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(26)アルメニア最後の目的地アフタラ修道院に感動~しかし思わぬ事態に笑わずにはいられなかった

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【アルメニア旅行記】(26)アルメニア最後の目的地アフタラ修道院に感動~しかし思わぬ事態に笑わずにはいられなかった

いよいよアルメニア滞在の最終日。これより陸路でジョージアへ帰還する。

数日休養を取ったおかげでお腹の調子も若干落ち着いてきた。この日は移動だけで6時間以上かかる。途中で下痢などもっての外だ。頼むからもってくれ私の腸よ・・・

アルメニアの首都エレバンを出発した私たちは郊外のサービスエリアで一回目の休憩を取った。

そこでガイドがかのメロンパンの起源なるパンを見せてくれた。アルメニア初日でも聞いていたが、ここでも日本のメロンパンも私たちが起源だと誇らしげにガイドは語った。

クッキー生地で外側を包んだこの構造はたしかにメロンパンに似ている。

「どうぞ食べて下さい。これがアルメニアで作られたメロンパンですよ」

いやいや・・・う~んどうしよう。私はここ数日ほぼ絶食していた。これを今食べるのは危険すぎる・・・

だがせっかくなので一口だけ食べてみることにした。

ふむ、たしかにクッキー生地がさくさくでほんのりと甘さを感じる。目を閉じて食べたらメロンパンと間違えてもおかしくない。

だが、案の定私はこの後すぐにトイレに駆け込むことになったのである。

さて、本日もジョージアへの帰路にいくつかの修道院を回ることになっている。

最初に訪れたのはゴシャヴァンク修道院だ。ここも毎度お馴染み山の中にぽつんと立つ修道院である。

ここもかなりの異世界感だ。

私が中に入った時ちょうど修道士が参拝者と話し込んでいるところだった。アルメニアの修道院ではこのような場面を何度も見た。割と気軽に修道士と一般信徒が語り合う土壌があるのかもしれない。

修道院から見た風景。山、山、山である。さすがにもう驚かない。まさにお遍路である。

次に訪れたのはハガルツィン修道院。こちらはかなり大きな教会。もちろん、山の中にある。

大きな修道院だけあって、他の教会よりも祭壇が立派だった。

だがやはりここのイコン画もどこかペルシャ風である。

それにしても、ここまで数々の修道院を見てきたが正直どこも似ている。時間が止まったかのようなたたずまいに驚いていたのが遠い昔のように感じる。前回の記事「(25)アルメニアのわからなさ、ソ連的どん詰まり感にショックを受け体調を崩す。カルチャーショックの洗礼」でお話ししたように、私はアルメニアの教会にとまどい、違和感を感じていた。その混乱を毎回毎回こうして味合わされているわけである。さすがに気が重くなる。

ソ連的などんよりした町を通り抜け、険しい山道をひた走る。

1分、1秒が過ぎるごとにアルメニアの終りが近づき、ジョージアが近くなる。それが嬉しくてたまらない。なんと間抜けな状況だろう。何しにここまで来たのだ。自分でも笑えてくる。

次がアルメニア最後の目的地アフタラ修道院だ。

まぁ、これで終わりだ。きっとここも他の修道院と同じだろう。なんとか乗り切って早くジョージアに帰ろうと半ばあきらめの境地にあったのだが、私はここで驚かされることになる。

入り口からして何かこれまでとは違う空気を感じる。

何だここは・・・!違う!これまでとは明らかに違う!

入った瞬間に何か精神的なものを感じた。

大きな石が積み上げられた広く高い空間。重みがありながらも重苦しくない。むしろ神聖な空気感を醸し出している。

そうか、逆に言えばこれまで見てきた修道院はすべて圧迫感があったのだ。今さらながらそのことに思い当たる。

そしてこのアフタラ修道院はアルメニアで唯一フレスコ画が残っている教会とのこと。

たしかにこの聖堂の壁面はどこもこうしたフレスコ画の痕跡がある。

そしてこの中央祭壇を見ていて私は思わず「あっ」と声を上げてしまった。

イコンが正教風だったのである。

これまで見てきたペルシャ風のイコンではない。一体これはどういうことか。

ガイドに尋ねてみると、どうもこの地域は一時期ジョージアの領地だったと言うのである。

それを聞いて私は笑ってしまった。なんだ、そういうことか!

私が「この教会の雰囲気はいいな。もっといたいな」と思った初めてのアルメニア教会がなんと、ジョージアの流れだったのである。

どれだけジョージアを欲しているのだと笑ってしまった。

この修道院の作りも、内部の装飾もたしかによくよく考えればジョージア正教風なのである。だから私はこんなにもこの教会に感動したのだ。

これで確信した。

私はとことんアルメニアがだめなんだろなと。

さあ、いよいよジョージアへと向かう。

あとちょっとで終わるぞ!ジョージア帰れるぞ

この「帰れるぞ」という言葉が出てくる時点でどれだけジョージアにホーム感、居心地のよさを感じていたかが表れている。

結局、アルメニア教会については最後までわからずじまいだった。違和感しかない。

そしてソ連の廃墟感があまりにきつすぎる。それも私の心をえぐり続けた。

アルメニアを終える今、私は改めて思う。

やはりアルメニアは歴史のつながりや精神的なものが途切れている感じがする。

アルメニア人は歴史の古さを重んじ、そしてそれを誇る。

だが、そこで止まっているような気がしたのだ。そこから今への連続性が感じられない。

歴史の古さはたしかに文化にとって大切な要素だ。

だが、そこから時を経てどのように変化していったのか、今とどのように繋がっていったかも同じくらい大切なのではないか。

そんなことを私は感じたのであった。

もちろん、これは私の短い滞在で感じた印象にすぎない。

たった数日やそこらでその国のことなどわかるはずがない。

だがここで感じたことはこれからのジョージア滞在に大きな影響を及ぼすだろう。そしてこの苦しかったアルメニア滞在を私は笑い続けるだろう。

わからなかった。違和感だらけだった。苦しかった。それでも私はアルメニアに来てよかったと心の底から思う。

自分が生きる世界と全く違う世界を体感できたのだ。身体を壊すほどの異世界と出会えることなどそうそうない。

そしてアルメニアの教会で感じた「わからなさ」。この感覚を大事にしていきたい。何でもかんでもわかるなんてことはありえない。「わからないこと」を「わからない」と受け止めることも大切なことだろう。

アルメニア滞在は私にとって強烈なインパクトを残した。

異世界を体感したい方はぜひここを訪れることをおすすめする。きっとあなたも身体を壊すことだろう。

さあ、これからいよいよ私の旅の最大の目的地コーカサス山脈へといよいよ進んでいく。

そこで私はトルストイだけでなく、ドストエフスキーについても大きな気づきを得ることになったのである。

続く

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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