(16)なぜインドの仏跡は土に埋もれ忘れ去られてしまったのだろうか~カジュラーホーでその意味に気づく
【インド・スリランカ仏跡紀行】(16)
なぜインドの仏跡は土に埋もれ忘れ去られてしまったのだろうか~カジュラーホーでその意味に気づく
カジュラーホーの西寺院群を堪能した私は一旦宿に戻って休息し、暑さの和らぐ夕方に南寺院群へ向けて再び出発した。
西群の巨大な寺院が連なるエリアと違って、南群はそれこそ田舎の農村にポツンと現れるちょっとした公園という雰囲気。
ここドゥラーデーオ寺院は観光客も少なく、のどかで落ち着いた雰囲気でとても居心地が良い。緑も多く、歩いているだけで爽やかな気分になった。これは素晴らしい。
そして私は堂内に入って驚いた。この堂内に入った瞬間、何か精神的な空気を感じたのである。ここは何かが違う・・・。
カジュラーホーの西群も実に素晴らしい建築や彫刻でいっぱいだったが、瞑想的な空気をそこで感じることはできなかった。観光客もたくさんいたのでそれどころではなかったというのもあるかもしれない。
しかしここは違った。明らかにピンと引き締まった空気を感じたのである。なぜかはわからない。だが、ここには私の精神に訴えかける何かがあったのだ。
この寺院にも無数の彫刻が施されていて、その精緻さにはやはり圧倒されるほかない。
そしてこれらの彫刻を見て気づいたのだが、西群と比べて明らかにミトナ像が少ないのである。露骨な性描写もほとんど見られない。男女一対になって立っている像があるくらいなのである。やはり西群のミトナ像が特殊なのだということをここで改めて感じることとなった。
さて、ここまで3記事にわたりカジュラーホーについてお話ししてきたが、そもそもこのカジュラーホー寺院群はいつ頃に建設されたのだろうかと気になった方もおられるかもしれない。
これらカジュラーホー寺院群を建設したのは9世紀から14世紀初頭にかけて存在したチャンデーラ王朝だとされている。
チャンデーラ王朝は宗教に寛大で、領内に多くの寺院を建立した。そしてその中でも最も大規模かつ壮麗に作られたのがここカジュラーホー寺院群だったのである。これらの寺院のほとんどが950年から1100年頃にかけて建立され、かつて85あった寺院のうち、現在は22の寺院がその姿をとどめている。
ただ、これらカジュラーホー寺院群もそのままここにあったわけではない。
「?」と思うかもしれないが、実はここカジュラーホーは14世紀初頭にイスラーム勢力に滅ぼされてしまった後、すっかり忘れ去られてしまったのである。
その存在が再発見されるのは1838年を待たねばならない。イギリス人が虎狩りでこの近辺を訪れた際、偶然この遺跡を見つけたのだそうだ。
つまり、このカジュラーホー寺院群は500年間、ほとんどその存在を知られることないまま埋もれてしまっていたのである。
こんな巨大な寺院群が人々に忘れ去られていたなんてことがありえるのだろうかと不思議に思うかもしれない。だが、事実、インド各地の仏教遺跡も同じような運命を辿っているのである。
有名なアジャンタ、エローラ遺跡も同じように19世紀にイギリス人によって発見された。それに仏跡のサールナートや祇園精舎、ブッダガヤなども全てそうだ。それらはインド人達からも忘れ去られ、土に埋まっていたのである。
今となっては信じられないが本当に土に埋まり忘れ去られていたのだ。
カジュラーホーもまさに同じように現地の人からも忘れ去られた存在だったのである。
私はこうした解説を本で読み、ずっと疑問に思い続けてきた。土に埋まり忘れ去られたといっても、さすがにこんな巨大な遺跡が丸々忘れ去られるなんてありえるのだろうかと。
そこで私はガイドさんにそのことを質問してみた。
すると、「はい、たしかにその通りです」と答えてくれた。
だが、それだけでは納得がいかない。私はもっと掘り下げて質問してみた。「土が10メートル以上も積み重なるものなのでしょうか?さすがに難しくないですか?」と。
これに対しガイドさんはようやく私の言わんとしていることが呑み込めたようで、こう解説してくれた。
「上田さん、あの木を見て下さい。」ガイドさんは目の前の大きな木を指さした。
「ものすごく大きいですよね。昔はこの辺りにこういう木がたくさん生えていたんです。もちろん、お寺のすぐ近くにもたくさん生えていました。これがお寺を隠してしまうのです。遠くから見たらそこは森にしか見えません。」
ほお!そうか!そういうことだったのか!土よりもまず木に埋もれるのか!
実際、境内から外を見てみるとそれを強く実感できた。塀の向こう側にはすぐ川が流れていて、目の前に茂っている木々は対岸のものだ。こうして見るとたしかに木々の向こうは全く見えない。
今はこの寺院の境内が整備されここには木がないが、かつてはここも対岸と同じような状況だったことだろう。それならばこの寺院が遠くからは全く見えないのも当然だ。
でも、近くに来ればお寺があることくらいすぐわかるではないか。そんな疑問も浮かんでくる。それに対してもガイドさんはこう答えてくれたのである。
「カジュラーホーはそもそも王国の主要都市から離れた辺鄙な場所に作られました。なぜこんな辺鄙な場所に作られたのかは今でもわかっていませんが、侵攻してきたイスラームの人達にとってここは重要な場所ではありませんでした。なのでわざわざここを統治することもなかったのです。
そしてさっきも言いましたように、ここは大きな木がたくさん生えるジャングルになりました。地元の人はジャングルには入ろうとしません。肉食動物やヘビが出て危険なのです。山賊もいました。そんな危険な場所にわざわざ行く地元民はほとんどいません。
それにそもそも農民たちは自分の村から出ようとしません。出たとしても街道しか通りません。道のないジャングルに入っていくなどほとんどなかったことでしょう。だからこの遺跡は忘れられてしまったのです」
なるほど!そういうことだったのか!
これなら納得できる。ジャングルはあまりに危険だ。そこに人は立ち入らない。しかもそれは政府からすれば天然の要塞だからむやみに開発することもありえない。ジャングルは国防上も有用な存在なのだ。これはスリランカ仏教を学ぶ過程で読んだロバート・ノックス著『セイロン島誌』の記述とも完全に一致する。
そうか、そういうことだったのだ。やはり実際に来てみて実感することがある。現地に来てこの巨大な木々を見たからこそ私の積年の疑問が解けたのだ。
仏跡もきっと同じような過程を経て忘れ去られていったのだろう。仏跡も街から離れた辺鄙なところに作られている。瞑想修行をするためには賑やかな街から離れなければならなかったのだ。おそらく、それらの仏跡も木々に遮られ遠くから見えることがなくなったまま徐々に荒廃し土に埋もれていったのだろう。私がカジュラーホーの次に訪れたサーンチー遺跡もまさにそうした流れを辿っている。
これは私にとって嬉しい発見だった。私の意を汲み取ってくれたガイドさんには本当に感謝している。
実は今回の第二次インド遠征は前回8月のガイドさんとは違う方が担当してくれている。
こちらのSubash Guputa(スバッシュ・グプタ) さんはインド日本語ガイド歴35年の大ベテランで仏跡ツアーのスペシャリストだ。このガイドさんには翌2月の仏跡巡りでもお世話になっていて、私も全幅の信頼を置いている。
心強い味方を得て私は二度目のインド滞在をこうして充実して過ごすことができたのだ。
先ほども述べたように、この寺院のすぐそばには川が流れている。
前回の記事「(15)インドのシヴァ・リンガ信仰~男根信仰が今なお篤く信仰されるヒンドゥー教の性愛観について」でもお話ししたシヴァ・リンガもあった。
橋のすぐそばには沐浴場もあった。右の写真の階段状になっているのがそれである。
田舎の川とはいえやはり汚い・・・。ゴミがたまっていて何とも言えない気分になる。
そんな川を眺めているとガイドさんはこう言った。
「上田さん、手前の赤い布が見えますか。あれ、火葬した跡ですよ」
え!?ここで火葬したんですか?
「そうです。インド人は川があればそこで火葬します。」
ガンジスの聖地ヴァーラーナシーで火葬するならわかるが、ここは普通の川ではないかと戸惑っていた私であったが、それに対してもガイドさんは的確な答えを与えてくれた。
「全ての川はガンジスに繋がっています。だから大丈夫です」と。
ふ~む、そういうものなのだろうか。でも、たしかに人が亡くなったらその度にヴァーラーナシーにまで出かけて行かねばならぬなんてそもそも不可能だ。村の火葬場は村の近くにあらねばならない。そういうことなのだろう。
私はこの後も近くのチャトゥルブジ寺院を訪れ、夕陽に照らされたカジュラーホー彫刻を堪能した。
ここに祀られているシヴァ・シナムルティ像もカジュラーホー彫刻の傑作として高い評価を受けている。たしかにこの像には並々ならぬ力強さを感じた。
それにしてもここはのどかだ・・・。
カジュラーホーは今でも田舎の農村という雰囲気を色濃く残している。ガイドさんも言っていたが、ここにいる人達は皆時間がゆったりしている。忙しい都会人達とは全く違う生活だ。電気も通ってない場所も多々あるが、それでもこのゆったりとした自給自足的な生活を愛する人がたくさんいるのだそうだ。
カジュラーホーでの体験は実に刺激的で興味深いものがあった。それに、まさかここで「なぜ仏跡が土に埋もれたまま忘れ去られたか」という疑問が氷解するとは思っていなかった。これは嬉しい発見だった。
第二次インド遠征は幸先上々!
次に向かうはインド最大・最古級のストゥーパ(仏舎利塔)で有名なサーンチーだ。
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※以下、この旅行記で参考にしたインド・スリランカの参考書をまとめた記事になります。ぜひご参照ください。
〇「インドの歴史・宗教・文化について知るのにおすすめの参考書一覧」
〇「インド仏教をもっと知りたい方へのおすすめ本一覧」
〇「仏教国スリランカを知るためのおすすめ本一覧」
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