なぜニーチェは難しいのか、人によって解釈が異なるのかードストエフスキーとの共通点

ニーチェとドストエフスキー

なぜニーチェは難しいのか、人によって解釈が異なるのか

前回の記事

前回の記事では西尾幹二の『ニーチェ 第一部』をご紹介しましたが、今回はその本の中でも特に気になった箇所があったので皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

タイトルにもありますようにニーチェといえばとにかく難しいというイメージがありますよね。

実際、『ツァラトゥストラ』などを読んでみると、短い文章が単発で繋げられていくアフォリズムという独特な形式やその語っている内容の難解さに面食らうと思います。私も毎度毎度読むたび面を食らっています。

そしてニーチェの難しい所は参考書を読んでもその著者によって様々な解釈があり、何が本当に正しいのかもわからないという点です。解釈の多様さもニーチェの特徴と言えるかもしれません。

今回の記事ではなぜニーチェはこんなに難しいのか、そして多様な解釈が存在するのかということを考えていきたいと思います。

ニーチェの空白

西尾幹二の『ニーチェ 第一部』では日本においてどのようにニーチェが受容されてきたのかという歴史が語られます。その中で著者はニーチェについて次のように述べます。

ニーチェは読者の自己表現をそそるような書き方をしている人だが、この点が読者にとってはいつも躓きの石となる。じつはニーチェは、あらゆる自分のエピゴーネンを殺すような書き方で書いているからである。

大切なのは、彼の一行から一行へと飛躍する言葉の運動には空白があり、断章と断章との間には合理的にうめられない隙間があることである。

その空白や隙間を和辻は自分の言葉でうめて、整然とした理論体系に仕立て上げようとしているために、よく出来た部分でも「説明」に終り、全体としてはニーチェではなく、著者の自己表現、解説的モノローグになる。

しかも阿部次郎のように、謎を切り捨て、単純化して平気でいられる人ではなく、整理し切れないなにかを予感しているために、言葉を豊富に、多角度から重ねる必要が生じ、叙述には入り組んだ不透明さが発生しないわけにはいかない。それはニーチェの思想がもともと複雑だというのとはちょっと別のことである。
※適宜改行しました。引用内の和辻とは哲学者和辻哲郎を指します。和辻哲郎もニーチェ論を書いています。

中央公論社、西尾幹二、『ニーチェ 第一部』P39

「ニーチェの文章には空白がある」

これはニーチェを考える上で非常に重要な点です。

ニーチェの著作はまさしく空白だらけです。アフォリズムという文体がそもそも論理的で明快な解説とは遠い存在です。しかもそれに輪をかけてニーチェは曖昧でどちらともとれるような言葉を続けます。

つまり、ニーチェを読む時には読者はその空白を自分で埋めなければならないのです。

「教えることのできないもの」を教えようとするニーチェ

さらに言えばニーチェはそもそも「教えることのできないもの」を教えようとしてきます。これは一体どういうことなのでしょうか。

この「教えることのできないもの」とは、日常の可能性の意識において、いわゆる論理性をもって叙述することのできないなにかなのであって、久しくニーチェ解釈の歴史が無邪気にも気がつかないでいた、幻想と認識とが交互にしのぎを削り合う、その中間にあるようなある限界点である。

中央公論社、西尾幹二、『ニーチェ 第一部』P38

ニーチェは普段私達が生活していても接触することのない精神の限界点を示そうとします。それはもはや言葉で示すことができない地点です。ニーチェはそうした「言葉にしえないもの」、「教えることのできないもの」を私達に示そうとしていたのです。

ただでさえ空白だらけの文章。しかも「明確な答えのないもの」を伝えようとするニーチェ。

ニーチェを読むということはこうしたことに直面することになります。ニーチェは私たちに答えを提供するのではなく、あくまで問いを投げかけてくることになります。つまり、「君は私の文章を読んで何を思うのかい?」と挑戦して来るがごとしなのです。

西尾氏も次のように述べています。

二ーチェに向かっては誰でも素手で当るしかない。他人の案内は役に立たない。ニーチェを研究する者は、自分自身が問われていることを知っていなくてはならない。

中央公論社、西尾幹二、『ニーチェ 第一部』P36

ニーチェの空白を埋めるのは私たちです。ここにニーチェ解釈が多岐にわたる理由の一端があるのではないでしょうか。

自分語りの典型例としての和辻哲郎『ニイチェ研究』

著者の西尾幹二はこうしたニーチェの受容の難しさの典型例として、有名な哲学者和辻哲郎の『ニイチェ研究』を取り上げます。

和辻哲郎の『ニイチェ研究』(一九一三)は、既成の概念の明確さとそのために起る叙述の不透明の、典型的見本のように私には思える。この書物を最後まで読破した人が何人いるか知らないが、文章の数行をよむ限り、冷静で、安定した叙述の明確さがあるのに、ぺージからぺージを追うにつれ、しだいに重なっていく概念のもやのうちに論述の糸が見失われていく。書物全体のこの不透明さと、各文章の明確さとは、不思議なコントラストをなしているが、それはニーチェにとって語り得ないなにかがあることが、すなわち薄明の中の意識のたゆたいが、著者にまったく見えていなかった証拠だと思われる。

同書は結局は、著者の哲学的モノローグだと私は思う。ニーチェの広範囲な著作の各個所から任意に抜き出した思索の断片を材料にして、著者は断片をつなぎ合わせ、自分に納得のいくように組み変え、諸家の見解と照らし合わせ、自分の思うところをそれに盛りこんでいる。ところが、ニーチェの言葉に引用符をつけていないため、著者の地の文とニーチェの引用文とが混り合って、区別できない。なんでもないことのようだが、私には致命傷に思える。なぜならこれでは著者はニーチェを利用して、自分自身を表現している結果となり、はなはだ気ままな著者の独りごと、モノローグになってしまうからである。

中央公論社、西尾幹二、『ニーチェ 第一部』P39

そして最後に著者は和辻哲郎についてこう述べます。

和辻という人はニーチェに対しある根本的なことを理解していなかったように私は思う。ニーチェは「教えることのできない」なにかを教えようとしていたのだ、というあの一点を彼は予感してもいなかった。仏教も、原始キリスト教も、ニーチェも、ニーチェの論敵ヴィラモーヴィッツも、日本の美術も、イタリアの古寺も、なんでも理解し、整理し、配列するこの大正文化の代表者は、処女論文において早くも、ニーチェのあらゆる著述を貪婪に渉猟し、抜き出し、組み合わせ、整然と配列する才能を示すことで、後年の全活動の性格を先駆けた特徴を示している。

高山樗牛はなにひとつ理解せず、ある絶望の感覚だけを知っていたが、和辻はなんでも理解し、なにひとつ絶望しなかったのである。

中央公論社、西尾幹二、『ニーチェ 第一部』P42

この箇所で特にニーチェを読むということはどういうことなのかということがすとんと入ってきたように私には思えました。

最後に出てきた高山樗牛ですが、彼は言わずと知れた明治の文学者ですが、彼も1900年代初頭にニーチェを論じていました。しかし当時はあまり文献もなく正確なニーチェ理解は苦しかったものの、ニーチェに向き合う姿勢という点で西尾氏は彼を評価しています。

ニーチェは「言葉では表しきれないもの」、「理知をはるかに超えたもの」、「人間の根源に迫るもの」をそれこそ狂気と紙一重のところで探究した哲学者でした。

そうしたニーチェの思想に自分はどう向き合っていくのか。これは非常に重要な問題だと思います。

ニーチェを語ろうとすればいつの間にかそれが「自分語り」になってしまう。ニーチェは私たちを暴露する。

ニーチェには空白があるゆえに、また、言葉にはできないものを表現しようとしたがゆえに、読者は問いを投げかけられることになります。

上の引用にもありますが「なんでも理解し、なに一つ絶望しなかった」和辻哲郎の読みを私たちはどう受け止めればいいのでしょうか。これもまたひとつの問題です。

ニーチェに限らず、今、あらゆるジャンルにおいてわかりやすい解説本がたくさん出ています。とにかく忙しい現代人にとって手っ取り早くわかりやすいものというのはありがたい存在です。

ですが、はたしてそういう情報で語られたニーチェとははたして本当にニーチェなのでしょうか。

手っ取り早く、わかりやすいニーチェ・・・

「すぐにわかる」人生に役立つニーチェ・・・

う~む・・・

皆さんはどう思いますか?

ニーチェを読むということはそういうこともニーチェから問われているのだと私は思います。

「わかりやすいのがだめだ」とか「難しいからいい」とか「知識があればあるほどいい」とかそういうことを言いたいのではありません。そうではなく、ニーチェを読むこと、語ることは自分自身が何を考え、どんな人物かが暴き出されるという事実を今回の記事ではお話ししたいなと思ったのでした。

ニーチェの難しさ、解釈の多様さはこうしたところに理由があると私は感じています。

さて、ここまでニーチェの空白についてお話ししてきましたが、実はこれ、ドストエフスキーも全く同じなのです。彼もものすごく空白の多い人物なのです。

以前私は、「ゾラとドストエフスキーの人間観の違い・空白の有無」という記事の中で、 ゾラとドストエフスキーの比較からドストエフスキーの空白の多さを考えてみました。 その時もやはりドストエフスキー作品の空白の多さが多様な解釈を生み出しているということをお話ししました。

また、ドストエフスキーには膨大な数の伝記や参考書があります。そして 「ドストエフスキー資料の何を読むべき?―ドストエフスキーは結局何者なのか」の記事でもお話ししたように、それぞれの本で正反対なことを言ってたりもするくらい多様な解釈がなされています。ドストエフスキーを学び始めた当初は何を読んだらいいのか途方に暮れるほどでした。

こうしたこともニーチェと非常に似ているなと私は思うのです。

以前の記事「ニーチェとドストエフスキーの比較~それぞれの思想の特徴とはー今後のニーチェ記事について一言」でも述べましたが私はニーチェを通してドストエフスキーをもっと学びたいと思いました。そしてそれは必然的に「神と人間」という宗教の問題へと繋がっていきます。理知的なものを超越した絶対的なものを求めたニーチェとドストエフスキー。そうした面から私はニーチェを読んでいます。

そしてそれはニーチェとドストエフスキーを経て浄土真宗の開祖親鸞聖人へと繋がります。さらに言えば、私という人間はやはり「私にとって宗教とは何か」という問いに行きつくことになります。私のニーチェ読書はやはりこうした面から捉えられていくことになります。まさしくニーチェは私が一体何者であるかを示しているように感じます。

これはドストエフスキーも一緒です。ドストエフスキーを通してその人は何を語っているのか。ドストエフスキーを語っているようで実はその人自身を語っているのです。これは非常に重要な視点だと私は感じています。

ドストエフスキー関連の書籍はそれこそ無数にあります。それぞれの著者がどんなことを述べているのか、そしてそれが著者自身を表しているということを意識してみるとまた違った読書体験ができるかもしれません。

ニーチェを学ぶことで改めて「本を読む」ということについて考えさせられたように思います。

皆さんはどう思いますでしょうか?

以上、「なぜニーチェは難しいのか、人によって解釈が異なるのかードストエフスキーとの共通点」でした。

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