芥川龍之介『河童』あらすじと感想~河童の国へ迷い込むとそこには?奇妙な異世界を通して近代日本を風刺した名作

河童 三島由紀夫と日本文学

芥川龍之介『河童』あらすじと感想~河童の国へ迷い込むとそこには?奇妙な異世界を通して近代日本を風刺した名作

今回ご紹介するのは1927年に芥川龍之介によって発表された『河童』です。私が読んだのは新潮社、『河童・或阿呆の一生』2022年第百六刷版所収版です。

早速この本について見ていきましょう。

自ら死を選んだ文豪が最晩年、苦悩の中で紡いだ奇跡の傑作6編。

芥川最晩年の諸作は死を覚悟し、予感しつつ書かれた病的な精神の風景画であり、芸術的完成への欲求と人を戦慄させる鬼気が漲っている。
出産、恋愛、芸術、宗教など、自らの最も痛切な問題を珍しく饒舌に語る「河童」、自己の生涯の事件と心情を印象的に綴る「或阿呆の一生」、人生の暗澹さを描いて憂鬱な気魄に満ちた「玄鶴山房」、激しい強迫観念と神経の戦慄に満ちた「歯車」など6編。
「或阿呆の一生」と「歯車」は死後の発表となった。

Amazon商品紹介ページより
芥川龍之介(1892-1927)Wikipediaより

『河童』は芥川龍之介の自殺直前に書かれた作品です。

この作品はある男が河童の国に迷い込み、そこで目にした奇妙な世界を通して私たちが生きる世界を風刺していくという物語です。

河童の世界といっても、身体の構造が違うくらいで、その生活ぶりはほとんど人間と変わりません。川の中に住んでいるのでもなく、地上で人間が住むのと同じような建物に住み、私達と同じようなライフスタイルを送っています。ただ、その価値観、倫理観が私達人間と全く異なるのです。そのずれを目の当たりにした男は何を思うのか。彼は人間世界に無事戻ることができるのかというのが大きな流れになります。

この作品について『文豪ナビ 芥川龍之介』では次のように解説されています。

生きることの痛々しさとともに味わいたい
素の芥川をさらけ出した『河童・或阿呆の一生』

いよいよ晩年の短編集『河童・或阿呆の一生』の出番です。

この料理は、これまで食べてきた何皿かの料理とは、明らかにちがいます。第一に、シェフの卓越した技が感じられない。素材の珍しさを競うのでもなく、包丁さばきの大胆さを誇るのでもなく、細心の盛りつけ(コーディネート)を楽しむ余裕も芥川は失っているのです。自殺前夜の心境が伝わってきます。

凝りに凝った芥川らしさが薄まっていて、こまぎれの心象風景を無造作にちぎって、ナマのままで皿の上に雑然と置いたという感じ。ところが、この皿の味わいが奇妙に心に残るのです。必死に筆を握っているのが、ひしひしと感じられるんです。(中略)

『河童』は、そういう芥川が力を振り絞って書き綴った中編。『ガリバー旅行記』のように、語り手が、河童の国に行ってきた思い出を切々と打ち明けます。

人間の世界は、汚い。自分の幸福のために、他人を犠牲にして不幸に転落させて少しもかえりみない。金銭欲や名誉欲や性欲に取り憑かれて苦しみ、幸福に暮らしている他人を見たら嫉妬して足を引っ張る亡者たちばかり……

近代社会の汚濁に絶望した芥川は、主人公に「もう一つの世界」である河童の国を訪問させます。しかし、河童の国に幻滅してもどってきた主人公は、人間たちとの暮らしに適応できなくなっていました。

昔話ではよく、現実を器用に生きられない若者がユートピアに旅立ちます。そこで「宝物」を獲得して、現実世界に戻ってくる。持ち帰った宝物の力と、宝物に向かってどういう具体的な幸福を願うかという知恵の力で、たくましく現実を生き抜くのです。

でも、昔話はあくまで昔話にすぎない。近代社会は、一人のカでは動かしようがないし、変えようもない。芥川はそう感じていたのでしようか。

新潮文庫、『文豪ナビ 芥川龍之介』P31-33

「人間の世界は、汚い。自分の幸福のために、他人を犠牲にして不幸に転落させて少しもかえりみない。金銭欲や名誉欲や性欲に取り憑かれて苦しみ、幸福に暮らしている他人を見たら嫉妬して足を引っ張る亡者たちばかり……」

これらのことをストレートに批判しても当たり前すぎて誰の心にも響きません。誰もがそんなことを知っているからです。ですが、だからこそ文学の力があります。別の世界を見ることで、空想の世界へ旅することで私達の実生活のありようを違った視点から捉えさせることになります。

その典型的な例がスウィフトの『ガリヴァー旅行記』です。

リリパットの海岸にうちあげられ気絶しているところを軍隊によって縛り上げられたガリヴァー Wikipediaより

小人の国で全身を縛られる姿は誰もが知る有名な場面ですよね。この小説も私たちの現実世界と全く異なる世界を旅することによって人間社会を風刺しています。

そして巻末の解説でも挙げられていましたが、フランスの啓蒙思想家ヴォルテールの『カンディード』の存在も見逃せません。

ヴォルテール(1694-1778)Wikipediaより

『カンディード』もまさに旅の最中で様々な世界を目の当たりにします。そして彼らはこの世の善とは何なのかを探究していきます。この小説は世界中の文学者に影響を与え、あのドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』にも強い影響を与えています。

こうした文学の力を芥川龍之介もまさに受け継いでいます。

芥川は「河童の世界」を通じて痛烈に日本のありさまを問うてきます。

ひとりひとり(一匹一匹?)の河童がなんと個性的でユーモラスなことか。そして、なんと不気味なことか・・・。

これが芥川龍之介の決死の抗議、人生最後の警告の意味も込めての作品だったかと思うとぞっとします。彼はこの作品の発表後一年も経たずして自殺してしまいます。

芥川龍之介の死から間もなく100年になります。ですが100年経っても芥川の作品は決して色あせません。文学の力は連綿と今を生きる私たちに受け継がれています。

こうした日本文学、世界文学の大きな流れ、「異世界物語」の大きな意味を改めて知ることになった読書となりました。間違いありません。『河童』は名作です。

ぜひぜひおすすめしたい作品です。

以上、「芥川龍之介『河童』あらすじと感想~河童の国へ迷い込むとそこには?奇妙な異世界を通して近代日本を風刺した名作」でした。

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