ヒュー・マクドナルド『巡り逢う才能ー音楽家たちの1853年』~ワーグナーやブラームスら天才音楽家が交差する奇跡の1年を描写

ニーチェとドストエフスキー

ワーグナーやブラームスら天才音楽家が交差する奇跡の1年を描写~ヒュー・マクドナルド『巡り逢う才能ー音楽家たちの1853年』概要と

今回ご紹介するのは2017年に春秋社より発行されたヒュー・マクドナルド著、森内薫訳『巡り逢う才能ー音楽家たちの1853年』です。

早速この本について見ていきましょう。

内容(「BOOK」データベースより)

ブラームス・19歳、ヨアヒム・21歳、ワーグナー・39歳、リスト・41歳、シューマン・42歳、ベルリオーズ・49歳…幾重もの出会いが織りなす、奇跡のような一年の物語。旅の記録、交した手紙、日記、雑誌や新聞の記事、当時の写真や絵画など、膨大な資料から浮かび上がる偉大な音楽家たちの1853年の姿。

ブラームスが一躍有名となり、ベルリオーズとワーグナーは長い沈黙を経て作曲活動を再開し、シューマンは作曲家としての活動に終止符を打つことになった1853年は、音楽の歴史に新たな幕が開かれた記念すべき年である。
本書は、それぞれ「新しい道」を歩み始めた音楽家たちの交流の軌跡を追い、来たる盛期ロマン派音楽の胎動を臨場感たっぷりに伝える。

鉄道網が整備され、人と情報の往来が格段に容易になった欧州を、音楽家たちが駆け巡る!

Amazon商品ページより

私がこの本を手に取ったのは、ニーチェに大きな影響を与えたワーグナーとはどんな人物だったのかという興味からでした。ワーグナーが生きた時代背景を知るのにいい本はないかと探していたところこの本と出会ったのです。

そして読み始めたところ大当たり!この本もものすごく面白い本でした!

なぜ18世紀中頃から後半にかけて天才たちが次々と現れたのか。その背景に迫る作品です。

著者は「はじめに」で次のように述べています。少し長くなりますが大事なところですので引用します。

なぜ一八五三年なのか?もちろん、選択肢はほかにも無数に存在した。だが、私は一八五三年という年に引かれた。この年には、一九世紀音楽界の主役らが続々と登場する重要な出来事が、驚くほどたくさん起きている。ショパンもメンデルスゾーンもドニゼッティも当時はすでに世を去っていたが、ベルリオーズやリストやヴェルディは活動の全盛期にあり、ワーグナーは重要な躍進を間近に控えていた。ブラームスに代表される新しい世代は、広い世界に向けて最初の一歩を踏み出そうとしていた。

一八五〇年代のどこかで、シューベルトの『冬の旅』やべルリオーズの『幻想交響曲』、シューマンの『謝肉祭』、ショパンの『バラード集』に代表されるような純粋なロマン主義は終息し、音楽の流れはワーグナーの『指環』やチャイコフスキーの『悲愴』交響曲のようなもっとダイナミックで強烈なものへと変容を遂げた。

ロマン主義の様式は初期から後期へと移り、それとともに音楽のスタイルは大きく変化し、ナショナリズムやリアリズムなど多種多様な「イズム」が音楽の世界にも生まれた。

だが、本書の関心は音楽のスタイルそのものよりも、それを作りあげた音楽家のほうにある。時代の空気の影響がどれだけあったにせよ、天才的な作品の創造について褒めたたえられるべきは、あくまでそれぞれの作者個人であるはずだ。

一九世紀中盤に活躍した音楽や文学の巨星たちには特にそれが言える。一八五〇年代は、まさに巨人が地上を闊歩した一〇年間だった。

ベルリオーズの超大作オペラ『トロイアの人々』やワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』、トルストイの『戦争と平和』を思い浮かべるだけで(『バーチェスターの塔』、『アンクル・トムの小屋』、『ビートン婦人の家政読本』については言うまでもない)、それはうかがい知れよう。

ゲーテやナポレオンの例に倣うかのように、ユゴーやワーグナー、トルストイらはごく当たり前に超人的な量の作品を生み出し、大量の手紙を書き、多様で多忙な社会生活を送り、巨大な夢をはぐくみ、政治活動にも関わり、けっして休むことがなかった。フランツ・リストは、この強烈なまでに生産的なライフスタイルを音楽の世界で体現した一人だ。他の音楽家を世話したり、公共の場における音楽振興に尽力したりするだけでもたいへんな仕事であったはずなのに、リストはそのほかに長期の演奏旅行に出かけ、指揮をし、数えきれないほどの作曲や編曲を行った。

無数の文化的プロセスが相互に作用し、そこに物理的な条件の整備も加わって、こうした偉業が可能になった。もちろん、こうした人々の日常を子細に観察するだけで、天才の謎が解けるわけではない。そんなことが不可能なのは私自身、百も承知だ。彼らになぜそんな偉業ができたのかは、本来、説明などできっこない。だが、作品への興味は彼らの生活への興味につながり、そして生活に興味を抱いたら、芸術と一見関係のない細部に喜びを見出すまではあと一歩だ。これらの細部が積み重なれば、偉大な考えを着想した人間の個性が明らかになっていく。少なくとも芸術の分野において「巨人」がもはや存在しない現代から見ると、いったい当時のどんな環境が巨人を生んだのか、そしてそれを何とか今日の世界で再現できないかとつい考えたくなる。

春秋社、ヒュー・マクドナルド、森内薫訳『巡り逢う才能ー音楽家たちの1853年』Pⅱーⅳ

私はこれまでドストエフスキーを学ぶ過程でヨーロッパの歴史や文化を「文学の観点」から見てきました。

ですがこの本では「音楽という観点」から当時のヨーロッパを知ることができました。

よくよく考えてみれば本来、文学も音楽も切り離されるものではなく、互いに関連し合って存在するものです。一九世紀半ばのヨーロッパがどのような世界だったのかを音楽という側面から眺めることができたのは非常に大きな体験でした。

この本を読んでいて、ドストエフスキーが滞在していたこともあるドイツのバーデン=バーデンという土地が出てきたり、ツルゲーネフが愛した運命の人ポーリーヌ・ヴィアルドーが出てきたりと文学者とのつながりも知れてとても面白かったです。

また、この本ではなぜ19世紀にたくさんの天才が現れたかについて郵便と鉄道網の発達が大きな要因であると指摘しています。たしかにこれらの存在によって芸術家同士のつながりや世界の在り方ががらっと変わりました。

たしかに、思い返してみれば初めてドストエフスキー全集を読んだときに驚いたのがその書簡の膨大さでした。手紙だけで信じられないほどの量が現存していることに私は度肝を抜かれたのでした。そしてそれは他の作家においても同じことで、当時の人はずいぶんとまめな人たちだったのだなと思っていたのですがこの本を読んでなぜこんなにも書簡が大切にされていたのかがわかりました。

クラシック音楽については私はほとんど知識がありませんでしたがそれでも楽しく読むことができました。知識がなくとも当時の時代背景や音楽家の個性が知れて非常に興味深い1冊です。これを読めばクラシックにとても興味が湧いてきます。私は早速この本に出てきた音楽家のCDを借りに行きました。今では少しずつクラシックの魅力にはまりつつあります。

音楽に興味がある人だけでなく、文学やヨーロッパそのものに興味がある方にもぜひおすすめしたい作品です。

以上、「ヒュー・マクドナルド『巡り逢う才能ー音楽家たちの1853年』ワーグナーやブラームスら天才音楽家が交差する奇跡の1年を描写」でした。

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