(58)マリユス、女性達が思わず振り向くほどのイケメンになるも、堅物ぶりに拍車がかかる

「ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む」(58)マリユス、女性達が思わず振り向くほどのイケメンになるも、堅物ぶりに拍車がかかる
第三部 マリユス 第六章 二つの星の出会い
貧乏暮らしを経て精神的に成長したマリユスでありましたが、彼も20歳に近づき身体的にも大きな変化が起こっていました。元々美少年であったマリユスが、美青年として一層魅力を放つようになっていたのです。
ただ、相変わらず彼は貧乏暮らしでありましたので、服装はよれよれです。さすがの彼も服装にはコンプレックスがあったようで、かなりそれを気にしていたようです。そしてそれによって元々堅物であったマリユスがさらに堅物になってしまうのでした。
貧苦のどん底にいたとき、自分が通ると、若い娘たちが振向くのに気がついて、逃げたり、隠れたりしたが、それは死ぬほど悲しかったのである。古ぼけた服を着ているから、自分を見て笑っているのだと思ったのだが、実は、彼の美しさに見とれて、あこがれていたのだった。
そうして行きずりの美人たちを勝手に誤解したために、彼は人づきの悪い男になった。これぞと思う女はいなかったが、どの女からも逃げ出してしまったのだから、当たり前である。彼はそうしてつかみどころのない生活、クールフェラックに言わせると馬鹿げた生活をしていた。
クールフェラックはまたこうも言った。「そう聖人ぶろうとするなよ(二人はへだてのない言葉で話し合った。知らぬ間にへだてのない言葉になるのは、青年の友情の特徴である)。ねえ君、忠告するぜ。そんなに本ばかり読まないで、もう少し女の子でも見るんだな。女の子もいいもんだぜ、マリユス!逃げ出したり、赤くなってばかりいると、馬鹿になるぜ」
またあるとき、クールフェラックは彼に会うと言った。
「こんにちは、司祭さん」
クールフェラックにそんなことを言われると、マリユスは、一週間の間、これまで以上に、老若を問わず女を敬遠し、そのうえクールフェラックまで敬遠した。
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈢』P227-228
なるほど、女性たちから憧れられているのにマリユスは勘違いしてこんなことになってしまっていたのですね。
マリユスらしいといえばマリユスらしいですが、もし彼が身なりをピシッとできるほどお金があったらどうなっていたでしょうか。祖父ジルノルマンは名うての女たらしでありましたが、その血を受け継いでいるとすると、マリユスももしかしたら同じ道を辿ったかもしれません。
ただ、このマリユスがたとえ服装をピシッとして女性達からキャーキャー言われようと、きっとまた別の何らかの理由で女性達から逃げていくような気もしてしまいます。いや、きっとそうなるでしょう。マリユスにはそうであってもらわねば困ります。
さて、こうしてイケメンなのに女性が苦手なマリユスが出来上がっていったわけですが、この時代にマリユスのような男は普通だったのでしょうか、それとも珍しかったのでしょうか。
実際のところは私にもわかりませんが、少なくとも1820年代頃のパリを描いたバルザックの名作『ゴリオ爺さん』『幻滅』の二作品では恋愛こそ男の成り上がりに必須の条件であり、ここにこそパリの戦場があったと記されています。
以前当ブログでも「なぜフランス人男性はモテるのか~パリの伊達男「ダンディー」の存在から考えてみた」という記事でパリの恋愛事情についてお話ししましたが、それはまさにここに繋がります。
19世紀のパリの社交界は私たちが想像する社交界とはだいぶ違った構造のものでした。
そこでは女性が中心で、彼女たちに寵愛を受けるかどうかで社交界での位置が決まるという仕組みだったのです。婦人に好かれれば階級の階段を一気に駆け上がれる。これは野心ある青年たちにとってのフレンチ・ドリームだったのでした。
そのフレンチ・ドリームを描いたのが何を隠そう、バルザックの『ゴリオ爺さん』という作品なのです。
タイトルは『ゴリオ爺さん』という「読みたい欲」をあまりそそらない無骨なものではありますが、実はパリの青年たちの成り上がりの過程が描かれたたものすごく刺激的な作品です。
主人公のラスティニャックは表の世界の出世の道を辿ることを早々に諦めた青年です。家が貧しく、そんな余裕はなかったのです。そこで彼が目指したのが貴婦人に気に入られ、社会の階級を一気に駆け上るダンディーへの道だったのでした。まさに恋愛が自分の人生を決定づける世界です。
そしてこの『ゴリオ爺さん』の続編に当たるのが『幻滅』になります。この『幻滅』も恋愛に関する様々な戦いが描かれていて、かなり壮絶な内容となっています。以下の映像でその雰囲気が感じられると思いますのでぜひご覧ください。
1820年代のパリはこういう世界だったのです。特にマリユスは学生ですので、『ゴリオ爺さん』の主人公ラスティニャックとかなり似た境遇です。華やかな世界にあえて飛び込んで一発逆転を狙ったラスティニャックと、女性から逃げるように自分の世界に閉じこもるマリユス。この対比は非常に興味深いです。
もちろん、マリユスが家を飛び出したのは1827年ということで、『ゴリオ爺さん』や『幻滅』よりもほんの少し後のことです。なのでそっくりそのままこの社交界があったかどうかは何とも言えませんが、こういう風潮がパリにあったのは事実でありましょう。クールフェラックが恋について語るのも当然です。
こう見ていくとマリユスの堅物ぶりというのはかなり特異な性格であることが見えてくるのではないでしょうか。
そしてここからいよいよマリユスとコゼットの恋が始まっていくのでありますが、これがまたミュージカルとは違う驚きの展開となっています。なんと、彼らは一目惚れどころではなく、恋が始まるまで1年以上もかかってしまうのです。
続く
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