ワシーリー・グロスマン『万物は流転する』あらすじ解説ースターリン死後も続くソ連抑圧時代の苦悩を描く傑作小説

ソ連とドストエフスキー

みすず書房、ワシーリー・グロスマン著、齋藤紘一訳『万物は流転する』

今回ご紹介するのは2013年にみすず書房より出版されたワシーリー・グロスマン著、齋藤紘一訳『万物は流転する』です。

著者のワシーリー・グロスマンについては前回、前々回の記事でも紹介しましたが、改めてこの本の巻末の著者略歴をご紹介します。

ワシーリー・グロスマン

ウクライナ・ベルディーチェフのユダヤ人家庭に生まれる。モスクワ大学で化学を専攻。炭鉱で化学技師として働いたのち、小説を発表。独ソ戦中は従軍記者として前線から兵士に肉薄した記事を書いて全土に名を馳せる。

43年、生まれ故郷の町で起きた独軍占領下のユダヤ人大虐殺により母を失う。

44年トレブリンカ絶滅収容所を取材、ホロコーストの実態を世界で最初に報道する。(※ブログ筆者注 ここでは最初の人物とされていますが、正確には最初期のひとりということだそうです)次第にナチとソ連の全体主義体制が本質において大差ないとの認識に達し、50年代後半から大作『人生と運命』を執筆。60年に完成。

「雪どけ」期に刊行をめざすが、KGBの家宅捜索を受けて原稿は没収。「今後二、三百年、発表は不可」と宣告される(友人が秘匿していた原稿の写しがマイクロフィルムに収めて持ち出され、80年スイスで出版、ソ連国内で88年、邦訳は2013年みすず書房より刊行)。

胃がんを患い死を前にしたグロスマンは『万物は流転する』を入院先の病院に持参し、最後の数年を共にした恋人エカテリーナ・ザボロッツカヤに極秘に託した。『万物は流転する』は70年にフランクフルトで出版。
※適宜改行しました

みすず書房、ワシーリー・グロスマン著、齋藤紘一訳『万物は流転する』巻末

グロスマンは元々はソ連の愛国主義者でしたが、従軍記者として戦争の現実を知るにつれてスターリン体制に疑問を持ち始めます。

そんなグロスマンの率直な問いかけはソ連政府には脅威となります。彼の代表作『人生と運命』は当局から「今後二、三百年、発表は不可」と宣告されるほどでした。逆に言えばそれほどソ連政府においてグロスマンの言葉は核心に迫っており、党にとって決定的な脅威であることが示されています。

ソ連の内側からその現実と矛盾に切り込むグロスマンの筆は「20世紀ロシア最高の文学」と称されています。

そのグロスマンが最晩年に書いたのが今回ご紹介する『万物は流転する』という作品です。

では、その内容を見ていきましょう。

1953年、スターリンが死んだ。神のような指導者の突然の死が、国土を震撼させる。ラーゲリ(強制労働収容所)からは何百万もの人びとがぞくぞく出所してきた。

主人公イワン・グリゴーリエヴィチは自由を擁護する発言を密告され、29年間、囚人であった。かつて家族の希望の星だった青年は、老人となって社会に戻った。

地方都市でささやかな職を得たイワンは白髪が目立つが美しい女性アンナと愛しあうようになる。彼女には、ウクライナで農民から穀物を収奪し飢饉に追い込んだ30年代の党の政策に、活動家として従事した過去があった。

生涯で一番大事なことを語りあうふたり。しかし……

帝政ロシアと農奴制に抗した多様な結社からレーニンの十月革命へ、スターリン体制へと至った激動のロシア革命史が想起される。物語とドキュメンタリー風回想と哲学的洞察が小説を織りなす。

作家グロスマンが死の床でも手離さなかった渾身の遺作。

みすず書房、ワシーリー・グロスマン著、齋藤紘一訳『万物は流転する』裏表紙

この小説の前半部分では体制に迎合し、密告して自分の生活を守り安穏な生活をした人間と、自らの主張を守り、強制収容所送りになった主人公を対置し、スターリン死後の世界に生きる人々の心の断絶を描きます。

生きるためには仕方がなかったと自己弁護をする密告者。内心は人を貶めたという罪悪感を感じているものの、それに蓋をして安穏と生き続ける人たち。

はたして彼らは悪人なのか。それとも彼らにそれを強いた体制こそ悪なのか。これは誰のせいなのか。

スターリンという独裁者がすべて悪いという考え方がスターリンの死後喧伝されます。しかし本当にそうなのか。密告に加わった者は本当に何の罪もないのかとグロスマンは問います。

中盤ではスターリンが主導したウクライナの大飢饉について語られます。この飢饉は天災によるものではなく人為的に起こされたものでした。その冷酷無慈悲な収奪を厳しく批判します。

このスターリンによる大量虐殺は以前紹介した以下の本に詳しく書かれていますのでこちらの記事を参照して頂ければと思います。

そして後半ではレーニンが生み出し、スターリンが完成させたソ連の恐怖政治の成り立ちと構造を分析します。自由を奪うシステムがいかにして生まれ、機能しているかをグロスマンは語ります。

ソ連政権下でそうした批判は絶対にタブーです。これを書き上げたグロスマンの勇気は信じられないほどです。これほどのものを粛清の恐怖に屈せずに書き上げたグロスマンには驚かざるをえません。それほど彼の中で「自由とは何か」という問題が強烈にあったことを感じます。

訳者の齋藤紘一氏はこの作品を翻訳した理由として以下のことを挙げています。私たちがなぜ今この本を読むべきなのかということにもつながる非常に重要な言葉であると感じましたのでここに紹介します。

ひとつは、多くの人に、とくに若い人たちにグロスマンの作品を読んでもらいたいからです。全体主義の問題は今日でも大きな問題ですし、いつの時代にも権力と個人の問題は誰も避けては通れません。そして、そうしたものに対するグロスマンの投げかけた問いは、今日でも色あせてはいないのです。

さらにもうひとつ、個人的な理由があります。グロスマンのこれらの作品が、大学に入って学生運動に遭遇して戸惑い、理学部化学科の学生でありながらロシア語を学んで、ロシア文学に憧れ、ソ連遊学まで真剣に考えた私の青春時代を思い出させるとともに、当時いかに私がソ連という共産主義国の実態認識が甘いままに悩んでいたかということを、心苦く反省させてくれるからです。

グロスマンが『人生と運命』を脱稿したのは一九六〇年のことでした。『万物は流転する』は彼が死の直前まで取り組んでいた作品です。彼は東京オリンピックが開かれる一か月まえの一九六四年九月に亡くなったのですが、当時、大学生の私はグロスマンのことはまったく、そしてソ連の現実をほとんどなにも知らないままに、ロシア語に取り組んでいたことになります。

その後、私は一九六八年のプラハの春にショックを受けて共産主義国ソ連に失望し、ロシア語の勉強を放棄しました。そして、長い中断ののち私がロシア語の勉強を再関するのは、ペレストロイカの時代の一九八九年に仕事で東欧四か国を回ってプラハでフサーク政権の崩壊を目の当たりにし、共産主義に関する自分の考えを整理してみようと思ったからでした。だからこそ、グロスマンは私にとって強い印象を与えるのです。

みすず書房、ワシーリー・グロスマン著、齋藤紘一訳『万物は流転する』P293-294

訳者は「多くの人に、とくに若い人たちにグロスマンの作品を読んでもらいたい」、「全体主義の問題は今日でも大きな問題ですし、いつの時代にも権力と個人の問題は誰も避けては通れません。そして、そうしたものに対するグロスマンの投げかけた問いは、今日でも色あせてはいないのです。」と述べます。

たしかに、この作品を読んでまさしくそのように感じました。正直、ものすごく重いです、この本は・・・

『人生と運命』もそうでしたがこの小説も読むのがつらかったです。ですがその分衝撃もものすごかったです。よくぞこんなにえげつないものが書けるものだなとため息しかありません。読んでいてその厳しさに何度も固まってしまいました。「じゃあいったいどうすればいいんだ・・・」と呻くしかなくなってしまいます・・・

そうした状況に実際に当時の人たちは置かれていたのかと思うと戦慄してしまいます。

かなりヘビーな一冊ですが、読んでみる価値は間違いなくあります。

以上、「ワシーリー・グロスマン『万物は流転する』あらすじ解説ースターリン死後も続くソ連抑圧時代の苦悩を描く傑作小説」でした。

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