『資本論』制作に向け喝を入れるエンゲルス~二人の共同作業とエンゲルスの貢献「マルクス・エンゲルスの生涯と思想背景に学ぶ」(46)

マルクス・エンゲルスの生涯と思想背景に学ぶ

『資本論』制作に向け喝を入れるエンゲルス~二人の共同作業とエンゲルスの貢献「マルクス・エンゲルスの生涯と思想背景に学ぶ」(46)

上の記事ではマルクスとエンゲルスの生涯を年表でざっくりとご紹介しましたが、このシリーズでは「マルクス・エンゲルスの生涯・思想背景に学ぶ」というテーマでより詳しくマルクスとエンゲルスの生涯と思想を見ていきます。

これから参考にしていくのはトリストラム・ハント著『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』というエンゲルスの伝記です。

この本が優れているのは、エンゲルスがどのような思想に影響を受け、そこからどのように彼の著作が生み出されていったかがわかりやすく解説されている点です。

当時の時代背景や流行していた思想などと一緒に学ぶことができるので、歴史の流れが非常にわかりやすいです。エンゲルスとマルクスの思想がいかにして出来上がっていったのかがよくわかります。この本のおかげで次に何を読めばもっとマルクスとエンゲルスのことを知れるかという道筋もつけてもらえます。これはありがたかったです。

そしてこの本を読んだことでいかにエンゲルスがマルクスの著作に影響を与えていたかがわかりました。かなり驚きの内容です。

この本はエンゲルスの伝記ではありますが、マルクスのことも詳しく書かれています。マルクスの伝記や解説書を読むより、この本を読んだ方がよりマルクスのことを知ることができるのではないかと思ってしまうほど素晴らしい伝記でした。

一部マルクスの生涯や興味深いエピソードなどを補うために他のマルクス伝記も用いることもありますが、基本的にはこの本を中心にマルクスとエンゲルスの生涯についてじっくりと見ていきたいと思います。

では、早速始めていきましょう。

『資本論』制作の始まり~マルクスに喝を入れるエンゲルス

書簡は一方通行だったわけではない。手紙からはマルクスが『資本論』に関する考えを、エンゲルスと相談しながら発展させていた度合いも明らかになる。

同書の初期の推進力の多くは、エンゲルス自身によるものだった。早くも一八五一年には、彼はマルクスをたしなめている。「大切なのは、君がもう一度、充実した内容の本で世間にデビューをはたすことだ……長期にわたってドイツの書籍市場に登場しないことで生じた呪縛を解くことが、絶対に不可欠だ」。

九年後、まだ近々出版できるという明らかな見通しがないなかで、エンゲルスは彼に些細な学問上の屁理屈をこねて無駄に遅らせている著作の決定的な重要性を思いださせた。「肝心なことは、これが執筆され、出版されることだ。君が考えている弱点など、あのロバどもには絶対に見つからない。それに不穏な時代になって、君が『資本論』を完成させる前に、すべてが中断させられたら、君にいったい何が残されるというのだ?」
※一部改行しました

筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P260

今となってはマルクスは世界中で知らぬものはいない超有名人ですが、存命中はそうではありませんでした。

ましてロンドンに亡命し始めてからは、無数にいる政治犯の一人という位置づけです。そんな中でくすぶっていたら為すべきことも成せません。そこでエンゲルスはマルクスに喝を入れたのでした。

以前の記事「マルクスと大英博物館図書館~毎日12時間研究に没頭する鬼のような読書家マルクス「マルクス・エンゲルスの生涯と思想背景に学ぶ」(43)」でもお話ししましたが、マルクスは完璧主義すぎて次から次へと本の海に沈没し、なかなか作品を書き上げることができないでいました。そんなマルクスを見かねてエンゲルスは喝を入れたのです。

やはりマルクスはマルクスだけにあらず。エンゲルスという盟友あってこそだなと感じます。

大英博物館図書館での定席にて研究・執筆するマルクス

最終的に、大英博物館の読書室内の定席となった七番座席で、マルクスは本腰を入れて作品を書き始めた。

そして、まもなく専門的資料を依頼して、エンゲルスを悩ませ始めた。大英博物館は多くのものを提供してくれたものの、資本主義の機能を理解することにかけては、マンチェスターの綿産業界の実態に代わるものではなかった。

「いま経済学に関する研究で、君から実際的な助言が必要な時点に達している。理論的な書物には、関連するものが何も見つからないからだ」と、マルクスは一八五八年一月に書いた。「これは資本の循環に関するものだ。さまざまな事業におけるさまざまな形態や、利潤と価格への影響について。これらに関するなんらかの情報を提供してもらえたら、非常にありがたい」。

それから機械設備費と減価償却率、社内での資本配分、会計上での売上高の計算に関する一連の質問がつづいた。「これについての理論的法則はごく単純で、自明のものだ。しかし、実践においてそれがどう機能するのかを知っておくのはよいことだ。」

それから五年間というもの、現実の情報を求める依頼は寄せられつづけた。「たとえば君の工場などで雇用されているあらゆる種類の労働者について情報をもらえないだろうか?またそれぞれどの程度の割合でいるのかについても」と、マルクスは一八六二年に問い合わせた。

「私の本のなかで、機械工場では、製造業の土台をなす分業が、A[アダム]・スミスが説明したようなかたちでは存在しないことを例示する必要があるからだ……。必要なのは、そうした種類の実例なんだ」。

エルメン&エンゲルス商会でエンゲルスが過ごした年月が、経験にもとづく『資本論』の基礎となったのである。「実践はあらゆる理論に勝るのだから、君がどう事業を経営しているのか、きわめて正確に(事例をあげて)説明してくれるように頼みたい」と、別の一連の質問は始まった。
※一部改行しました

筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P260-261

マルクスは大英博物館にこもり、それはもはや指定席のようになっていたのでした。

そして彼は文献だけでなく、現場のデータもエンゲルスから取り寄せ思索を続けていきます。まさにマルクス・エンゲルスの共同作業がこの博物館の指定席で行われていたのでした。

エンゲルスの貢献と理論構築に行き詰まるマルクス

エンゲルスの貢献は、彼が生みだされつつあるマルクスの経済哲学の反響板となるにつれ、統計的なものばかりではなくなった。

「文章にすると長ったらしくなる複雑な問題について、一言二言、言わせてくれ。それで、これに関する君の見解を伝えてもらうことになるだろう」と、マルクスは一八六二年八月二日付の手紙をそう書きだした。

それから彼は不変資本(機械設備)と可変資本(労働)の違いについて説明を始め、「余剰価値」論の初期の考えを提示し、それが『資本論』の基盤となった。

エンゲルスは同じやり方で答え、工員の労働の価値と労働賃金率における相対的報酬を計算したマルクスの方法にたいし、方法論的にいくつもの反論をあげた。

しかし、厳密に問いつめられるのをマルクスが楽しむことはまずなく、そのような批判は「第三巻にいたるまでは」まともに対処することはできないと軽く答えた。「私があらかじめそうしたすべての反対意見に反論したいなどと思えば、解説の弁証法的方式の全体を損なうことになるだろう」

『資本論』に関しては膨大な量の書簡が交わされたにもかかわらず、そのような複雑なテーマを書面で追究することは、ときにはあまりにも堪え難いものとなりえた。「数日間でもこちらへくることはできないのかね?」と、マルクスは一八六二年八月二十日に尋ねた。

「自分の批評のなかで、旧説をあまりにも多く覆したので、この先に進む前に君に相談したい点がいくつかある。こうした問題を文章で議論するのは、君にとっても私にとってもうんざりするものだ」。

そして、精力的なエンゲルスですら、会社で一日仕事をしたあとでは、悟りを得ようとするマルクスの要求はいささか荷が重く感じられた。「この木綿騒ぎなどもあって、地代の理論は僕にとって実際あまりにも抽象的だった」と、彼は一八六二年九月にくたびれた様子で答えた。「いずれもう少し平穏で静かに過ごせるようになってから、この間題は検討しなければならない」
※一部改行しました

筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P261-262

『資本論』といえばマルクスの天才ぶりが話題にされがちですが、この記事で見てきたように、エンゲルスの助けがなければ到底完成は望めないものでした。

マルクスに比べて過小評価されがちなエンゲルスですが、マルクス思想の完成には不可欠だったことは明らかです。マルクス主義を考える上でエンゲルスの存在は非常に重要なものであることを改めて感じました。

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