めてまとめ上げた戦史。露・英・仏・オスマン帝国各国の地政学と文化から、宗教的な「東方問題」、若きトルストイの陣中日記、新開発の銃と酸鼻を極めた白兵戦まで、肉声を活かして精彩に描く決定版!
【口絵・図版・地図多数収録】

(これまで長い間)この戦争のきっかけとなった宗教的背景、「東方問題」に含まれる複雑な国際政治、黒海地帯におけるキリスト教とイスラム教の競合関係、ヨーロッパに蔓延していた反ロシア主義などについての本格的な議論はほとんど皆無だった。しかし、これらの問題を抜きしては、クリミア戦争の本質とその重要性を理解することは難しいのである。(「序言」より)

白水社商品紹介ページより

この作品にも本当に驚かされました。

クリミア戦争ってこんな戦争だったのかと呆然としてしまいました。

世界史の教科書でも取り上げられるこの戦争ですが、どれだけ入り組んだ背景があったか、そしてこの戦争がもたらした影響がいかに現代まで続いているかを思い知らされます。

この本では最初にクリミア戦争に宗教戦争の側面があったことをじっくりと見ていくことになります。

教科書的な説明ではエルサレムのスラブ人保護をきっかけに開戦したことになっていますがそこに至るまでの過程には驚くほど複雑で根深いものがありました。

まず、そもそもこの戦争の前にエルサレムの聖墳墓教会とベツレヘムの生誕教会の管理を巡るローマカトリックとロシア正教の争いが激化していたということをこの本で知らされます。

そして戦争直前、キリスト教における絶対的な聖地の管理を巡り双方の宗教者が殴り合う暴力事件が発生し、教会は荒らされ、死者も出る惨事となりました。

これらの教会はキリスト教における聖地中の聖地で、そんな場所で宗派が違うとはいえキリスト教の宗教者同士で死者が出るほどの殴り合いが起こるというのは尋常ではありません。私も2019年にこれらの教会を訪れましたが、そういう歴史があったことはこの本を読むまで知りませんでした・・・

ではなぜエルサレムやベツレヘムでローマカトリックとロシア正教会がそこまで対立し合うようになったのかというとこれまた複雑なのです。それまでの長い長い歴史もさることながら、実は19世紀中頃に特有の社会状況が関係していたのです。このことについて著者は次のように述べています。

カトリックと東方正教会という二つのキリスト教宗派の対立抗争が激化した背景には、十九世紀にパレスチナを訪れる巡礼者の数が急増したという事情があった。鉄道と蒸気船の出現が大衆的な団体旅行を可能とし、聖地パレスチナはフランスやイタリアのカトリック教徒旅行団にとってだけでなく、広くヨーロッパとアメリカの敬虔な中産階級が容易に訪れることのできる場所となった。キリスト教各派の教会は先を争って影響力を拡大しようとした。各派の教会はパレスチナを訪れる自派の巡礼たちの便宜をはかるために現地に伝導所を開設し、先を争って土地を購入し、司教区や修道院を開設して資金を投入した。パレスチナに住むキリスト教徒のなかで最大の人口を占めながら、最も教育水準の低い正教徒であるアラブ人(主としてシリア人とレバノン人)をカトリックに改宗させるための学校も開設された。

「過去二年間に聖墳墓教会を飾るための大量の装飾品が贈り物としてエルサレムに送られた。送り主はロシア、フランス、ナポリ、サルデーニャの各国政府である」と英国のパレスチナ・シリア領事ウィリアム・ヤングは外相のパーマストン子爵に報告している。一八三九年のことだった。

数多くの兆候から見て、各派教会の間に嫉妬心と敵愾心が高まっていることは明白である。これまでも当地のカトリック、ギリシア正教、アルメニア正教などの修道院の間には小規模な紛争が絶えなかったが、トルコ政府の当局者に贈る賄賂の多寡に応じて紛争が解決されていた間は深刻な問題にはならなかった。しかし、そのような時代は過去のものとなりつつある。教会間の争いは、宗教問題をめぐってヨーロッパ全土を巻き込むつつある陰謀と無関係ではないからだ。

白水社、オーランドー・ファイジズ、染谷徹訳『クリミア戦争』P31-32

宗教は宗教だけにあらず。

上のエピソードはまさにそのことを示している事例ではないでしょうか。

19世紀に入って産業革命が進み、鉄道や蒸気船が登場したことで文字通り世界は小さくなった。まさに地理的、時間的な概念が変わったことで様々な分野に影響がもたらされる。それは宗教も例外ではないことが示されているように思えます。

エルサレムのキリスト教世界の緊張状態はこうした社会事情と密接に関わったものでした。

そこにさらに複雑で根深い対立関係も絡んできます。そうしたこともこの本ではかなり詳しく見ていくことになります。読んでいて驚くようなことがどんどん出てきます。凄まじい本です。

この本の「序言」で著者はクリミア戦争について次のように述べています。この本の特徴についてわかりやすくまとめられている箇所なので少し長くなりますがじっくりと見ていきます。

各国はそれぞれに独自の動機をもってクリミア戦争に突入した。ナショナリズムと帝国主義国家相互の対立関係が絡み合い、各国の宗教的利害がそれに結びついた。

トルコにとっては、その欧州地域部分から始まっていたオスマン帝国の崩壊を食い止め、オスマン帝国を防衛するための戦争であり、オスマン帝国内に居住する東方正教徒の庇護者として介入しようとするロシアの要求に対してオスマン帝国の主権を守る戦争であり、また、トルコの首都を脅かしていたイスラム民族主義革命の脅威をかわすための戦争だった。

一方、英国は弱い者いじめをするロシアからトルコを守るための戦争であると主張していた。しかし、実際の動機はアジアにおける競争相手として大英帝国の利益を脅かすロシア帝国に一撃を加えること、そして、この戦争を通じてオスマン帝国に貿易の自由化を迫り、英国の宗教的権利を拡大することにあった。

フランス皇帝ナポレオン三世にとっては、戦争はフランスの国際的な権威と影響力を回復するための機会だった。伯父のナポレオン一世時代と同等の栄光は必ずしも回復できないまでも、ナポレオン一世が構想していた自由な国民国家の連合体として欧州地図を書き換えるための機会でもあった。フランス国内には、第二帝政の脆弱な体制につけ込んでロシアとの宗教戦争を迫る保守的なカトリック勢力の圧力も存在した。

英仏両国にとって、クリミア戦争は野蛮で専制的なロシアの脅威からヨーロッパの自由と文明を守るための十字軍戦争だった。ロシアの攻撃的な領土拡張主義は、単に西欧諸国にとってのみならず、キリスト教世界全体に対する深刻な脅威と考えられていたのである。

一方、クリミア戦争の最大の当事者だった皇帝ニコライ一世を動かしていたのは、二十七年間皇帝の座にあった結果として膨れ上がった傲慢な自尊心であり、また、ロシアという強大な国家が弱小の隣国を扱うやり方について彼自身が信じていた方法論であり、さらには、彼の政策に対する他の列強諸国の反応についての重大な誤算であり、そして、何よりも、たとえ十字軍を送ってでもオスマン帝国内のキリスト教徒を守ることがロシアの使命であり、その使命を果たすためには宗教戦争も辞さないという牢固とした信念だった。

ロシア皇帝ニコライ一世は、彼の東方正教会帝国をコンスタンチノープルのみならずエルサレムにまで拡大するという自分の神聖な使命を遂行するためなら、全世界を敵に回しても戦う決意だった。
※適宜改行しました

白水社、オーランドー・ファイジズ、染谷徹訳『クリミア戦争』P26-27

私はこの箇所を読んで、現在のウクライナ情勢を連想せずにはいられませんでした。皆さんはどう感じますか?

そして著者は続けます。

これまでの歴史学では、クリミア戦争の要因である宗教的動機は軽視される傾向があった。フランスに後押しされたカトリック教会ないしローマ教会とロシアに支えられたギリシア正教会との間に発生した聖地紛争、すなわち、エルサレムの聖墳墓教会とべツレヘムの降誕教会の管理権を誰が握るかという問題は、クリミア戦争の出発点であり、ロシア皇帝にとっては戦端を開くための十分な理由だったが、この宗教問題にわずかでもぺージを割く歴史書はこれまでほとんどなかった。

教会の扉の鍵を誰が管理するかというような瑣末な問題が列強諸国を大戦争に巻き込んだという類の説は、現に宗教戦争に直面している現代という時代が訪れるまでは、荒唐無稽と思われていたのである。

一部には、クリミア戦争が「不必要で馬鹿げた戦争」だったことの例証として聖地紛争を引き合いに出す歴史家もいた。

また、別の歴史家の説によれば、クリミア戦争の真の原因はオスマン帝国の領土への影響力拡大を狙う欧州列強諸国の対立抗争であり、宗教紛争は開戦の引き金に過ぎなかった。それらの歴史家の主張では、クリミア戦争の真の原因は帝国主義諸国間の対立抗争であり、市場の争奪競争であり、それぞれの国内で増大していた民族主義の圧力だった。

これらはすべて一面の真理ではあるが、彼らは十九世紀における宗教の重要性を過小評価していたと言わざるを得ない(一九九〇年代のバルカン戦争と現在も猛威を振るうイスラム過激派の運動から学ぶことがあるとすれば、それは宗教には戦争の火に油を注ぐ決定的な役割があるという教訓に他ならない)。すべての列強諸国が東方問題に介入する手段として宗教を利用していた。この帝国主義的対立抗争においては、政治と宗教が密接に絡み合っていた。すべての諸国が、神は自分に味方すると信じて戦争に突入したのである。

白水社、オーランドー・ファイジズ、染谷徹訳『クリミア戦争』P27-28

この本を読めばここで語られることの意味がよくわかります。

この戦争において宗教がどれだけ大きな意味を持っていたかにきっと驚くと思います。私も驚きました。

そしてロシアの精神性というものを考える上でもこの本は非常に大きな示唆を与えてくれます。もちろん、ロシアは広大ですし、様々な民族が共存する国家です。ですので「これがロシアの精神だ」と断言できるものではありません。人それぞれな面が多々あります。それは日本でも同じです。同じ日本人でも人それぞれ全然違いますし、東京と大阪でも文化はかなり異なります。

ですが、当時のロシア皇帝がクリミアをどう考えていたのか、領土問題をどのように考えていたのかということを知ることは現代のロシアの軍事問題を考える上でも大きな意味があると思います。

この本を読めば、現在のウクライナ情勢と重なるものがあるように感じられるのは私だけではないと思います。

また、この本ではクリミア戦争に従軍したトルストイの話も出てきますし、この戦争に対して見解を述べたドストエフスキーの声も聞くことができます。さらにはナイチンゲールやロンドン万博の水晶宮を設計した技師パクストンの活躍もこの本では知ることができます。

そして、何と言っても戦争そのものの描写です。

戦争といえば英雄的な物語が語られがちですが、指揮官の無能や指揮系統の混乱、予想外の事態の連続でまともな戦闘というものはこの戦争においてはほとんど語られません。ほとんどが行き当たりばったりの戦闘や、犠牲を無視した特攻の連続です。映画や小説のような美しい戦略的な戦闘などほとんど出てきません。

どんどん積みあがる死者、傷病者・・・

遠く離れたヨーロッパやロシアで語られる栄光に満ちた戦争とはまるで異なる現実・・・

何のために戦うのかもわからず戦わされ、命を落としていく兵士たち。

戦う前から病気や飢餓に苦しめられる兵士たち。

そして戦争に巻き込まれた現地住民たち。

それぞれが戦争の犠牲者であり、その犠牲がさらなる憎悪を生み、残虐な犯罪がクリミアを超えてバルカンへと広がっていったという現実・・・

あまりに厳しい現実がこの戦争にはありました。

クリミア戦争は世界史においてあまり語られない出来事ではありますが、この戦争が後の歴史にいかに大きな影響を与えていたかがよくわかります。ウクライナ情勢で揺れる世界において、この戦争を学ぶことは非常に大きな意味があると思います。

ぜひおすすめしたい作品です。

以上、「O・ファイジズ『クリミア戦争』ロシア・ウクライナの関係と、近代西欧情勢を学ぶのにおすすめの名著!」でした。

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