ジェイムズ治美『緋衣の女王』~悲劇的、あまりに悲劇的なスコットランド女王メアリの生涯を知れるおすすめ伝記

イギリス・ドイツ文学と歴史・文化

ジェイムズ治美『緋衣の女王』~悲劇的、あまりに悲劇的なスコットランド女王メアリの生涯を知れるおすすめ伝記

今回ご紹介するのは2022年に彩流社より発行されたジェイムズ治美『緋衣の女王』です。

早速この本について見ていきましょう。

強さが私を惹き付ける!

メアリ・ステュアートは生後6日でスコットランドの女王となった。のちに仏王太子と結婚するため5歳で渡仏。アンリ2世が崩御すると王太子はフランシス2世となり、メアリはスコットランド女王でかつ仏王妃となる。18歳で統治者としてスコットランドに戻ったがカトリックのメアリはプロテスタントの国との分裂に苦悩する。美しく情熱的でカリスマ性のあるメアリは国民から慕われ敬意を持たれた女王であったが、次第に国民からそっぽを向かれるようになってしまう。

英国史上最も悲劇的な女王といわれたメアリ。美貌とともに強い意志と信念を持ち、何事も全身全霊で事に当たったメアリ。心の花であったアザミもマリゴールドも「運命」の嵐にもぎ取られそうになりながらも、存在の全てをかけて、闘い最期は断頭台に露と消えた。本書は、英国在の著者によるメアリ・ステュアートの史的評伝である。

彩流社商品紹介ページより
メアリ・ステュアート(1542-1587)Wikipediaより

悲劇的、あまりに悲劇的!

この伝記を読んで私は思わず頭を抱えてしまいました。

こんなに悲劇的な人生があるだろうかと思わず涙が出そうになってしまいました。

この伝記で描かれるメアリ・ステュアートがあまりに魅力的で、こんな偉大な人物がどうしてここまで悲劇的な目に遭わなければならないのかと運命を恨みたくなります。

もし最初の夫フランス王が亡くなっていなかったら、もし次の夫ダーンリ伯があと少しでも思慮深い人であったなら・・・こうした「もし~だったら」という思いの連続です。

メアリ・ステュアート自身は生まれながらのカリスマ、そしてそれだけでなく誠実で勤勉な性格の持ち主だったようです。生まれ持った美貌に加えて幼い頃からフランスで身につけた優雅な振る舞い、豊かな教養、王としての立派な姿勢。彼女は人を惹き付けてやまない圧倒的な魅力を具えた人物でした。

この伝記を読んでいて、「こんな完璧な人がいたなんて!」と私は逆に疑いを持ってしまうほどでした。それほどこの伝記では彼女の生き様が魅力的に描かれています。もしかしたらこれは著者がかなり割り増して描いているのではないかと思ったほどです。

ですが著者は本書の中で次のように述べていました。

歴史は、それを語る人の立場、属する党派、掲げる理念等によって異なった筋書きになることは大いにありうる。しかもスコットランド人の女王・メアリのような悲劇的な人生を描く際には話を歪曲させて、特にヴィクトリア朝の行ったように、センセイショナルな物語に創り上げる傾向がある。現代の歴史家の間でさえ、メアリ女王に対する評価は分かれている。「夫殺しをした女王」などと簡単に取り扱うことさえある。

しかし、女王の性格、置かれた状況、事実関係を詳細に追っていけば、正鵠を射ることができる。

彩流社、ジェイムズ治美『緋衣の女王』P173-174

ここで著者が述べるように、私もスコットランドのメアリ女王といえばエリザベス女王に処刑された女王というイメージがありました。そして夫を殺した女王とか、強硬にカトリックを推し進めようとしたというような、どちらかというとネガティブなイメージもあったように思えます。

ですがそれはヴィクトリア朝の立場から書かれた歴史だったということもこの本からは知ることができました。

たしかに私がイギリス史を学ぼうとするとどうしてもシェイクスピア方面から様々な本を読むことになります。となるとどうしてもエリザベス朝側の資料になってしまうなということを改めて感じました。

いや~、それにしてもメアリ女王は魅力的です。こんな魅力的な女王がどうしてこんな悲劇に遭わねばならないのか。もうそれに尽きます。著者は「はじめに」でメアリ女王について次のように述べています。

メアリ女王の称号は、「スコットランド人の女王・メアリ」である(メアリ・クイーン・オブ・スコッツ、スコッツはスコットランド人という意味)。国民に支えられてこその女王である。若く、美しく、情熱的で、カリスマ性のある女王は国民から慕われ、敬意を持たれた。ただほんの一瞬、人間の弱さが現われた時、判断を誤ってしまった。女王としては、精一杯の力を振り絞って統治しようとしていたのだが、国民からそっぽを向かれるようになってしまった。

何とか立ち上がろうと奮闘するが、いつの間にか、黒い渦の中に心ならずも飲み込まれていった。運命としか言いようがない状況であった。英国史上最も悲劇的な女王と言われる。(中略)

一メートル八十センチのすらりとした長身、大理石のようにすべすべとした真っ白い肌、赤みがかった茶色の髪、アーモンドのような形の大きく生き生きとした金褐色の目をした、ヨーロッパ一美しかった姿が現われる。美しいのは姿だけではなかった。それ以上に美しいのは魂であった。慈悲心に満ち溢れ、平民、困っている人々に、いつも施しの気持を忘れたことがなかった。二つの美しさが相まって、出会う人々の心を動かし、魅了した。

その上、強い意志力と信念を持ち、何事を行うにつけても全身全霊で行った。楽しむ時は、エピキュロス的に今という瞬間をとことん掴み取り、苦しみや悲しみに出合うとすぐに、その影響が肉体に及び、病に倒れることになるのもしばしばのことであった。カリスマ性を持ち、人々の心を惹き付ける驚く程の磁力を生まれながらにして持っていた。

メアリ女王の心の花、アザミやマリゴールドも、「運命」の嵐にもぎ取られそうになりながら、存在の全てを掛けて与えられた命を全うしようとした。鉄の意志力を持ったメアリ女王と「運命」との、壮絶な闘いそのものである。

彩流社、ジェイムズ治美『緋衣の女王』P4,5

「ただほんの一瞬、人間の弱さが現われた時、判断を誤ってしまった。」

「何とか立ち上がろうと奮闘するが、いつの間にか、黒い渦の中に心ならずも飲み込まれていった。運命としか言いようがない状況であった」

運命の黒い渦・・・

本文でもこのことについて次のように述べられていました。

「巡り合わせ」と言わずに、何と言えるであろうか。人には、自分の意志で決定し、行動する領域を超えた、どうしても動かすことができないカ、大自然の重圧とでも言える制御不可能なものを感じざるを得ないことがある。「運命」としか言いようがないものであった。

彩流社、ジェイムズ治美『緋衣の女王』P151

完璧なメアリ女王にも人間的弱さがありました。運命にぼろぼろにされ、そんな弱り切った時に思わず判断を誤ってしまった・・・そこから逃れられない負の連鎖が始まっていく。

シェイクスピアが描いたらとてつもない傑作になったのではないでしょうか。あの『リア王』を超える悲劇になっていたかもしれません。それほどメアリの悲劇的な人生は衝撃的です。

エリザベス朝イングランドに生きたシェイクスピアには立場上厳しいものがあるでしょうがぜひメアリ女王を題材に作品を書いてほしかったです。

そして最後にもう一点。

私がこの本を楽しみにしていたのは19世紀ドイツの音楽家メンデルスゾーンとのつながりがあったからでした。

メンデルスゾーンは1829年、彼が20歳の時にイギリス・スコットランドに大旅行に出かけます。

この時代の名家の跡継ぎたちは教養旅行(グランドツアー)という名目でヨーロッパ中を旅するという習慣がありました。若い頃に旅に出て経験を積み、さらには人脈も広げることも目的とされていました。

メンデルゾーンもそうした教養旅行の一環としてこのスコットランドを訪れたのでした。

そしてそこで目にしたある建築物から彼の「スコットランド交響曲」は始まることになります。

それがエディンバラのホリルード宮殿の廃墟となった礼拝堂でした。

ホリルード宮殿の廃墟となった礼拝堂 Wikipediaより

ここで得たインスピレーションから彼の13年にもわたる「スコットランド交響曲」の作曲の道が始まったのでした。このホリルード宮殿はまさしくメアリ女王と深いつながりがある場所です。しかもメンデルスゾーンはそのメアリ女王のことを思い浮かべて楽曲を制作しています。

クラシック音楽の中で私が一番好きなのがこの曲です。

メアリのあまりに悲劇的な生涯を知った後にこの曲を聴くと、その見事さに鳥肌が立ってしまいました。運命の嵐に翻弄されるメアリ女王、そして誇り高き女王の姿をまさにこの曲で感じることができます。メンデルスゾーンの天才ぶりに改めて驚いたのでありました。

大好きな曲の背景となったメアリ女王について知ることができたこの伝記は私にとって非常にありがたいものがありました。

この伝記はぜひぜひおすすめしたいです。ジェイムズ治美さんの語り口も素晴らしく、あっという間に引き込まれてしまいました。この本を読めばイギリス・スコットランドの見え方が変わってくるほどです。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

以上、「ジェイムズ治美『緋衣の女王』~悲劇的、あまりに悲劇的なスコットランド女王メアリの生涯を知れるおすすめ伝記」でした。

次の記事はこちら

前の記事はこちら

関連記事

HOME