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「ルーゴン・マッカール叢書」第19巻『壊滅』の概要とあらすじ
エミール・ゾラ(1840-1902) Wikipediaより
『壊滅』はエミール・ゾラが24年かけて完成させた「ルーゴン・マッカール叢書」の第19巻目にあたり、1892年に出版されました。
私が読んだのは論創社出版の小田光雄訳の『壊滅』です。
今回も帯記載のあらすじを見ていきましょう。
ゾラが見た普仏戦争とパリ・コミューンの惨劇
プロシア軍の捕虜となったナポレオン三世―
戦場を彷徨する労働者・ブルジョワ・農民兵士たちをめぐる愛と別離の物語!
1892年に刊行された『壊滅』は叢書中でも最大の長編で、邦訳換算すると400字詰にして1400枚に及び、叢書のクライマックスの位置を占め、これまでのゾラのイメージを一新させる戦争文学の傑作であると思われます。
普仏戦争とパリ・コミューンの二つの敗北を物語の背景にした「敗北の文学」と称すべき内容であり、そのことによって異彩を放ちながらも現在に至るまで日本ではほとんど読まれていない知られざる19世紀フランス文学の金字塔といっていいでしょう。
特に詳細に描かれた必然的なフランスの敗北は日本の敗戦を彷彿させるようで、戦争の実態があまりにも生々しく露出しています。そして巧みな物語構成、友愛と愛情をべースにする人物造型、圧倒的な臨場感をつ描写力といったゾラの小説手法が最大限に発揮され、物語祖型も含めて、これまでのすべてのファクターが『壊滅』に流れこんでいて、あたかも第1巻から第18巻は『壊滅』に至る伏線であるかのようです。
論創社出版 小田光雄訳『壊滅』
さて、今回の物語はフランスと現在のドイツにあたるプロイセンとの戦争である普仏戦争が主な舞台となります。
そしてこの物語は第15巻の『大地』と直結していて、ジャンが農民として過ごした日々を捨てて戦場へと赴くところからこの小説は始まります。
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ルーゴン・マッカール家家系図
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帯のあらすじにありますように、今作は日本ではあまり知られてはいませんが戦争文学の金字塔と評価されている作品です。
そして「敗北の文学」と表現されるように、普仏戦争という戦争はナポレオン三世率いるフランスが圧倒的な敗北を喫することになります。
普仏戦争は1870年に勃発した戦争で、この戦争はあの「鉄血宰相」の異名を持つプロイセンのビスマルクの策略によって引き起こされた戦争でした。それについては以下の記事でもお話ししていますのでぜひご覧ください。
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ナポレオン三世自身はまったくこの戦争に乗り気ではなかったと言われています。
しかしビスマルクの策略でフランス国民の世論を巧みに操作し、フランス国民が戦争を望むように仕向けたのでありました。
フランス第二帝政は経済の発展はすさまじかったものの、その引き換えともいうべき腐敗も進んでいました。
ゾラがここまで18巻に及んで書き続けていたのはそうしたフランスの悲惨な現実であり、腐敗そのものでした。
第二帝政はすでに末期症状を示しており、そのとどめとなったのがこの普仏戦争であったのです。
あまりにもずさんな作戦、無能な指揮官、場当たり的な行軍、補給物資すら満足に確保できない有り様。
この物語は崩壊へと突き進んでいくフランス第二帝政を普仏戦争を通して描いています。
感想―ドストエフスキー見地から
先程もお話ししましたように、この作品は「敗北の文学」です。
フランスはとにかく悲惨な敗北を繰り返します。
主人公のジャンのいる部隊においては、直接戦闘することすらなかなか叶わず、ただただ撤退し、行き当たりばったりの行軍を指示され、飢えと疲労に苦しめられます。
戦士にとっては負けるにしても国のため、誰かのために勇敢に戦えたならまだ浮かばれるものがあります。しかしこの戦争ではその戦う機会もなく、ほとんど自滅と言ってもいいようなずさんな作戦ばかりでした。
そしてどうしようもなく弱り切ったところで、高度な秩序と武力を持ったプロイセン軍に徹底的に攻撃されてしまうのです。
物語の後半からこのプロイセン軍との戦い、いや一方的な殲滅戦が描かれるのですが、ゾラの巧みな筆はその情景をまるで映画のように写し取っていきます。
負傷者収容病院のシーンはそれこそ寒気がするほどの迫力でした。
治療不可能な負傷者のため腕を切り落とすシーン、苦しみにうめきながら緩慢な死を迎える負傷者の断末魔・・・
ゾラ得意の五感を刺激する文章はまるで自分が間近でその負傷者たちを見ているかのような感覚にさせます。
腕を切り落としていくシーンでは自分の腕にメスが入れられていくかのような、そして薬剤や死臭がただよう室内に自分が取り残されているような、言葉ではうまく言い尽くせませんが、現実感覚として私たちに訴えかけてくるような、壮絶な何かをゾラはここで描いています。
ゾラはやはり芸術家です。読む者に恐るべきインスピレーション、イメージ、ショックを与えます。彼は単に世の中の相を写し取っただけではなく、それを芸術に昇華させています。この作品がフランス文学の金字塔と言われる所以のひとつはこの辺りにあるのではないでしょうか。
さて、いよいよ「ルーゴン・マッカール叢書」も今作で19巻目です。
次が最終巻の『パスカル博士』でありますが、あらすじにもありましたようにこの『壊滅』が「ルーゴン・マッカール叢書」の物語のクライマックスに当たります。
「ルーゴン・マッカール叢書」はフランス第二帝政期を余すことなく描きつくすことを念頭に書かれた作品群です。
第1巻の『ルーゴン家の誕生』ではナポレオン三世のクーデターとフランス第二帝政のスタートが描かれ、そこからフランスのあらゆる社会をゾラは描いてきたのでありました。
そしてこの『壊滅』によって第二帝政が崩壊し、次なるフランスがこれから始まろうとしているのです。
最終巻の『パスカル博士』はその第二帝政を生きたルーゴン・マッカール一族を今一度見つめ直すというエピローグ的な側面が強い作品となっています。
また、この物語の主題である普仏戦争が勃発した1870年、ドストエフスキーはドイツのドレスデンに滞在していて、ちょうどこの頃『悪霊』の執筆をしていました。
ドストエフスキーは新聞などで普仏戦争について逐一情報を得ていました。
そしてそれは彼のノートにも記録されています。
かつて憧れていた華の都パリが焼け落ちていく様を、ドストエフスキーはどのように感じたのでしょうか。
その影響はその後の長編『未成年』や『カラマーゾフの兄弟』、そして『作家の日記』という雑誌にも見て取ることができます。
次は「ルーゴン・マッカール叢書」のいよいよフィナーレです。
『壊滅』は叢書のクライマックスにふさわしい重厚な作品でした。戦争文学の傑作、金字塔という名声は疑いようもありません。素晴らしい作品でした。
以上、「ゾラ『壊滅』あらすじ感想~フランス第二帝政を崩壊させた1870年普仏戦争を見事に活写!」でした。
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壊滅 (ルーゴン・マッカール叢書)
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