小泉悠『「帝国」ロシアの地政学 「地政学」で読むユーラシア戦略』ウクライナ侵攻、北方領土問題を考えるのにおすすめ

現代ロシアとロシア・ウクライナ戦争

小泉悠『「帝国」ロシアの地政学 「地政学」で読むユーラシア戦略』ウクライナ情勢、北方領土問題を考えるのにおすすめ

今回ご紹介するのは2019年に東京堂出版より発行された小泉悠著『「帝国」ロシアの地政学 「地政学」で読むユーラシア戦略』です。

早速この本について見ていきましょう。

ロシアの対外政策を、その特殊な主権観を分析しながら読み解く。
今やロシアの勢力圏は旧ソ連諸国、中東、東アジア、そして北極圏へと張り巡らされているが、
その狙いはどこにあるのか。北方領土問題のゆくえは。蜜月を迎える中露関係をどう読むか。
ウクライナ、ジョージア、バルト三国など、旧ソ連諸国との戦略的関係は。中東政策にみるロシアの野望とは。 ロシアの秩序観を知り、国際社会の新たな構図を理解するのに最適の書。北方領土の軍事的価値にも言及。
第41回サントリー学芸賞(社会・風俗部門)受賞作品。

Amazon商品紹介ページより

ウクライナ問題が危機的な状況にある今、なぜこのようなことになってしまったのかを考える上でこの本は非常に参考になります。

この本が出版されたのは2019年です。その段階ですでにクリミア半島が併合されて5年が経っています。

この本ではクリミア併合に至った背景と、ロシアのウクライナ東部での工作についても詳しく語られます。

3年前にこの本が発行された段階でウクライナとロシアはかなり深刻な状態に陥っていたことがわかります・・・

この本ではロシアがなぜウクライナにこだわるのか、そもそもロシアは何をもって領土問題を考えようとしているのかがわかりやすく解説されます。

また、北海道民である私にとって非常に気になったのが北方領土問題についての記述です。

ロシアは北方領土についてどのように考えているのか。

ロシアの軍事戦略にとって北方領土はどのような意味を持っているのか。

北方領土はこれからどうなっていくのだろうか。

もし北方領土が完全にロシアのものとなり、軍事的拠点にされてしまったら北海道はどうなるのか。

これらのことがこの本では語られます。北方領土問題がなぜこんなにも難航しているのかということを軍事的な視点から見ることができるのはとても貴重なものでした。

最後にこの本の「はじめに」より、著者の言葉を紹介していきます。少し長くなりますが重要な箇所ですのでじっくり読んでいきます。

「フラスコ」と「浸透圧」

本書のテーマを一言で述べるならば、ロシアの「境界」をめぐる物語、ということになろう。

教科書的な理解によれば国家は国境線という境界で隔てられる領域を有し、その内部において主権を行使するということになっている。これに国民を加えたのが、いわゆる国家の三要件と呼ばれるものだ。

もちろん、これは一種の理念型であるから、常に現実に当てはまるわけではない。実際、国境線をどこに引くかをめぐって国家間が対立し、国家の境界がはっきり定まらないという事態は決して珍しくない。ここまで述べてきた日露の北方領土問題はその一つだが、世界を見渡せば、国境問題の例は他にも枚挙にいとまがないほどである。その中には、ナゴルノ・カラバフ地方の領有をめぐるアルメニアとアゼルバイジャンの紛争のように深刻な軍事的対立の火種となっているものもあれば、カシミール地方をめぐるインド、パキスタン、中国の紛争のように三つ巴の様相を呈するものもある。概して平和的な関係にあるアメリカとカナダでさえ、いくつかの地点では国境紛争を抱えている。

ただし、ロシア周辺における国境問題には、ある種の特殊性が認められる。つまり、国家の境界というものがひとつながりの閉じた線としてではなく、より曖昧なグラデーション状にイメージされているのではないかと疑わざるを得ないような事例がしばしば見られるのである。

ここではこんな喩えを用いてみたい。

古典的な国家観においては、境界とはフラスコのようなものとイメージすることができよう。硬いガラスの殻があり、その内部には「主権」という溶液が詰まっているが、これを他の液体につけたとしても、内部と外部が混じり合うことはない。

しかし、ロシアの国家観においてイメージされる境界とは、浸透膜のようなものだ。内部の液体(主権)は一定の凝集性を持つが、目に見えない微細な穴から外に向かって染み出してもいく。仮に浸透膜内部の「主権」が着色されていれば、染み出していくそれは浸透膜に近いところほど色濃く、遠くなるほどグラデーションを描くことになるだろう。一方、浸透膜は外部の液体を内部に通す働きもする。もしも外部の液体の方が浸透圧が高い場合、膜の内部には他国の「主権」がグラデーションを描きながら染み込んでくる。

先に挙げた様々な事例と比較すると、このような境界観は明らかに特異なものと言えよう。多くの国境紛争当事国が「閉じた境界線とその内部で適用される主権」という前提を共有した上で境界線をどこに引くかを問題にしているのに対し、ロシアの関与する紛争においては、境界線の性質に関する理解そのものが異なっているためである。ここで問題にされているのは、法的な国境線をどこに引くかというよりも、ロシアの主権は国境を越えてどこまで及ぶのか(あるいは及ぶべきではないのか)なのであって、一般的な国境紛争とは位相が大きく異なる。前述したウクライナ危機は、その典型例と言えるだろう(ウクライナ危機については第4章で触れる)。

国家の構成要件である国民についても、ロシアの理解には特殊性が見られる。ロシアの言説においては、「国民」という言葉が法的な意味のそれ(つまりロシア国籍を有する人)ではなく、民族的なロシア人(あるいは「スラヴの兄弟」として近しい関係にあるウクライナ人やべラルーシ人)と読み替えられ、政治的・軍事的介入の根拠とされることが少なくない。

そして、このような「国民」の読み替えが上記の「浸透膜のような境界とグラデーション状の主権」という理解と結びつくことで、「ロシア人の住む場所にはロシアの主権が(完全ではないにせよ)及ぶ」という秩序観が成立する。しばしば帝国のそれになぞらえられる、特殊な秩序観である。

では、こうした秩序観は、どのような思想的背景の下に生まれてきたものであり、ロシアをめぐる国際関係にどのような影響を及ぼしているのだろうか。あるいは、約6万キロメートルに及ぶロシアの国境線は、一様に「浸透膜」として振る舞うのだろうか。それとも地域的な差異が認められるのだろうか。そして我が国が抱えるロシアとの北方領土問題は、このような構図の中でいかに理解されるべきなのだろうか。

本書は、「境界」の概念を軸として、こうした問いに答えていこうという試みである。

東京堂出版、小泉悠『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』P13-16

「浸透膜」のような主権、こうした考え方があってこそのロシアの軍事戦略がある・・・

たしかに、そう言われてみればロシアの歴史、特にドストエフスキーも生きた19世紀から現代に至るロシア史がまた違って見えてくるかもしれません。

そうした意味でもこの本は非常に大きな視点を与えてくれるありがたい作品となっています。

世界の流れを知る参考書としてぜひおすすめしたい1冊です。

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