数少ないドストエフスキーの風刺小説『鰐』概要とあらすじ、感想

ドストエフスキー作品

ドストエフスキー『鰐』概要とあらすじ

『鰐』は1865年『世紀』誌2月号に掲載された作品です。

私が読んだのは『ドストエフスキー全集』(新潮社版)6巻の原卓也訳の『鰐』です。

この作品のタイトルは『鰐』というシンプルなものですが、実は掲載当時は、

『鰐―突拍子もない出来事、またはアーケードでのアクシデント。しかるべき年齢の、しかるべき外貌をしたさる紳士が、生きたまま跡形もなくそっくりアーケードの鰐に呑みこまれ、その結果何が生じたかについての、真実の物語』

という尋常ではなく長い題で発表されました。

タイトルからすでに風刺しようというドストエフスキーの意図が感じられるようです。

では、この物語のあらすじを見ていきましょう。

官吏イワン・マトヴェーヴィチは妻と友人夫妻と4人でアーケード街に出かけます。

そこではあるドイツ人が巨大な鰐を25コペイカという料金で見世物にしていました。

イワン・マトヴェーヴィチがその鰐をくすぐっていると、その巨大な鰐は彼を跡形もなく丸呑みにしてしまいます。

一同大騒ぎです。

妻はドイツ人に鰐の腹を切り裂いて夫を助けてと懇願するも、ドイツ人は「これから金を稼ぐ鰐を殺すもんか、それなら罰金を払え」と取り付く島もありません。

友人も「切り裂いても無駄ですよ。彼は十中八九今頃はもう天国を待ってるでしょうからね。」とあきらめ始めました。

しかしそんな時、まったく思いがけず鰐の中からイワン・マトヴェーヴィチの声が響いてきます。

なんと、彼は全くの無傷で、しかもはっきりと会話できるほど鰐の中に居心地よく収まってしまっていたのです。

ドイツ人はますます「これからの売り上げはどうなるのだ。金を払え」と騒ぎます。

さらには夫自身も「私はこうして快適にいる。死にはしまい。こうすれば人が集まって儲かる。鰐の中にいればおれも出世できるぞ!」と息巻きだします。

鰐に呑み込まれたイワン・マトヴェーヴィチはこれからどうなってしまうのでしょうか・・・

感想

鰐に丸呑みされたイワン・マトヴェーヴィチをめぐるドタバタ劇。

どこか風刺的で、パロディかコントのような雰囲気の作品です。

「あのドストエフスキーがこういう作品を書くのか」と初めて読んだ時は驚いたことを覚えています。

この物語でドストエフスキーが風刺したのは金儲け主義や当時の進歩的な空気を絶対視する世の中のあり方でした。

この作品が生まれる少し前に社会主義者チェルヌイシェフスキーの『何をなすべきか』という作品がロシアで発表され、大きな反響を世にもたらしました。

かつては自らも社会主義思想に傾倒したドストエフスキーでしたが、今や彼はその思想が空虚なものであったことを認めています。

そんなドストエフスキーが金儲け主義や進歩主義という合理的すぎる思考を、鰐に呑み込まれた男や周りの人たちとのてんやわんやを通してユーモラスに描いています。

思わずくすっとしてしまうような、絶妙にスパイスの効いたユーモアがいたるところに散りばめられています。

重くて暗くて難しい。そんなイメージが強いドストエフスキーですが、こういうユーモアのある作品もあるのだということを感じられる作品です。

以上、「数少ないドストエフスキーの風刺小説『鰐』概要とあらすじ、感想」でした。

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