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「ルーゴン・マッカール叢書」第13巻『ジェルミナール』の概要とあらすじ
『ジェルミナール』はエミール・ゾラが24年かけて完成させた「ルーゴン・マッカール叢書」の第13巻目にあたり、1885年に出版されました。
私が読んだのは論創社出版の小田光雄訳の『ジェルミナール』です。
今回も帯記載のあらすじをまずは見ていきましょう。
地下数百メートルの炭鉱労働の実態とその社会構造を照射する。
近代産業社会の資本と労働の相剋!
資本家と労働者の対立はその家族をも巻き込んだ過酷なストライキに突入する。
論創社出版 小田光雄訳『ジェルミナール』
今作の主人公は『居酒屋』の主人公ジェルヴェーズの三男エチエンヌです。
ルーゴン・マッカール家家系図
彼は家系図右側のマッカール家に位置し、名作『ナナ』の主人公、ナナの異父兄に当たります。
今作は炭鉱労働者となったエチエンヌが炭鉱の実態と資本家と労働者の対立、そして過酷なストライキと群衆の狂気、暴動を描いた作品です。
訳者あとがきにこの作品を理解する上で非常に重要な解説がありましたので、長くなりますが引用します。
『ジェルミナール』の時代設定は一八六七年から六九年の間と推測され、普仏戦争、パリ・コミューンと続き、『ナナ』の物語も『ジェルミナール』と同時代に起きているのです。第二帝政の繁栄を支えるアンダーグラウンドとしての炭坑が六七年から始まる経済恐慌によって危機に追いやられ、労働運動を先鋭化させ、実際にラ=カマリとオーバンの炭鉱ストライキは軍隊によって弾圧され、流血の惨事となっていたのであり、『ジェルミナール』は同時代の炭坑と労働運動の近傍に位置する作品であると考えていいでしょう。
第1部第1章において、この時代の炭坑がエチエンヌとボンヌモールの会話から浮かび上がってきます。それこそが資本と労働との関係を物語っています。
モンスー炭鉱会社周辺の工場は産業恐慌のあおりを受け、不況の只中にある。そしてこのモンスー地方も飢えと失業に見舞われている。それでも会社は十三の採炭中の炭坑を有し、労働者は一万人、鉱区は六十七の町に拡がり、1日に五千トンを出炭し、鉄道がそれらの炭坑をつないでいる。坑夫たちからすれば、途方もない財産であるのだが、表向き会社はエンヌボー支配人によって仕切られ、彼も雇われた存在でしかない。
エチエンヌがこのあたり全体は誰のものなのかとボンヌモールに尋ねる。
「何だって?このあたり誰のものかって?そんなことは誰にもわからん。実業家連中のものさ」そして彼は手を上げ、暗闇の中の定かならぬあたり、実業家連中が住んでいるずっと奥の知られていない場所を示した。彼らのためにマユの一族は一世紀以上も石炭を掘り続けてきたのだ。
彼の声は宗教的な畏怖の響きを帯び、あたかも近づき難い神聖な場所について話し、そこには全員揃って自らの肉を捧げながらも、一度たりとも見たことのない神が満腹してうずくまり、身を潜めているようだった。
これこそが近代資本のメタファーであり、何度も繰り返し語られることになります。かつての神や主人に代わって出現した近代社会の偶像であるかのようです。その資本の一端が株式として語られ、その代行者が管理局であり、その延長線上に県当局、軍隊、憲兵が出現していますが、全貌は明らかにされておらず、エチエンヌたちの炭坑ストライキも不可視の資本との闘いという様相を呈するのです。
この不可視の資本に対する労働の側からの闘いが同時代から始まり、十九世紀後半のヨーロッパ社会主義思想の潮流が『ジェルミナール』の中に投入され、それはロシア・ナロードニキの流れから、プルードン主義、革命的集産主義、サンディカリズムに及び、第一インターナショナルのマルクスの思想も余波となっているように思われます。
論創社出版 小田光雄訳『ジェルミナール』P694
さあ、後半驚きの流れが見えてきましたね。この小説はロシアともつながりを持っているのです。
これらの思想はエチエンヌをめぐる様々な登場人物たち、つまりスヴァーリン、ラスヌール、プリュシャールに投影されていると考えられます。ヴォルー坑を破壊するに至るスヴァーリンはロシア・ナロードニキに流れを発し、バクーニンの影響を受け、アレクサンドル二世を暗殺するに至った「人民の意志」党のメンバーであった亡命ロシア人と想定でき、彼の語るエピソードはフィクションではなく、事実であり、ゾラがロシア・ナロードニキのドキュメントを読みこみ、スヴァーリンを造型したことがわかります。
論創社出版 小田光雄訳『ジェルミナール』P694-695
『ジェルミナール』は社会主義思想がいよいよ過激化し、労働者を熱狂させ暴動へと突き進む過程を描いています。
そしてフランスで勢力を増していったこれら過激な社会主義思想はいよいよ本格的にロシアへと波及し、1881年にロシア皇帝アレクサンドル2世は暗殺されてしまうのです。
この事件はドストエフスキーが亡くなった直後に起こったもので、ドストエフスキー自身、1871年に連載を始めた『悪霊』という作品で社会主義思想の暴走を懸念していました。その懸念が的中してしまったのです。
『ジェルミナール』では虐げられる労働者と、得体の知れない株式支配の実態、そして暴走していく社会主義思想の成れの果てが描かれています。
社会主義思想と聞くとややこしそうな感じはしますが、この作品は哲学書でも専門書でもありません。ゾラは人々の物語を通してその実際の内容を語るので非常にわかりやすく社会主義思想をストーリーに織り込んでいます。
難しい専門書を読むよりずっとわかりやすく、面白く学ぶことができることかと思います。
感想―ドストエフスキー的見地から
さあ、いよいよドストエフスキーと直結した物語が出てきました。
ドストエフスキーの代表作と言ってもいい『悪霊』もまさしく社会主義思想の成れの果てを描いた作品です。『カラマーゾフの兄弟』の大審問官の章にもその影響は色濃く描かれています。
『ジェルミナール』もとにかく悲惨な物語です。ゾラの「ルーゴン・マッカール叢書」は基本的にどの物語も人々の悲惨な生活を描いているのですが、この作品はその中でも随一の悲惨さです。
過酷な炭鉱労働にもかかわらず生活にもぎりぎりな賃金しかもらえない。そこに経済不況が重なってさらなる賃下げが襲い掛かります。
そんな状況を打破するために社会主義思想にかぶれていたエチエンヌは人々を説得しいつしかリーダーになり、ストライキを主導していくことになったのです。
しかし何の成果も得られることもなく、ただただ余計に貧しくなり飢えていくだけ。
こんな状況についに人々の怒りは爆発し暴動が発生します。リーダーのエチエンヌは暴力は望んでいませんでいた。しかし一度狂気の火がついたら群衆の怒りはもはや制御できるものではありません。
エチエンヌの意思とは別に群衆は裏切り者の炭鉱を破壊し、売り渋りをする悪どい商人の店を打ち壊し、彼を殺してしまいます。ここでは書けませんが死した屍に対する女性たちの行動があまりに残酷です。男なら誰しもが見の毛もよだつ所業です。(こう言えばなんとなくイメージできますでしょうか)
手で引きちぎり、血だらけの「それ」を棒の先にくくり付け、宙にかざし、旗のように振り回して彼女たちは練り歩くのです。実は哀れなこの商人は金を払えない貧しい家の女性を商品と引き換えに食い物にしていたのです。女性たちの凄まじい怒りはこうした背景もあったのです。自業自得ですが群衆となった人間の狂気は何と恐ろしいものかと身震いするほどのシーンでした。
さて、話は少しそれましたが、この小説は労働者の悲惨と実態の見えない巨大株式会社、資本家の実態、そして社会主義思想はいかなるものかを描いています。
この時代に人々はどんな生活をし、どんなことを考え、どんなことに苦しみ悩んでいたのかを知るには最高の書です。
ゾラはいつものごとく、炭鉱にまで出向いて入念な取材をしてこの作品を書き上げました。
ゾラの代表作として『居酒屋』、『ナナ』と並んで必ず紹介されるほど『ジェルミナール』という作品は社会にインパクトを与えました。
たしかにこの物語はとことん強烈です。現代社会にも直結するテーマですし、古くさい古典としてではなく、現代にこそ輝きを放つ作品として、もっと日本でも世に出てほしい作品だと思います。
読み応えのある大作ですので、ぜひゾラの渾身の一撃をみなさんも体感してはいかがでしょうか。
以上、「ゾラ『ジェルミナール』あらすじと感想~炭鉱を舞台にしたストライキと労働者の悲劇 ゾラの描く蟹工船」でした。
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