オスマン帝国時代の遺産、ポチテリ~絶壁に立つ天然の要塞 ボスニア編⑬
オスマン帝国統治下に作られた城塞都市ポチテリ。ここは山の上に立つ要塞で、ここからの眺めはボスニアでも随一の美しさです。
ですがガイドのミルザさんの言うように、観光地としての潜在能力はあるけれどもそれを生かし切れていないというのがとても感じられた場所でした。
ですが日本では絶対ありえない状況の建物に入ったり、崖ぎりぎりから絶景を眺めることができたというのはある意味記憶に残る体験でありました。
オスマン帝国統治下に作られた城塞都市ポチテリ。ここは山の上に立つ要塞で、ここからの眺めはボスニアでも随一の美しさです。
ですがガイドのミルザさんの言うように、観光地としての潜在能力はあるけれどもそれを生かし切れていないというのがとても感じられた場所でした。
ですが日本では絶対ありえない状況の建物に入ったり、崖ぎりぎりから絶景を眺めることができたというのはある意味記憶に残る体験でありました。
2019年4月28日。
この日もBEMI TOURのミルザさん、松井さんと共にサラエボを散策。
この日はサラエボウォーキングツアーということで、サラエボの文化と歴史、そして紛争当時のことを学ぶ半日のスケジュール。
この記事ではサラエボの文化と歴史に焦点を当てて述べていきます。
サラエボ事件で有名なラテン橋や、日本ではなかなか見ない飲み方のボスニアコーヒーもご紹介します。
今回利用する空港はベングリオン空港。この空港は世界一出国審査が厳しいということで悪名高い。
普通の空港なら出発の2時間ほど前に空港に着けばいいところを、この空港は3時間前までには必ず着いていなければならないという条件がまずあります。
それに間に合わないとものすごく怒られるという。
それもそのはず、検査が何重にも行われ、荷物の中身もかばんを開けて全部チェックするという徹底ぶり。
そしてイスラエルで何をしていた?とかその荷物は誰がパッキングした?などたくさんの質問を受けることになる。
少しでも怪しいと別室送りになるというなんとも不安にさせるような情報もあった。
そんなベングリオン空港にこれから向かいます。
これからエルサレムの街を出発し、イスラエルの首都テルアビブに向かいます。
テルアビブと言えば首都移転問題で日本でも大きなニュースになった街。
そして事前に調べてみると、ここテルアビブは中東で最もヨーロッパを感じさせる一大ビーチリゾートなのだそう。
中東と言えば砂漠。そんなイメージがあったのですが、どうやらテルアビブは地中海に面した一大ビーチリゾートらしいのです。
宗教の聖地エルサレム、そして中東の砂漠。
そんなイメージを覆す世界がおそらくここにはあるのだろう。
マルサバ修道院からの帰り道、見晴らしの良い丘に立ち寄りました。向こうに見えるのはエルサレムの街並みです。
そこでガイドさんが言った言葉に私は凍り付いてしまいました。
そしてエルサレムに帰った後、私は改めてパレスチナ問題について考えたのでありました。
ベツレヘム近郊の断崖絶壁に立つマルサバ修道院。
まるでグランドキャニオンのような絶景が目の前に広がります。
そしてこの記事では教会と修道院の違いについて考えていきます。
難民キャンプを後にすると、いよいよイエス・キリストが生まれたという、生誕教会へと私は向かいました。
この記事ではベツレヘムの生誕教会での体験を通してイエス・キリスト、ムハンマド、ブッダの生誕についても考えていきます。
ベツレヘムの街を分離壁に沿って歩いていきます。
私が参加したツアーではパレスチナ難民が住む難民キャンプを訪れることになっています。
難民キャンプに行くのは今回が初めて。
テレビで見るような悲惨な光景を私は目の前にすることになるのだろうか・・・
この日、私はエルサレムから移動し、パレスチナ自治区のベツレヘムへと向かいました。
ベツレヘムはキリスト降誕の地として有名ですが、今この街はイスラエルによって完全に隔離された街となっています。
私はその分離壁を目の前にし、パレスチナ問題の根深さを痛感することとなりました。
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