篠野志郎『アルメニア巡礼 12の賑やかな迷宮』圧倒的な廃墟感、ダークでディープな旧ソ連を感じるならこの1冊!おすすめアルメニア本!」

ロシアの巨人トルストイ

篠野志郎『アルメニア巡礼 12の賑やかな迷宮』あまりにダークでディープな世界!ソ連から独立後のアルメニアの雰囲気を知るのにも最高な1冊!

今回ご紹介するのは2019年に彩流社より発行された篠野志郎著『アルメニア巡礼 12の賑やかな迷宮』です。

辺境のキリスト教とは?
「文明の十字路」に育まれたもう一つのキリスト教。
デヴィルズ・ドーズンと呼びうる12枚の写真が
成立する過程──20年の歳月をかけた現地調査の姿
──を復元する異色の紀行。
砂漠の中、山岳の中腹……、多くの民が乗り捨てた
夥しい数の“石の箱船”が座礁したまま残された
東アナトリアの知られざる風土と建築物。
そしてそこに住む人びと……。

Amazon商品紹介ページより

この作品は教会建築の専門家篠野志郎氏が20年に及ぶ東アナトリアの研究を振り返り、当時の調査の様子や教会建築について語った紀行文、エッセイ、研究書という何とも一言では言い表せない大きなスケールの1冊です。

上の写真はこの本の裏表紙なのですが、ここに目次が書かれています。

本書のタイトルにありますように、著者はこれまでの長年の研究生活から12枚の写真を選び、その時の調査の様子や思い出などを語っていきます。

ただ、皆さんもお気づきのように、ここでピックアップされている場所のマニアックさたるや半端ではありません。中にはエレヴァンというアルメニアの首都も選ばれてはいますが、普通の観光ガイドブックの視点とはまるで違います。

これまで私は篠野志郎さんの著書を読み、少しは東アナトリアの教会建築については知るようになったものの、それでもこの本のマニアックさにはびっくりするほどです。

この地域の教会建築に関心のない方にはまず生涯お目にかかることがないであろう超ディープな世界がこの本では語られます。

では、この本はこの地域や教会建築に関心のない方にはまったくつまらないものなのか。

いやいや、それが違うんです。

私はむしろ、これまでこの地方や教会建築に全く興味のない方こそこの本を読んでみる価値があるとあえて言いたいです。

というのも、教会建築の専門家である著者には申し訳ないのですが、この本の見どころはソ連から独立したアルメニアのダークでディープな世界を知れる点にあるように私には思えたからなのです。

これまで私は旧共産圏がソ連崩壊後どんな苦難の道を歩んでいるかということを様々な本を通して見てきました。

ソ連末期の共産圏諸国の実態は悲惨なものがありました。

行政組織は腐敗し、産業もぼろぼろ。日常品すらない状態。

そんな中、人々はソ連から独立したら自由に繁栄できるようになると思っていた。

しかし現実はもっと悲惨になっていくばかりだった・・・

そんな実態が様々な本で語られていました。

そして旧共産圏と言えば中欧や東欧がよく語られます。ポーランドやチェコ、ハンガリーなどですね。それらの国は旧共産圏といえど急激な成長を見せ、観光地としても非常に賑わいを見せています。

今作で紹介されているアルメニアも一応はそれらの国と同じように旧共産圏です。

ですが同じ旧共産圏でもポーランドとチェコなどと比べたらアルメニアは圧倒的に経済で後れをとっています。

ひとえに旧共産圏と言ってもその内実はそれぞれ全く異なります。

この本を読んで旧共産圏らしい雰囲気がもっとも残っているのがこの国なのではないかと思ったくらいでした。まるで時が止まったかのようなアルメニア事情をこの本で目の当たりにすることになります。

その中でも特に印象に残った箇所をここで紹介します。この箇所は著者がこの作品の中で「作家」と呼んでいる現地ガイドの言葉から始まります。

コノ国デハ九〇ぱーせんと以上ノ者ガ、貧困二苦シンディル、コノ国二希望ナンテモノハナイ。ニ〇〇五年以降になると作家はきまってそう吐き捨てた。朝早く人通りの絶えたエレヴァンの町並みをゆったり歩くのを日課としていた男は、人通りの絶えた薄汚れた古い町並みを愛しながらも、きらびやかに繁栄を謳歌する再開発の町並みや、そこにたむろするアルメニアの成功した者達やその子弟を嫌悪していた。不正は経済の問題であり、腐敗は心の問題だった。その違いが多くの成功者達やその子弟には、区別がつかなかった。

彩流社、篠野志郎『アルメニア巡礼 12の賑やかな迷宮』P199-200

かつて前向きに人生を歩んでいた「作家」がいつしか「コノ国二希望ナンテモノハナイ」と絶望するようになっていった。別の箇所では「コノ国は腐ッテイル」と「作家」は話します。著者と「作家」の20年来の付き合いの中で移り変わっていくアルメニアと「作家」の人生・・・

上の箇所にもありますように、首都エレヴァンには資本が流れ込み、一部の人は経済的に潤うことになりました。

しかし著者が研究する境界建築はそのほとんどが廃墟と言ってもいいような僻地にあります。アルメニア国土のほとんどが活気を失い、まるで廃墟のようにどんよりと沈んでいる・・・そんな雰囲気がこの本ではとにかく伝わってきます。

そしてもうひとつ、強烈な印象を受けた箇所があります。著者が感じたアルメニアの現状を最も象徴している箇所とも言えるかもしれません。この箇所はナゴルノ・カラバフにも近いゴリスという町での宿泊地での話になります。少し長くなりますがこの本の雰囲気がよく感じられる箇所ですのでじっくり読んでいきます。

地方都市にしては珍しく、一〇階くらいある白亜のRCの建物で、一階は店舗が入っていたのか、大きな一枚もののガラスが柱間を埋めていたが、大概はガラスが半分以上無くなっていた。上階はアゼルバイジャンからのアルメニア人難民が住み着いており、もともとホテル施設であることもあって、寝泊まり以外の設備は基本的に無いので、ベランダで食事の仕度をするせいで、四階から上は白い壁が煤ですっかり無くなっていた。

階段も床もなぜか傾いており、歩いている内に身体が壁に擦り寄り、平衡感覚を著しく妨げられた。もちろん、各室には便座も無ければ水もでない浴室が、ホラー映画でよくあるような赤身のある照明に照らされ、ゴミの浮いた汚れた水が浴槽に湛えられていた。トイレを使用した時に、柄杓で流す水だった。奇妙なほどに湿ったべッドが、ご多分に洩れず、部屋の壁に沿って鈎型に配置されていた。

まずすべきことははっきりしていた。壁や床や天井の取り合い箇所に空いた隙間にガムテープを貼って、鼠の出口を塞ぐことだった。ここでも本も読めないほどの明るさだったが、電球の傘にモスクワ・オリンピックのマスコットである熊のミーシャのシールが貼られていることに、世界との繋がりを理解し、痛く感動したのを覚えている。

一〇時半頃に小さなテーブルを囲んで、多分、タマネギとジャガイモとべーコンを和えた料理が鍋ごとテーブルに置かれ、各自スプーンで無言のまま、黙々と食べた。作家もこの惨状に、さすがに腐り切っていた。

からばふは好キジャナイ。この惨状を予想してか、飛ばし屋の伯母の家に泊まりに行った建築家が、カラバフの税関を通った後でロにした言葉を思い出した。奇妙な戦争だった。カラバフはアルメニアのものだ、とほとんどのアルメニア人がロにしたが、カラバフが好きだというアルメニア人には滅多にお目にかからなかった。アゼリ人にしても、アルメニア人にしても、アゼルバイジャンやアルメニアに住む自らの同胞よりも、近在の異民族の方がより親しみを感じると、カラバフ紛争を取材した記者は報告している。

ゴリスもそうだが、エレヴァンでも多くのカラバフからの難民が、ホテルや空き家となったアパートに暮らし、在住のアルメニア人の反感を少なからず買っていた。こうした確執は私達の調査とは何の関係も無かったが、カラバフからアルメニアに戻った時になって、それまで道端に転がる錆びついた装甲車や砲台の吹き飛んだ戦車を目にしても、戦争の傷跡程度の他には印象として何も感じなかったのに、何故かカラバフ紛争の重苦しさをゴリスのホテルで経験することになった。食事の間中、誰も何も喋らなかった。傾いた床のホテルで、ヤカンが沸騰する音をノイズのように耳に留めながら、鍋からジャガイモをつつき、水で流し込んだ。上の階で生活する難民達の息遣いが、重く伸し掛かってくるように感じた。

施設的な老朽化と欠陥には目を瞠るものがあったが、ゴリスのホテルのような精神を締め付けられる重苦しさは、他の地域では無かった。ゴリスの後で投宿したセヴァン湖の作家組合のリゾート施設では、感電と低体温症に苦しめられたが、痛みは肉体に限られていた。

しゃわーヲ浴ビル前二、電源ハ必ズ切レ、湯沸カシ器が漏電シテイル。作家はシャワーの横に据えられた湯沸かし器を指さして、忠告した。言われた通り、湯沸かし器のスイッチを切り、シャワーを浴びたが、シャワーの金属の把手を持っている間、握った手に痛みが走り、何故かお湯を浴びながら痙攣する身体を止められなかった。

ニ〇〇三年には同じ施設で、何が起こっても素早くシャワーを済ませられるように、まずはちゃんとシャンプーを始めとして体中に石鹸を塗りたくり、シャワーを浴びようとすると、湯沸かし器そのものが壊れていたのか、水しか噴き出さなかった。気温は一〇度前後である。裸のままべッドに潜り込んで、歯の根をカチカチ鳴らしながら、一時間ほど震えが止まらなかった。

その後、トルコやシリア、かなりのレべルのホテルに投宿したが、ゴリスのあのホテルに較べると、肉体的な苦痛には精神をもって対処できると感じ、何とは無しに許せる気分になった。
※一部改行しました

彩流社、篠野志郎『アルメニア巡礼 12の賑やかな迷宮』P247-249

ホテルの老朽化や、感電するホテルのエピソードも凄まじいですが、ナゴルノ・カラバフ紛争の重苦しさを私たちも著者の言葉を通して感じることになります。

この作品はわかりやすい観光名所的な地を巡る本ではありません。楽しくてキラキラした旅行先としてのアルメニアとは明らかに異なるダークな雰囲気が漂ってきます。それは著者自身に帰するものもあるでしょうが、著者が関わることになった世界、人々の実態がまさにこうしたものを感じさせるのではないかと思います。

次の記事で紹介するG・ポゴシャン『アルメニアを巡る25の物語』はまさにこの本の対極をなす本になります。

この本は「アルメニアはいいところですよ!ぜひ遊びに来て下さい!」というキラキラした作品です。

私は篠野志郎さんの作品とこの作品とのギャップにとまどうしかありませんでした。正直、今も戸惑い続けています。どちらが本当なのか。いや、きっとどちらも本当なのでしょう。ただ、見る視点、置かれた境遇によって全く異なる世界がそこにあるのではないでしょうか。

『アルメニア巡礼 12の賑やかな迷宮』はソ連崩壊後取り残された旧共産圏の姿を知る上でこの上ない作品なのではないかと私は思います。日本ではありえないインフラ事情がどんどん出てきます。あまりに異世界過ぎてかなりショックを受けました。先程はホテルの話を引用しましたが、他にも驚きの内容がどんどん出てきます。

もちろん、アルメニアの教会建築を知る上でもこの本はすばらしい参考書です。私はこの地域のキリスト教文化に関心がありましたのでそういう面でもこの本はとてもありがたい作品でした。

ですがそれを圧倒的に凌駕する廃墟感、ダークな旧ソ連感がこの本にはあります。私はこちらのインパクトに圧倒されてしまいました。この本を通してアルメニアにものすごく興味を持ってしまいました。教会建築のことしか書かれていなかったらそのようにはなっていなかったと思います。

教会建築に関心がなくてもこの本はぜひともおすすめしたいです。新たな世界を知れる驚異の作品です。

ただ、Amazonでのレビューにもありますように作者の語りはかなり独特です。最初は読んでいて「うっ」となる方もおられるかもしれません。私も最初は著者の独特な語り口に面食らったのですが慣れてくるとそれが「味」になってきます。著者の語りに知らず知らずのうちに引き込まれていく自分に気づきました。ですので読みやすさに関してはレビューで言われているほど気にする必要はまったくないと思います。慣れるのでご安心ください。

この本はとにかく強烈です。ぜひ多くの方に読んで頂きたい作品となっています。

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