シェイクスピア『ジュリアス・シーザー』あらすじ解説~カエサルの名言「ブルータス、お前もか」で有名な傑作

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カエサルの名言「ブルータス、お前もか」で有名な傑作 シェイクスピア『ジュリアス・シーザー』あらすじ解説

『ジュリアス・シーザー』は1600、1601年頃にシェイクスピアによって書かれた作品です。

私が読んだのは新潮社、福田恆存訳の『ジュリアス・シーザー』です。

早速あらすじを見ていきましょう。

“おれはシーザーを愛さぬのではなく、ローマを愛したのだ〟高潔な勇将ブルータスは、自らの政治の理想に忠実であろうとして、ローマの専制君主シーザーを元老院大広間で刺殺する。民衆はブルータスに拍手を送ったが、アントニーの民衆を巧みに誘導するブルータス大弾劾演説により形勢は逆転し、ブルータスはローマを追放される……。簡潔、明皙な文体で、脈々と現代に生き続ける政治悲劇。

新潮社、福田恆存訳『ジュリアス・シーザー』裏表紙

このあらすじを読んで「あれ?」と思われた方も多いかもしれません。

私も初めて読んだ時そうでした。

タイトルは『ジュリアス・シーザー』なのに主人公はブルータスかのような流れです。実際この作品を読んでみるとシーザーの出番はそうは多くなく、ブルータスがメインとなっていきます。

実を言いますと私はこの作品に一度挫折しています。

話の筋が全く見えず、何がなんだかわからないまま話が進み、物語に入り込めなかったのです。

そんな時に読んだのが以前紹介した阿刀田高氏の『シェイクスピアを楽しむために』という本でした。

この本を読んでから改めて『ジュリアス・シーザー』を読んでみるとこれが面白いのなんの!この本ではこの作品の時代背景や物語の流れをわかりやすく解説してくれています。

これがあまりにも素晴らしかったので少し長くなりますがこれからご紹介していきます。

ヨーロッパ史に名を残す英雄を挙げよ、と求めたら、ナポレオン、アレキサンダー大王、そしてシーザー、この三人はかならず上位を占めるにちがいない。日本でもよく知られたビッグ・ネームズである。

三人とも名言を残している。

ナポレオンは、「余の辞書に不可能はない」と豪語し、エジプト遠征では「ピラミッドの頂上から四千年の歳月が私たちを見ている」と告げて兵士たちの士気を鼓舞した。アレキサンダーもまた参謀から夜襲を勧められたとき「私は勝利を盗まない」と恰好よく拒否し、臨終の床で後継者を尋ねられ「もっとも強い者へ」と呟いて息を引き取っている。

しかし、この点では、なんと言ってもジュリアス・シーザーが際立って優れている。「賽は投げられた」と不退転の決意でルビコン川を渡って政治の中枢になぐり込みをかけ、小アジア戦線からは「来た、見た、勝った」と簡潔な書簡を送り、最後は「ブルータス、お前もか」と嘆いて暗殺されている。雄弁家であり、文筆家としても一流であった。

新潮社、阿刀田高『シェイクスピアを楽しむために』P200

「賽は投げられた」、「ルビコン川を渡る」、「来た、見た、勝った」、「ブルータス、お前もか」

これらを見てピンとくる方もおられると思います。

私自身、ジュリアス・シーザーという名ではピンと来なかったのですが、この人物のローマ式の本名はと言いますと、ガイウス・ユリウス・カエサルとなります。ローマ字表記ですと、JULIUS CAESAR。これの読み方の違いがジュリアス・シーザーとユリウス・カエサルという違いなのですね。

なるほど、カエサルと聞くと「あぁ、そういうことか」となる方も多いかもしれません。

では続けて解説を見ていきましょう。

ジュリアス・シーザー(ローマ式の本名ならガイウス・ユリウス・カエサル)は西暦前一〇二年に生まれた。出自は名門であったらしいが、幼い頃のことはほとんどわかっていない。

時代は古代ローマの飛躍期。西暦前七世紀頃イタリア半島に建国されたローマは早くから共和制を布いて勢力を四方に伸張させていた。カルタゴを滅ぼして地中海の制権を掌握し内陸部にも侵入を開始していた。歴史に冠たる強大な古代ローマ帝国の成立を目前にして、いよいよ繁栄の道をまっしぐらに進んでいる時期であった。まさに歴史的なヒーローの出現を待ち望んでいる時代であった、と言ってもよいだろう。

シーザーは若いときから溢れる才知を周囲に顕わしていた。なかなかの野心家であったろう。シーザーの生涯を顧みて、彼はおしなべて一般大衆に身方し、民生を心がけ、大衆の支持と人気を拠りどころとしている。権謀術数を弄さなかったわけではない。いや、おおいに弄した。そして、その立場がつねに権力者のほうにあったのは本当だが、彼はけっして大衆の力を忘れなかった。それが本来の気質だったのか、政治家としての読みであったのか、わからない。しかしいくつもの卓越した判断の背後には、つねに大衆を見る目の確かさが伏在していたように思う。(中略)

自分自身の結婚、あるいは娘の結婚などを通じて政治的基盤を固めた。公共施設を次々に建造して大衆の支持を集め、見せもの興行を支援して人気を集めた。おしなべて気前はよい。ひたすら大衆が得することを心がける。戦利の分配も例外ではない。

古代の戦争は儲かるものだった。もちろん敗ければ元も子もないけれど、勝てば莫大な利益に結びつく。結びつくことが多かった。シーザーはよく勝った。よく勝って、よく儲け、よく配った。

新潮社、阿刀田高『シェイクスピアを楽しむために』P203-205

古代ローマ帝国が絶頂に向かって行くまさにその時にカエサルは現れたのですね。時代が英雄を生み出すというのも頷けます。

カエサルは帝国での地位を盤石なものにしていきますが、それに伴い政敵も増えていきます。引き続き解説を見ていきましょう。

シーザーが人望を集め、権勢を増大するにつれ、ポンぺイウスとの仲はこじれて敵対関係と変った。元老院もシーザーへの警戒を強くし、ついに西暦前四九年ローマ郊外に駐屯しているシーザーに対して軍勢を解散して元老院に出頭するよう召還の命令を下した。罪人として処刑される可能性が高い。

シーザーは有名なひとこと、「賽は投げられた」を発して、ルビコン川を渡る。軍勢とともにローマへ進撃し、主導権を奪い取った。ポンぺイウスはエジプトに逃がれ、暗殺される。シーザーもエジプトへ侵攻し、ここでクレオパトラと出会い、クレオパトラをローマの保護の下で国王に任命した。さらに小アジアを侵略。ローマに帰れば次々に有力な政敵を斃し全権を掌握して終身のディクタトール(独裁者)に就任する。

共和制の危機であった。

古代にあっては共和制のほうが例外である。絶対的な権力を持つ王が国家を支配するほうが普通の姿だった。まったくの話、古代ローマ自体が、この後、間もなく帝政へと変っていくのだから、このとき元老院を中心に共和制を支持する人々が不安を覚えたのも無理もない。シェイクスピアの〈ジュリアス・シーザー〉は、こういう世情を背景にして第一幕を開くのであった。

新潮社、阿刀田高『シェイクスピアを楽しむために』P206-207

こうした背景がわかるとこの作品が一気に面白くなってきます。

背景がわかったところでもう一度この記事の最初に紹介したあらすじを改めて見ていきましょう。

“おれはシーザーを愛さぬのではなく、ローマを愛したのだ〟高潔な勇将ブルータスは、自らの政治の理想に忠実であろうとして、ローマの専制君主シーザーを元老院大広間で刺殺する。民衆はブルータスに拍手を送ったが、アントニーの民衆を巧みに誘導するブルータス大弾劾演説により形勢は逆転し、ブルータスはローマを追放される……。簡潔、明皙な文体で、脈々と現代に生き続ける政治悲劇。

新潮社、福田恆存訳『ジュリアス・シーザー』裏表紙

ブルータスは高潔な武将です。

ブルータスはシーザーが共和制を廃し独裁者となることを認めることができなかったのです。ブルータスにとってシーザーの行動は、愛するローマへの裏切りと感じられたのです。シーザーは独裁者たらんとする野心を持っていた。だからこそ彼は暗殺を決行するのです。

高潔なブルータスはシーザーに個人的な怨恨はありません。だからこそ”おれはシーザーを愛さぬのではなく、ローマを愛したのだ〟という言葉が出てくるのです。

そしてシーザー暗殺の後、彼はローマの群衆にその殺害の説明をしなければなりませんでした。圧倒的な人気があったシーザーです。大義ある殺害でなければ国民は納得しません。

彼は理路整然と誠実に演説します。国民はその理路整然とした演説に納得したかのように見えました。

しかしこの後の演説を任されたアントニーの演説で全てが覆ります。

アントニーはシーザーの腹心で彼を心の底から尊敬していました。当然、彼の暗殺など認めることが出来ません。

アントニーは感情的に民衆に語りかけます。人々を煽動する能力に長けた彼の演説は民衆の心を動かし始めます。

人を熱狂に駆り立てる名演説家というタイプの人間がいます。アントニーはまさしくそういう人間でした。

人々は殺されたシーザーを悼み、彼を失った悲しみを爆発させます。こうなってしまったらもはや悪人は下手人のブルータスへと移っていきます。

この演説のあまりの巧みさは現代でも全く色あせるものではありません。

その一部をぜひここに紹介させて頂きたいと思います。

友よ、ローマ市民よ、同胞諸君、耳を貸していただきたい。今、私がここにいるのは、シーザーを葬るためであって、讃えるためではない。人の悪事をなすや、その死後まで残り、善事はしばしば骨とともに土中に埋れる、シーザーもまたそうあらしめよう……

高潔の士ブルータスは諸君の前に言った、シーザーは野心を懐いていたと。そうだとすれば、それこそ悲しむべき欠点だったと言うほかはない。そしまた、悲しむべきことに、シーザーはその酬いを受けたのだ……

ここに私は、ブルータスおよびその他の人々の承認を得て、それも、ブルータスが公明正大の士であり、その他の人々とて同様、すべて公明正大の人物なればこそ、今こうしてシーザー追悼の言葉を述べさせてもらえるわけだが……

シーザーはわが友であり、私にはつねに誠実、かつ公正であった。が、ブルータスは言う、シーザーは野心を懐いていたと。そして、ブルータスは公明正大の士である……生前、シーザーは多くの捕虜をローマに連れ帰ったことがある、しかもその身代金はことごとく国庫に収めた。かかるシーザーの態度に野心らしきものが少しでも窺われようか?

貧しきものが飢えに泣くのを見て、シーザーもまた涙した。野心はもっと冷酷なもので出来ているはずだ。が、ブルータスは言う、シーザーは野心を懐いていたと。

そして、ブルータスは公明正大の士である。みなも見て知っていよう、過ぐるルぺルカリア祭の日のことだ、私は三たびシーザーに王冠を捧げた、が、それをシーザーは三たびしりぞけた。果して、これが野心か?が、ブルータスは言う、シーザーは野心を懐いていたと。

そして、もとより、ブルータスは公明正大の士である。私はなにもブルータスの言葉を否定せんがために言うのではない、ただおのれの知れるところを述べんがために、今ここにいるのだ。

みなもかつてはシーザーを愛していた、もちろん、それだけの理由があってのことだ。とすれば、現在いかなる理由によって、シーザーを悼む心をおさえようとするのか?ああ、今や分別も野獣のもとに走り、人々は理性を失ってしまったのか!……みな、許してくれ、私の心はあの柩のなか、シーザーと共にあるのだ、それが戻ってくるまでは先が続けられぬ。(泣く)
※適宜改行しました

新潮社、福田恆存訳『ジュリアス・シーザー』P92-93

いかがでしょうか。「が、ブルータスは言う、シーザーは野心を懐いていたと。」という言葉の繰り返しはあまりに絶妙過ぎて私は読んでいて思わず「うわぁ・・・」と声を漏らしてしまったほどでした。

ブルータスの理路整然とした誠実な演説を逆手にとってここまで感情を揺さぶるような演説を彼はやってのけたのです。

この後も演説は続き、群衆は熱狂の渦に巻き込まれます。

こうなってはブルータスに勝ち目はありません。群衆の感情を揺さぶったアントニーの完勝です。

それほど見事な演説でした。

・・・が、私はこの演説に幾ばくかの不安も覚えたのです。

たしかにアントニーはこの演説で勝利しました。

しかしブルータスははたして間違ったことを言っていたのかというと、必ずしもそうではないのです。彼にも大義名分はたしかにあったのです。しかも追放後も死ぬまで彼は高潔さを失いません。

アントニーが勝ったのは、感情的な演説をし、群衆を扇動することに成功したからです。

そしてシーザーに実際に野心があったのか、ブルータスの行為に本当に正当性があったのかなど確かな検討がないまま民衆は熱狂し、ついさっきまでブルータスの演説に納得していたにも関わらず彼を罪人として責め立て始めるのです。

これは人類の歴史上幾度となく繰り返されてきた歴史ではないでしょうか。

感情を揺さぶる煽動家の演説に人びとは熱狂し、事実の検証もないまま突き進んでいく。そして狂気のまま悲劇へと突き進んでいく・・・

これは歴史が証明しているように、恐ろしい事実です。そしてそれは今も変わらないのかもしれません。

シェイクスピアはそんな人間のあり方にも心を向けていたのかもしれません。

『ジュリアス・シーザー』は私の中でも強烈な印象を残した作品でした。あらすじや背景を知ってから読むと最高に面白い作品でした。非常におすすめです。

以上、「シェイクスピア『ジュリアス・シーザー』あらすじ解説~カエサルの名言「ブルータス、お前もか」で有名な傑作」でした。

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