チェーホフ『かけ』あらすじ解説―真の自由とは何かを探究した名作短編

チェーホフとドストエフスキー

チェーホフ『かけ』あらすじ解説―真の自由とは何かを探究した名作短編

『かけ』はチェーホフによって1889年に発表され、1901年に大幅に改訂され再発表された作品です。

私が読んだのは中央公論社、神西清、池田健太郎、原卓也訳の『チェーホフ全集 8』所収の『かけ』です。

早速あらすじを見ていきます。今回も佐藤清郎氏の『チェーホフ芸術の世界』を参考にしていきます。

物語の筋は、死刑と終身刑とどちらが残酷かという問題をめぐっての、銀行家と法律家の会話からまず始まる。

筑摩書房、佐藤清郎『チェーホフ芸術の世界』P219

法律家は死刑より終身刑のほうが非道徳的で苦しいと考え持論を述べますが、そこで、銀行家は不意に熱くなり彼に向かって言います。

「そりゃ、まちがってますよ!僕は二百万ルーブルかけてもいいが、あなたなんか、五年も独房に坐っていられるもんですか。」

「もし本気でおっしゃっているんでしたら、」法学者はこたえた。「かけましょうか、僕は五年といわず、十五年だって、こもり通してみせますよ。」

「十五年ですって?おもしろい!」銀行家は叫んだ。「みなさん、僕は二百万ルーブルかけましよう!」

「承知しました!あなたは金をかけ、僕は自分の自由をかけましょう!」法学者は言った。

中央公論社、神西清、池田健太郎、原卓也訳の『チェーホフ全集 8』P183

こうして自由か金かをめぐる究極の賭けが始まったのでありました。

法学者は小さな部屋にこもり、必要な物があれば銀行家が差し入れるという約束で監禁生活に入ります。

一年目は、孤独と退屈とピアノ弾奏のうちに過ぎる。酒も煙草も断って禁欲に努める。二年目には、音楽が聞えてこなくなる。しきりに古典を読む。内部沈潜の時期である。四年間ほどがこの男の「純粋」の時期と言える。

五年目ごろから酒を求めるようになる。飲み、かつ食べ、しきりに欠伸をし、本は読まなくなり、何かを書いては消しており、ときどき泣いている。純に対する俗の時期が反動のように来たのだ。

六年目の後半から、言語、晢学、歴史の本を真剣に読むようになる。そして、自分の努力のあとを知りたくなる。せめて生きている証を立てたくなるのだ。

十年目以後は、机から離れず、バイブルを読み耽る。その時期が、三年、四年とつづく。そして、またバイブルから離れる。

これは、人間というものは、信じることも信じないこともできるのだから、本来、信仰とは主観的、相対的な行為であるということを示しているかのようである。純から俗へ、そしてまた純へ。客観的探求から主観的自足へ、そしまた客観へというプロセスは、きわめて興味深い構図である。さもありなんと思えるむきがある。私はこの揺れ方に人間らしさを感じる。

最後の二年(第十四年目と十五年目)は、選択なしに乱読する。読む本は、自然科学か、聖書か、シェイクスピアである。この取り合せも興味深い。この時期の乱読には、難破する船から逃れようとしてもがく男の気味がある。

いよいよ賭けの終る前夜がくる。ここで作品は突然「急転」を見せる。その「急転」のなかに、作者は回答を盛らねばならないのだ。作者自身の選択を。

筑摩書房、佐藤清郎『チェーホフ芸術の世界』P219-220

監禁生活の中での法律家の行動は非常に興味深いですよね。読書好きの人には特に気になる展開なのではないでしょうか。

そしていよいよ約束の日の前日、上のあらすじにありましたようにある「急転」が起こります。

約束通り明日まで部屋にいれば二百万ルーブリの金が手に入ります。日本円にすればおよそ40億円相当です。(諸説ありますが1ルーブリ2000円換算)

さあ、彼の運命はどうなるのでしょうか。

そのころ、賭けの相手である銀行家は破産の寸前にあった。賭け金を払おうにも金がない。運命の日は明日に迫った。そこで、思案の果てに法律家の殺害を計画する。そして、夜、こっそり禁錮所の中に忍びこむ。机にもたれ背を見せたまま、法律家はうなだれて、死人のように動かない。机の上には紙切れが置かれてあった。その紙には、十五年間の総決算とも言える感慨がしたためられてあった。

監禁所での読書は自分に賢さを与えてくれた。誰よりも賢くなったと思った。その時点で、本も、幸福も、賢さも軽蔑する気持になった。世人は嘘を本当と思い、醜を美と思っているのだと悟った。大方の世人が置かれている境地は、言ってみれば「知らぬが仏」で、「無知の幸福」なのだと思った。そう思うと、世人の尊んでいるものを軽蔑したくなった。まず第一に金だ。もう一日で手にはいる二百万の金を軽蔑したくなった。そのために堪えた長い年月の苦しみを馬鹿らしく思った。自分は「とらわれて」いたのだ。身体だけでなく、心も。

そう悟ったからには、金をもらわずに出て行くよりほかはない。精神の自由を獲得するために。そう思って、彼は約束の時間の五時間まえに出て行ってしまう。

彼は貴重な十五年を代償に心の自由を得たのである。覚醒がおとずれたのだ。真の自分を見出したのである。

「あなたがたは狂っていて、正しい道を歩いていない。あなたがたは、嘘を真実と取り、醜を美と取っている。もし何かの事情で林檎や蜜柑の樹に、果実のかわりに蛙やとかげが生れたり、薔薇が汗くさい馬の臭いを発散したら、あなたがたは驚くだろう。同じように、私は空を地上と取り代えているあなたがたに驚いている」

法律家の十五年目の覚醒の声である。

筑摩書房、佐藤清郎『チェーホフ芸術の世界』P220

なんと、彼は約束の時間の5時間前に自ら部屋を出てしまうのです。

彼は15年の歳月を経て真の自分に覚醒したのです。だからこそお金を受け取らず出ていくことに決めたのです。真の自由を得るために。

この作品はページ数にしてたったの10ぺージほどの短編です。しかしこの短編の中に驚くほどの思索が込められています。

真の自由とは何か。私たちは何に囚われているのかということをチェーホフはこの作品で問いかけています。

恐るべし、チェーホフ・・・

長編小説で長々と物語を語りながら根源的な深い問題について考えていくならまだわかります。しかし10ページほどの短編でこれだけ凝縮された思想問題を語ってしまうのは異常だと思いました。チェーホフには本当に驚かされます。

物語的にも読みやすいものとなっていますのでとてもおすすめです。

以上、「チェーホフ『かけ』あらすじ解説―真の自由とは何かを探究した名作短編」でした。

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