目次
中公新書、芝健介『ホロコースト』ーナチスによるユダヤ人大量虐殺の全貌
今回ご紹介するのは中公新書より2008年に出版された芝健介著『ホロコースト』という本です。
早速この本について見ていきましょう。
ヒトラー政権下、ナチ・ドイツによって組織的に行われたユダヤ人大量殺戮=ホロコースト。「劣等民族」と規定されたユダヤ人は、第二次世界大戦中に六〇〇万人が虐殺される。だが、ヒトラーもナチ党幹部も、当初から大量殺戮を考えていたわけではなかった。本書は、ナチスのユダヤ人政策が、戦争の進展によって「追放」からアウシュヴィッツ絶滅収容所に代表される巨大な「殺人工場」に行き着く過程と、その惨劇の実態を描く。
Amazon商品紹介ページより
私たちはホロコーストと聞くとアウシュヴィッツ強制収容所を思い浮かべがちです。
たしかに最大規模の虐殺が起きたのはアウシュヴィッツではありますが、ナチスによるホロコーストはアウシュヴィッツ以外でも大量に行われていました。
そしてホロコーストはヒトラーという独裁者一人の狂気によって命じられ実行されたというイメージもありますが、実際にはそうではありません。それまでの歴史的経緯や戦争の進展、組織の問題が絡み合いホロコーストが引き起こされたのでした。この本ではなぜホロコーストが起きたのか、そしてアウシュヴィッツだけではなく様々な地で行われた虐殺についても語られていきます。
少し長くなりますが、まえがきの言葉を引用したいと思います。この本における著者の問題提起が明瞭に述べられています。
ホロコースト(holocaust)とは何かー。
現在では、特にナチ・ドイツによるユダヤ人大量殺戮を指す。
第二次世界大戦がはじまった一九三九年九月からナチ・ドイツが敗北する四五年五月までのあいだに、およそ六〇〇万人のヨーロッパのユダヤ人が殺害された。一民族が、これほど多く、組織的に殺されたケースは歴史上存在しない。
このホロコーストについて、われわれ日本人はどのようにイメージしているだろうか。
全体主義体制のナチ・ドイツで、反ユダヤ主義者である独裁者アードルフ・ヒトラーが、「ドイツのユダヤ人」を皆殺しにしろと命令し、「アウシュヴィッツ」で実行されたー。大学に入学したばかりの学生たちの話から類推すると、こういったものではないだろうか。
ホロコーストは、日本に限らずヒトラーという狂気に満ちた独裁者が、ユダヤ人への憎悪から発案し、彼の命令によって実行されたととらえられがちである。たが、事実はそのように単純ではない。
その背景には、まずヨーロッパ社会が伝統的に抱えていた反ユダヤ主義があった。一人の独裁者だけでなく、一般の人びとにもユダヤ人を嫌悪する意識が深く浸透していたのである。ヒトラー率いるナチ党(国民社会主義ドイツ労働者党)は、反ユダヤ主義を巧みに政治に取り込み、政権を獲得している。(中略)
近年のホロコースト研究では、いつヒトラーがホロコーストの最終決定を出したのか、あるいはそもそもヒトラーはそういった役割を果たしたのかが絶えず議論されている。本書は、そういった問題を意識しながらも、一般読者に向け、ナチ・ドイツのユダヤ人政策が、ホロコーストに行き着く過程の全体像を描くことを目的とする。(中略)
本書を注意して読んでいただければ、先に述べたようなホロコーストにいたる複雑なプロセス、ドイツのユダヤ人だけではなくヨーロッパ地域のユダヤ人のほとんどが巻き込まれた事実、さらに強制収容所や絶滅収容所が多種存在し、アウシュヴィッツだけではない惨劇が数多くあったことをご理解いただけると思う。
中公新書、芝健介『ホロコースト』Pⅰ~ⅳ
この本はホロコーストの歴史を学ぶ入門書としてとてもおすすめです。ホロコーストはアウシュヴィッツだけではなく、一連の巨大な虐殺事件であり、それがどのような経緯で起こったのかが非常にわかりやすく解説されています。フランクルの『夜と霧』とセットで読めばよりその雰囲気が伝わってくると思います。
新書ということでコンパクトにまとまっていてとても読みやすいのもありがたいです。アウシュヴィッツやホロコーストの歴史をまずはざっくり学んでみたいという方にぜひおすすめしたい1冊です。
以上、「芝健介『ホロコースト』ホロコーストの歴史を学び始めるのにおすすめな1冊」でした。
Amazon商品ページはこちら↓
ホロコ-スト: ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌 (中公新書 1943)
次の記事はこちら
あわせて読みたい
M・ベーレンバウム『ホロコースト全史』あらすじと感想~ナチスのユダヤ人政策の歴史をより深く学ぶため...
この本ではナチスによるホロコーストが試行錯誤の末進められていったその過程がかなり詳しく語られます。
そしてアメリカをはじめとした連合国がホロコーストの事実を知っていながらそれを無視したという驚きの事実もこの本では語られます。
前の記事はこちら
あわせて読みたい
フランクル『夜と霧』あらすじと感想~生きるとは何かを問うた傑作!ドストエフスキーとのつながりも
前回の記事でご紹介したワシーリー・グロスマンの『トレブリンカ収容所の地獄』では絶滅収容所の悲惨さが描かれたのに対し、『夜と霧』では強制収容所という極限状態においてどのように生き抜いたのか、そしてそこでなされた人間分析について語られていきます。
この本は絶望的な状況下でも人間らしく生き抜くことができるという話が語られます。収容所という極限状態だけではなく、今を生きる私たちにとっても大きな力を与えてくれる本です。
関連記事
あわせて読みたい
T・スナイダー『ブラッドランド ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』あらすじと感想~独ソ戦の実態を知...
スターリンはなぜ自国民を大量に餓死させ、あるいは銃殺したのか。なぜ同じソビエト人なのに人間を人間と思わないような残虐な方法で殺すことができたのかということが私にとって非常に大きな謎でした。
その疑問に対してこの上ない回答をしてくれたのが本書でした。
訳者が「読むのはつらい」と言いたくなるほどこの本には衝撃的なことが書かれています。しかし、だからこそ歴史を学ぶためにもこの本を読む必要があるのではないかと思います。
あわせて読みたい
私達日本人が今あえて独ソ戦を学ぶ意義ー歴史は形を変えて繰り返す・・・
戦争がいかに人間性を破壊するか。
いかにして加害者へと人間は変わっていくのか。
人々を戦争へと駆り立てていくシステムに組み込まれてしまえばもはや抗うことができないという恐怖。 平時の倫理観がまったく崩壊してしまう極限状態。
独ソ戦の凄まじい戦禍はそれらをまざまざと私たちに見せつけます。
もちろん太平洋戦争における人々の苦しみを軽視しているわけではありません。 ですが、あえて日本から離れた独ソ戦を学ぶことで戦争とは何かという問いをより客観的に学ぶことができます。だからこそ私はあえて独ソ戦を学ぶことの大切さを感じたのでした。
あわせて読みたい
C・アングラオ『ナチスの知識人部隊』あらすじと感想~虐殺を肯定する理論ーなぜ高学歴のインテリがナチ...
この本は虐殺に突き進んでいった青年知識人たちにスポットを当てた作品でした。彼らがいかにしてホロコーストを行ったのか、そしてそれを正当化していったのか、その過程をじっくり見ていくことになります。 この本で印象に残ったのはやはり、戦前のドイツがいかに第一次世界大戦をトラウマに思っていたのかということでした。 そうした恐怖が、その後信じられないほどの攻撃性となって現れてくるというのは非常に興味深かったです。
あわせて読みたい
ドストエフスキー『死の家の記録』あらすじと感想~シベリア流刑での極限生活を描いた傑作!
この作品は心理探究の怪物であるドストエフスキーが、シベリアの監獄という極限状況の中、常人ならざる囚人たちと共に生活し、間近で彼らを観察した手記なのですから面白くないわけがありません。あのトルストイやツルゲーネフが絶賛するように、今作の情景描写はまるで映画を見ているかのようにリアルに、そして臨場感たっぷりで描かれています。
この小説はドストエフスキー作品の中で『罪と罰』と並んでその入り口としておすすめな作品です。
あわせて読みたい
死の収容所アウシュヴィッツを訪れる①~ホロコーストから学ぶこと ポーランド編④
2019年4月14日。
私はポーランド最大の目的地、アウシュヴィッツに向かいました。
幸い、朝から天候にも恵まれ、前日までの凍てつくような寒さも少し和らいだようだ。
クラクフのバスターミナルからバスでおよそ1時間半。
アウシュヴィッツ博物館前で降車します。
この記事では私のアウシュヴィッツでの体験をお話しします。
あわせて読みたい
ワシーリー・グロスマン『トレブリンカの地獄』あらすじと感想~ナチスの絶滅収容所の惨劇を赤軍ユダヤ...
グロスマンの描いたトレブリンカは絶滅収容所といわれる収容所です。ここはそもそも大勢の人を殺害するために作られた場所です。そこに移送された者で生存者はほとんどいません。移送された人々は騙され、強制され、追い立てられ、次第に自分の運命を悟ることになります。そして圧倒的な暴力の前で無力なまま殺害されていきます。これはまさにフランクルの言う地獄絵図です。グロスマンはフランクルの描かなかった地獄を圧倒的な筆で再現していきます。『夜と霧』と一緒に読むと、よりホロコーストの恐ろしさを体感することになります。
ホロコーストを学ぶ上でこの本がもっとフォーカスされてもいいのではないかと心から思います。
あわせて読みたい
V・ザスラフスキー『カチンの森 ポーランド指導階級の抹殺』あらすじと感想~ソ連が隠蔽した大量虐殺事...
アウシュヴィッツのホロコーストに比べて日本ではあまり知られていないカチンの森事件ですが、この事件は戦争や歴史の問題を考える上で非常に重要な出来事だと私は感じました。
国の指導者、知識人層を根絶やしにする。これが国を暴力的に支配する時の定石であるということを学びました。非常に恐ろしい内容の本です。ぜひ手に取って頂ければなと思います。
あわせて読みたい
神野正史『世界史劇場 ナチスはこうして政権を奪取した』あらすじと感想~ヒトラーの権力掌握の過程を知...
民主主義であったはずのドイツがなぜ全体主義へと突き進んでいったのか。
これは日本においても当てはまる事象です。
ナチスを学ぶことは私達の歴史を学ぶことにもつながります。
この本ではいつものごとく、神野氏の絶妙な解説で進んで行きます。とにかく面白く、読みやすいです。ドイツの流れをまずは知りたいという方には非常におすすめな1冊となっています。
コメント