ドストエーフスカヤ『ドストエーフスキイ夫人 アンナの日記』~ドストエフスキーのギャンブル中毒による悲惨な生活を知れる第一級の資料

アンナの日記 ドストエフスキー伝記

ドストエーフスカヤ『ドストエーフスキイ夫人 アンナの日記』概要と感想~ドストエフスキーギャンブル中毒による悲惨な生活を知れる第一級の資料

本日は河出書房新社出版の木下豊房訳、アンナ・ドストエーフスカヤ『ドストエーフスキイ夫人 アンナの日記』をご紹介します。

こちらの本は前回の記事で紹介しました『回想のドストエフスキー』の著者アンナ夫人による日記です。

アンナ・ドストエーフスカヤ(1846-1918)Wikipediaより

訳者の木下豊房氏はドストエーフスキイの会の会長を務められています。

そして私もこのドストエーフスキイの会に入会しています。当ブログにもリンクにてURLを掲載しています。ドストエーフスキイの会のHPにはドストエフスキー関連の様々な情報が掲載されていますのでそちらもご覧になって頂けましたら幸いです。

さて、早速ですがこの日記がどのようなものであるか、訳者あとがきから引用していきます。

『アンナ夫人はこの日記を書くことになったいきさつを、『回想』の下書きで次のように記している。

私の外国への旅立ちを見送る時に、母は涙にくれた。私もとてもつらかった。何しろ、母とのはじめての長い別れで、生まれてこのかた二十年間というもの、私は母のもとでぬくぬくと、快適に暮らしてきたのだから。

三月もすれば帰ってくるし、旅先からはたびたび便りをするわ、といって、私は母を慰めた。それから、秋には、外国で見ためずらしいことを全部、こと細かに話してあげるし、いろんなことを忘れないように、メモ帳をつけて、毎日の身辺のできごとを書きとめておきます、と約束した。

善は急げで、私は駅でさっそくノートを買い、次の日から速記で、興味深い事柄、関心を引いたものを記録しはじめた。このノートによって、およそ一年間続いた速記による私の日記がはじまったのである。

それは私たちの家庭的な喜びである長女ソーニャの出産準備という、もっと重大な関心事が私に生じるまでの期間だった。

河出書房新社出版 木下豊房訳、アンナ・ドストエーフスカヤ『ドストエーフスキイ夫人 アンナの日記』P555-556

そしてこの伝記の最大の見どころはドストエフスキーの賭博中毒という狂気の生活がこれ以上ないというほどの迫力で記されているところにあります。

「賭博者ドストエーフスキイ」のテーマはそれ自体独立した興味を成すものであるが、バーデン・バーデンでルーレットに明け暮れるドストエーフスキイのすさまじい姿は、日々傍にあって生活を共にした夫人の『日記』(六月二十三日―八月十一日)を読まなければほんとうにはつかめないであろう。

アンナ夫人は『回想』で、そこのところを次のようにいっている。「バーデン・バーデンで過ごした五週間を想いおこし、速記で書いた日記を読み返すたびに、それは何か、私の夫を完全にとりこにして、その重い鎖から離すまいとする悪夢のようなものに思えてくるのである」

バーデン・バーデンでの五週間は、ドストエーフスキイ夫妻の日常のなかでも、ファンタスチックなまでに、極度に変型化した日常であったが、ドレスデンやジュネーヴでの生活は、これまた文字通り散文的な日常であったといってよい。

時代を越えて繰り返される男女の、夫婦の感情のドラマがあり、たわいのない喧嘩と和解、日常の退屈があり、いかに天才的な大作家とはいえ、なんら私たちと変わりはないではないか、という奇妙な(というより自然な?)親しみを感じさせる時間の流れが絵巻となってくり広げられるのである。

バーデン・バーデンからジュネーヴ時代の経済的な逼迫感はかなりのものであったことがうかがわれるが、それでも身軽な旅行者というコスモポリタン的な時間的、精神的なゆとりが、読者にそれほどの息苦しさをあたえない。

まして、賭博というみずからの業ゆえの困窮だから、読む側もそれほど同情を感じないが、ただ、夫の賭博心理を洞察し、愛情を持って忍耐するアンナ夫人の精神力には驚嘆させられるであろう。(中略)

いずれにせよ、夫人の『日記』に描きだされているドストエーフスキイ像は、作家としての彼の内面的営みに関する限り、その一端が伝えられているに過ぎないにせよ、日常生活に生きる男として、夫として現存した彼のありのままの人間的な姿はいかなる粉飾もなく十二分に伝えられているといえよう。

まことに人間的な匂いが濃厚に立ちこめたドストエーフスキイ像を、これほど圧縮して記述した資料は他にないであろう。これこそがアンナ夫人の『日記』の最大の特徴である。

河出書房新社出版、木下豊房訳、アンナ・ドストエーフスカヤ『ドストエーフスキイ夫人 アンナの日記』P561-562

この日記にはドストエフスキーの狂気がとことんまで描かれています。

賭博に狂い、有り金全てを賭けては負け、挙句の果てに結婚指輪まで質に入れ賭博場へと駆け出していくドストエフスキー。

アンナ夫人の日記にはそんな夫を見送る悲しさややるせなさ、憤りが涙と共に記されています。この時のドストエフスキーはまさしく究極のダメ人間です。

日々減っていく金貨の数を数えるアンナ夫人の姿は壮絶なものすら感じます。

ドストエフスキーが最もダメ人間であった頃の姿を知るにはこの日記が最も強烈な印象を与えてくれるでしょう。

もはや壮絶としか言いようがないです。並の小説を読むよりはるかに劇的でショッキングなものになっています。

この日記はまさしくギャンブルに狂った人間の生態に迫ったドキュメンタリーです。しかもそれが第三者の他人ではなく妻からの目線というのですからなおさら強烈です。

ただ、この時期を経てどん底を乗り越えたからこそ、後に2人は強く結びつき幸せな家庭を築くことになります。この結末がわかっているからこそ、賭博の狂気に満ちたこの日記も暗くて絶望的な気分になることなく読むことが出来るのでしょう。

『回想のドストエフスキー』と合わせて、こちらの『アンナの日記』も読むことをおすすめします。

以上、 アンナ・ドストエーフスカヤ『ドストエーフスキイ夫人 アンナの日記』 でした。

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