スタンダール『赤と黒』あらすじと感想~19世紀フランス社会を知るのにおすすめの傑作小説!名言の宝庫!

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スタンダール『赤と黒』あらすじと感想~19世紀フランス社会を知るのにおすすめの傑作小説!名言の宝庫!

今回ご紹介するのは1830年にスタンダールによって発表された『赤と黒』です。私が読んだのは1972年に講談社より発行された大岡昇平・古屋健三訳の『赤と黒』1979年第8刷版です。

スタンダール(1783-1842)Wikipediaより

早速この本について見ていきましょう。

時に軍人を、時に僧職を志望しつつ、機会をとらえては美貌の人妻を誘惑し、侯爵令嬢を征服する野心家ジュリアン・ソレル。恋愛と野望に敗れた情熱家の悲劇を、精緻な心理解剖と大胆な愛欲描写の裡に展開し、さらに反動期社会の時代精神を盛り込んだ不朽の政治社会小説。

講談社、スタンダール、大岡昇平・古屋健三訳『赤と黒』1979年第8刷版裏表紙

今回はせっかくですのでさらに詳しいあらすじを鹿島茂著『フランス文学は役に立つ!』からも見ていきます。

ドゥーブ川に面したフランシュ・コンテ地方の町ヴェリエールの町長レナール氏はブルジョワ的な見栄から,家庭教師として,シェラン神父の推薦する19歳の青年ジュリアン・ソレルを雇い入れる。ジュリアンは製材所を営む粗暴なソレル爺さんの三男で,学問とは無縁の環境に育ったが,親戚の元軍医正からラテン語の手ほどきを受けたのがきっかけとなって自我に目覚め,ナポレオンの回想録に読み耽り,彼のような英雄になりたいと願うようになる。しかし,時代が帝政から王政復古に変わつたのを見て,赤(軍服)よりも黒(僧服)の制服をまとってヒエラルキーを駆け登ろうと決意していたが,そこに家庭教師の話が舞い込み,レナール家を訪れてレナール夫人と出会う。

レナール夫人は16歳で俗人のレナール氏に嫁ぎ,3人の男子をもうけてはいたが,まだ30歳の女盛り。厳しい家庭教師を予想していたところに,女の子のようなジュリアンが現れたので,心は一気にジュリアンに傾いていく。一方,ジュリアンはというと,夫人の示す好意を階級差からくる侮辱と受け取り,復讐のために夫人を誘惑してやろうと心に決める。誘惑計画はジュリアンにとってナポレオンの作戦行動と同じであり,義務の遂行としか感じられなかった。ジュリアンは夫人の手を握ることから始めて,ついに目的を達するが,そのとき予期せぬことが起こる。野心から出発したはずのジュリアンが不覚にも夫人に恋してしまっていたのだ。だが,恋人たちの幸せは長くは続かなかった。2人の関係を詳細に記した匿名の手紙を受け取ったレナール氏がジュリアンに解雇を言い渡したのだ。

こうしてヴェリエールを離れたジュリアンはブザンソンの神校に入学し,改めて聖職での出世を目指すことになるが,そこで出会ったピラール神父からラ・モール侯爵邸の図書室司書になるよう勧められ,パリに向けて出発する。

ラ・モール侯爵家は,アンリ四世の王妃マルグリット(マルゴ)の恋人で,斬首された貴族ポニファス・ド・ラ・モールに連なる名門貴族だった。その令嬢マチルドは莫大な持参金と美貌ゆえに求婚者がひきもきらなかったが,先祖のラ・モール爵のように斬首覚悟で恋人に尽くすほど気骨ある男が現れることを夢見て,求婚者をすべて退けていた。そこに現れたのがジュリアンだった。マチルドは彼の野心の中に秘められた高貴な魂を認めたが,マチルドにも強烈な自尊心があったため,2人の恋はさながら「自尊心のバトル」のような様相を呈することになり……。

NHK出版、鹿島茂『フランス文学は役に立つ!『赤と黒』から『異邦人』まで』P57-58

『赤と黒』はサマセット・モームの『世界の十大小説』にも取り上げられた名作です。

巻末の解説ではこの作品について次のように述べられています。

スタンダール(マリ・アンリ・べール。一七八三―一八四二)の文学史的位置について解説する必要はないだろう。バルザックと並んで、フランス・レアリスムの大家として、わが国でも最も多く読まれ、論じられている作家である。(中略)

『赤と黒』は一八三〇年十一月出版、『アルマンス』(一八二七)に次いで、長篇として第二作であるが、その代表作として認められている。『パルムの僧院』(一八三九)の暢達と詩情に魅力を感じる人もいるが(筆者もその一人だが)、その時代のフランス社会を描いた、いわゆるアクチュアリティにおいて、また内外の文学に与えた影響において、『赤と黒』をスタンダールの代表作とする点において異論の余地はない。

才能のある下層階級の子ジュリアン・ソレルという、いわゆる問題的個人を主人公に据え、その野心と生の充実の願望と、社会的諸勢力との相剋を描いた。それはこの小説の書かれた一八三〇年において、典型的な状況だっただけでなく、その後百五十年の間、世界のあらゆる場所で、なんらかの形で繰り返された情況だった。(中略)

それぞれの人物が、現実の次元より一廻り大きく描かれ、劇的な経過において、その偉大さを競うという点で、古来傑作といわれる作品の条件を、『赤と黒』は具えている。

講談社、スタンダール、大岡昇平・古屋健三訳『赤と黒』1979年第8刷版P724-725

「才能のある下層階級の子ジュリアン・ソレルという、いわゆる問題的個人を主人公に据え、その野心と生の充実の願望と、社会的諸勢力との相剋を描いた。それはこの小説の書かれた一八三〇年において、典型的な状況だった」

この作品ではまさに一九世紀前半から中頃にかけてのフランス青年の成り上がり物語が描かれています。

そして興味深いのが上で見ていった鹿島氏の解説にありますように、その成り上がりに「恋愛」が大きなウエイトを占めているという点です。「ナポレオンの作戦行動と同じ」という印象的な言葉もそこにありましたよね。

ナポレオンも下級貴族から自分の才覚で皇帝まで成り上がりました。そしてそれと同じように今作の主人公ジュリアン・ソレルも成り上がりを目論みます。その手段として恋愛があり、それを足掛かりに一気に階級上昇を狙うという社会風潮がたしかにあったのがこの時代のフランスだったのでした。

このことについては鹿島茂著『馬車が買いたい!』で詳しく説かれていますのでぜひこちらもご参照ください。

そしてこの『赤と黒』の成り上がりと恋愛のテーマはバルザックの『ゴリオ爺さん』とも非常に重なっています。

バルザックはスタンダールを激賞し、その作品を大いに褒め称えていました。バルザックもこうしたフランスの成り上がり事情をつぶさに観察し、自身も作家としての成り上がりを目指していたのでありました。

一九世紀前半はまさにナポレオン旋風が吹き荒れた時代です。1815年に彼の没落が決定的となった後もこうしてフランスの若者たちを刺激し続けていたのがやはりナポレオンだったのです。

そんなぎらぎらしたフランス事情を知る上でもこの作品は非常に興味深いものがありました。

また、この記事のタイトルにも書きましたように、この作品は名言がどんどん出てきます。思わずため息が出るような格好いい言葉が書かれているのもこの作品の魅力です。そのいくつかを紹介します。

俺は生活しているつもりだった。が、人生の下準備をしていただけだった。今やっと世間へ乗りだした。本物の敵にとり固まれて、これは俺が自分の役割を終わるときまで変わるまい。

講談社、スタンダール、大岡昇平・古屋健三訳『赤と黒』1979年第8刷版P250

「もし誰かが才能を持っているように見えるなら、その男の望むこと計画することのすべてに障碍をおいてみるといい。もしその才能が真のものならかならず障碍を打ち破るか、それを避けることができるだろう」

講談社、スタンダール、大岡昇平・古屋健三訳『赤と黒』1979年第8刷版P274

人生というエゴイズムの砂漠では、みんな自分本位なのだ

講談社、スタンダール、大岡昇平・古屋健三訳『赤と黒』1979年第8刷版P452

蜉蝣かげろうは、盛夏の朝九時に生まれ、宵の五時には死んでしまう。この虫に、どうしてという言葉がわかるだろう?

講談社、スタンダール、大岡昇平・古屋健三訳『赤と黒』1979年第8刷版P712

他にもまだまだ格好いい言葉がどんどん出てきます。野心に燃えるジュリアン・ソレルの独白はやはり迫力があります。彼は冷静に社会を見つつも内に秘めた激情を抑えきれません。その心理をスタンダールは見事な筆さばきで描いていきます。流れるように展開していくジュリアンの独白と社会描写。これは読んでいてぞくぞくするほどでした。

この作品をサマセット・モームが十大小説に選んだのもわかります。これほどまでに赤裸々かつ痛烈にフランス社会と青年の心を描くこの作品は恐るべき傑作です。

非常に刺激的な一冊です。19世紀フランスを代表する名著中の名著です。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

以上、「スタンダール『赤と黒』あらすじと感想~19世紀フランス社会を知るのにおすすめの傑作小説!名言の宝庫!」でした。

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