ローラン・ビネ『HHhH』あらすじと感想~ナチス占領下プラハでのナチ高官暗殺作戦を描く傑作小説!

カフカの街プラハとチェコ文学

ローラン・ビネ『HHhH』あらすじと感想~ナチス占領下プラハでのナチ高官暗殺作戦を描く傑作小説!

今回ご紹介するのは2013年に東京創元社より発行されたローラン・ビネ著、高橋啓訳の『HHhH』です。

早速この本について見ていきましょう。

ノーベル賞受賞作家マリオ・バルガス・リョサを驚嘆せしめたゴンクール賞最優秀新人賞受賞作。金髪の野獣と呼ばれたナチのユダヤ人大量虐殺の責任者ハイドリヒと彼の暗殺者である二人の青年をノンフィクション的手法で描き読者を慄然させる傑作。

Amazon商品紹介ページより

HHhH = Himmlers Him heißt Heydrich
ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる。

ナチによるユダヤ人大量虐殺の首謀者で責任者であったラインハルト・ハイドリヒ。ヒムラーの右腕だった彼は〈第三帝国で最も危険な男〉〈金髪の野獣〉等と怖れられた。類人猿作戦と呼ばれたハイドリヒ暗殺計画は、ロンドンに亡命したチェコ政府が送り込んだ二人の青年パラシュート部隊員によってプラハで決行された。そして、それに続くナチの報復、青年たちの運命……。ハイドリヒとはいかなる怪物だったのか?
ナチとはいったい何だったのか?

本書の登場人物はすべて実在の人物である。史実を題材に小説を書くことに、ビネはためらい、悩みながら全力で挑み、小説を書くということの本質を自らに、そして読者に問いかける。小説は何か?

ギリシャ悲劇にも似たこの緊迫感溢れる小説を私は生涯忘れないだろう。(……)傑作小説というよりは、偉大な書物と呼びたい。ーマリオ・バルガス・リョサ

東京創元社、ローラン・ビネ、高橋啓訳『HHhH』より

まず最初に言っておきましょう。

これはものすごい作品です・・・!

この小説のことはうっすらとタイトルだけは知っていましたがまさかこんなにも面白い作品だったとは!

もっと早くに出会っておきたかったと心から思います。

この作品の大筋とその背景については訳者あとがきに次のように述べられています。

ハイドリヒはナチス・ドイツの悪名高きゲシュタポ長官にして、〈第三帝国でもっとも危険な男〉〈死刑執行人〉〈金髪の野獣〉などと呼ばれ、「ユダヤ人間題」の「最終解決」の発案者にして実行責任者として知られている人物である。ナチスによって保護領化されたチェコ(スロヴァキアは分断されて、名目的な独立を保った)総督代理にまで上り詰めた。

しかし、そこで彼は暗殺される。しかも、皮肉なことにナチの高官で暗殺された人物はこのハイドリヒだけだった。その暗殺を決行したのは、ロンドンに亡命したチェコ政府によって本国に投下されたパラシュート部隊員のヤン・クビシュとヨゼフ・ガブチーク。この暗殺計画を〈類人猿作戦〉と呼ぶ。

この暗殺計画の結末は、悲惨なものだった。作戦を決行した隊員たちが教会の地下納骨堂に追いこまれ、そこで水責めにあって死ぬ場面は、この小説を締めくくるもっとも緊迫した場面であると同時に、読者の度肝を抜く画期的手法で描かれている。しかし、悲惨な最期を遂げたのは当事者だけではない。この暗殺計画に関わり、犯人を匿ったという濡れ衣を着せられたリディツェ村の住人は、男たちは全員銃殺、女子供は収容所に送られたばかりでなく、住居もことごとく焼き払われたのである。

ユダヤ人のすべてを殲滅してしまうという発想、ナチ高官暗殺の報復として、村をまるごとひとつ、この地上から消してしまうという発想、そして、その発想のままに実行していくナチスという狂った装置。

「狂った装置」という表現が適切かどうかはわからない。重要なことはむしろ、このすべてが事実=史実だということである。

東京創元社、ローラン・ビネ、高橋啓訳『HHhH』 P386-387

この小説は実際にあった出来事を描いた作品です。

当ブログでもこれまでチェコのことをご紹介してきましたが、第二次世界大戦勃発直前の1938年のミュンヘン協定によりチェコはナチスの手に渡ってしまうことになります。英仏から見捨てられそのまま大戦へと進み、チェコという国は消滅してしまうのでした。

当ブログでも紹介したカレル・チャペックは、その作品において、特に『山椒魚戦争』『カレル・チャペックの闘争』でチェコを占領しようとするナチスドイツの動きを強く批判しています。

そうしたチャペックの闘争も虚しくチェコはナチスの暴虐を受け入れざるを得ない状況へと落ち込んでしまいました。

この小説ではそうしたプラハの状況、そして占領するナチス側がどのように動いていたのか、またイギリスの亡命チェコ政府と暗殺実行部隊がいかにして作戦を決行したかが語られます。

当時の状況がまるで目の前に現れてくるかのような豊かな筆致で作者は物語を描いていきます。驚くほど読みやすく、情景がイメージしやすいです。あっという間に引き込まれてページをめくる手が止まらなくなります。

作者の独特な叙述方法は好みが別れるかもしれませんが、私はかなりぐっときました。感情移入しやすく、著者のこだわりが感じられます。

チェコの苦難といえばソ連時代の1968年のプラハの春をイメージしてしまいがちですが、チェコはその前にもナチスによって苦しい時代を経ています。この作品を読んでそうした時代のチェコにも改めて思いを馳せることになりました。

特にハイドリヒ暗殺の報復として、何の罪もない村を文字通り消滅させてしまったナチスの所業。このインパクトはかなりのものです。これまでもいくつかの本によってそのことは知ってはいましたが、やはり物語として語られるとその重みが全く違ってきます。

この作品も非常におすすめです。ものすごく面白いです。歴史を学ぶために手を取ったこの作品でしたが、そもそも小説としてのクオリティーが尋常ではありません。刺激的で面白い小説をお探しの方にもかなりぐっとくるものがあると思います。暗殺シーンや最後の戦闘シーンなんてもう映画のようです。手に汗握る描写です。これはぜひとも体感して頂きたいです。

以上、「ローラン・ビネ『HHhH』あらすじと感想~ナチス占領下プラハでのナチ高官暗殺作戦を描く傑作小説!」でした。

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