いくら美しい言葉で自分を飾り立てようとも肝心の実践がなければ虚しいものである―お釈迦様のことばに聴く

仏教コラム

うるわしく、あでやかに咲く花でも、香りのないものがある―お釈迦様のことばに聴く

五一 うるわしく、あでやかに咲く花でも、香りの無いものがあるように、善く説かれたことばでも、それを実行しない人には実りがない。

岩波書店、中村元訳『ブッダの真理のことば 感興のことば』P1

さて、今回のことばは以前にも紹介した次のことばと関連のあるものとなっています。

一九 たとえためになることを数多く語るにしても、それを実行しないならば、その人は怠っているのである。―牛飼いが他人の牛を数えているように。かれは修行者の部類に入らない。

岩波書店、中村元訳『ブッダの真理のことば 感興のことば』P12-13

いくらためになることを言ってもそれを実行しないならば意味がないということばですね。

今回のことばではそれが美しい花と香りのたとえによって表されています。

いかに鮮やかで見目麗しい花があったとしても、香りがしてこない。

いくら美しい言葉で自分を飾り立てようとも肝心の実践がなければ、香りのない花のように実りがない虚しいものであるとお釈迦様は述べられるのです。

お釈迦様は「何を言うか」よりも「何をするか」を大切にされます。

いかに外見を飾り、美しい言葉を以て自分を「善い人」に見せようとしても、肝心の実践がなければそれは本当に「善い人」と言えるようなものではない。

あなた自身そうなってはいけないし、他人の姿を見誤らないように言葉や外見ではなく、その人の行為を以て見るようにしなさいというメッセージがこのことばには込められています。

お釈迦様のメッセージが花と香りのたとえによって絶妙に表現されたことばとなっています。このお経が世界中で愛読されているのも、こうしたたとえの巧みさが大きな役割を果たしています。

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