ボブ・トーマス『ディズニー伝説』~天才ウォルトを支えた実務家の兄ロイに注目した伝記!天才は支える人あってこそ!

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ボブ・トーマス『ディズニー伝説』概要と感想~天才ウォルトを支えた実務家の兄ロイに注目した伝記!

今回ご紹介するのは1998年に日経BP社より発行されたボブ・トーマス著、山岡洋一、田中志ほり訳の『ディズニー伝説』です。

早速この本について見ていきましょう。

数々の名作アニメを送り出し、ロサンゼルスとフロリダに前代末聞の二大テーマパークを築いた、天才ウォルト・ディズニー。その陰に、もう一人のディズニーがいた。ウォルトの実兄、その名はロイ・ディズニー。表舞台で活躍した弟を企業経営者として終生支え続けた兄も、別の意味でのやはり天才だった。農場で過ごした兄弟の幼少期、ディズニー・プロダクションズの創設、「白雪姫」など名作の誕生、そして、ディズニーランド、ウォルト・ディズニー・ワールドの建設。世界帝国創造への軌跡を、百年の時の流れととも描き出した、ディズニー社の一大企業史。

Amazon商品紹介ページより
ロイ・ディズニー(1893-1971)Wikipediaより

本書の特徴は何と言ってもミッキーマウスの生みの親ウォルト・ディズニーの兄ロイ・ディズニーに焦点を当てている点にあります。当ブログでも紹介したニール・ゲイブラー著『創造の狂気 ウォルト・ディズニー』など、あの天才ウォルト・ディズニーについて書かれた本は数多くあれど、その兄ロイにスポットを当てた本というのはかなり貴重です。

そして本作の著者ボブ・トーマスはディズニー社公認のウォルト伝を書いた伝記作家です。こちらの伝記も前回の記事で紹介しました。

本書はそのボブ・トーマスが再びディズニー社や多くの関係者の協力を得て制作した作品です。

天才ウォルト・ディズニーの超人的な逸話は様々な媒体で説かれますが、それを陰で支えていた人物こそ本書の主人公ロイ・ディズニーになります。

このロイ、ウォルト兄弟について本書冒頭では次のように述べられています。

映画人にとって、ディズニー兄弟は変り種だった。スタジオは、サンフェルナンド・バレーの乾いた平地に作られた王国のようだし、文化は、ニューヨークのイースト・サイドや東欧のゲットーのものではなく、アメリカの農村地帯のものを受け継いでいる。映画制作会社の経営者は、アニメを芸術の域にまで高めたウォルト・ディズニーの功績について、賞賛はしても理解はできなかった。スタジオ内の様子や、兄弟の独特の関係も理解できていない。

ウォルト・ディズニーは、最初のアニメ映画を作るはるか以前に、兄のロイに助言と理解を求めている。事業のパートナーとして、ウォルトは創意あふれる夢追い人であり、ロイは財務の魔術師だった。ウォルトの夢が膨らんで、ロイが財務面で可能だと思う範囲を超えたときには、当然ながら衝突が生じた。大抵は、ウォルトが意見を押し通そうとし、弟の創造力に畏敬の念を抱いているロイの方が折れた。しかし、ロイが譲らず、ウォルトに財務の現実を認識させることもあった。険悪になることはめったになかったが、疎遠になった時期もある。晩年、意見が対立したとき、二年以上もロを利かず、連絡には仲介者を要したこともある。兄弟はアイルランド系で、頑固な気質だった。

二人の外見や中西部風の話し方は似ていたが、性格は違っていた。長年、二人の下で働いてきた人たちが、つぎのように違いを指摘している。

一九三八年にストーリーボードの担当として入社し、さまざまな部門を経験して、昇進した後、企画室長となり、ディズニー社の知恵袋となったジョン・へンチがこう語っている。「ロイは、ウォルトとはまったく違っていた。ウォルトはいつも冒険をしようとする。つぎつぎに沸き出てくるアイデア、とくに自分のアイデアがうまくいくと確信しており、それだけを裏付けに行動を起こす。それに対して、ロイはもっと慎重だった」

アニメーターのマーク・デービスは「ウォルトは冒険をするタイプで、ロイはそうではなかった」と述べている。(中略)

法務部門で働き、ロイ派のひとりだったニール・マクルアがこう語る。「ウォルトは表舞台で活躍し、ロイは裏方だった。形は違っても、ロイはウォルトと変わらないほどの天才だった。ニ人は何度か社運を賭けた勝負に出たが、その度に窮地を救ったのはロイだ」

日経BP社、ボブ・トーマス著、山岡洋一、田中志ほり訳『ディズニー伝説』P13-15

「ウォルトは表舞台で活躍し、ロイは裏方だった。形は違っても、ロイはウォルトと変わらないほどの天才だった。ニ人は何度か社運を賭けた勝負に出たが、その度に窮地を救ったのはロイだ」

そうなのです!いくらウォルトの天才的な創造力があったとしても、それを実現する資金と環境を用意できなければ破滅しかないのです!ウォルトの伝記でもそのことは強調されていました。天才ウォルトは実務的なことが全く見えていません。彼が見ているのはその作品の究極のクオリティーだけなのです。無謀としか言いようのない計画をウォルトはいつもぶち上げます。予算は前代未聞の金額で人員の確保も必要となってきます。普通なら絶対に不可能なはずのその企画を実際に完成に導いた陰の功労者こそロイ・ディズニーというもう一人の天才なのでした。

ウォルト自身もそれを自覚していたようで、次のように述べています。

私たちは一九二三年にこの地で事業を始めました。兄がいなかったら、私は不渡りを出して何度刑務所に入っていたか知れません。銀行にいくら預金があるのか、まったく知らずにきました。兄のおかげで、道を踏み外さずにすんだのです

日経BP社、ボブ・トーマス著、山岡洋一、田中志ほり訳『ディズニー伝説』P18

「銀行にいくら預金があるのか、まったく知らずにきました」

ウォルトのあり方をこれほど端的に表した言葉があるでしょうか。ウォルトは実務的なことをロイに任せたからこそ、その天才的な想像力を作品制作に集中できたのです。もし彼が金勘定や実務的な仕事もしなければならなかったとしたらこれほどの業績は残せなかったことでしょう。

ロイ・ディズニーはウォルトが要求する巨額の予算をいつも何とか捻出してきます。この表に出てこない難行苦行を彼はウォルトの傍らでずっとこなしてきたのでありました。その苦労と驚異的な実務能力を本書で知ることになります。

ウォルトの伝記においてもこのロイの働きは必ず言及されるのでありますが、ロイの視点からウォルトやディズニー社を見ていけるのはとても刺激的でした。

やはり天才といえどそれを支えてくれる優秀な実務家がいないと事は成し遂げられないということを強く感じます。

この天才と実務家のコンビといえば、私はマルクス(1818-1883)とエンゲルス(1820-1894)を連想してしまいます。

カール・マルクス Wikipediaより

このトリストラム・ハント著『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』もマルクスではなく、それを支えたエンゲルスに特化した伝記なのですが、本書『ディズニー伝説』ともまさに重なってきます。

マルクスといえば『資本論』『共産党宣言』などで有名なドイツの思想家ですが、彼も紛れもなく天才中の天才です。ですが彼も金銭感覚や実務能力が壊滅的でした。

そんな彼を経済的、実務的に全面補佐したのがエンゲルスだったのです。エンゲルス自身も思想家として超一流だったのも間違いないのですが、彼の最大の能力はその類まれなる実務能力、外交力にありました。まさにエンゲルスのサポートなしではマルクスも活躍することは不可能だったことでしょう。

ウォルト・ディズニーはその世界中の人気やアメリカ的な背景から資本主義の象徴として悪魔のように見なされることがあります。特に共産圏のマルクス主義思想からは特に攻撃の的となっていました。しかしこのウォルト、ロイの協力関係とマルクス、エンゲルスの関係がそっくりであることは何たる歴史の不思議でしょう。

いずれにせよ、天才という存在についてこの本では非常に興味深い視点を味わうことができます。

天才も天才だけでは世に出てはいけない。支えてくれる実務家の存在も重要なのだということを感じさせられます。

実に刺激的な一冊でした。ぜひぜひおすすめしたい一冊です。

以上、「ボブ・トーマス『ディズニー伝説』~天才ウォルトを支えた実務家の兄ロイに注目した伝記!天才は支える人あってこそ!」でした。

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