即時の武力革命を否定していたマルクス・エンゲルス「マルクス・エンゲルスの生涯と思想背景に学ぶ」(32)

マルクス・エンゲルスの生涯と思想背景に学ぶ

即時の武力革命を否定していたマルクス・エンゲルス「マルクス・エンゲルスの生涯と思想背景に学ぶ」(32)

上の記事ではマルクスとエンゲルスの生涯を年表でざっくりとご紹介しましたが、このシリーズでは「マルクス・エンゲルスの生涯・思想背景に学ぶ」というテーマでより詳しくマルクスとエンゲルスの生涯と思想を見ていきます。

これから参考にしていくのはトリストラム・ハント著『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』というエンゲルスの伝記です。

この本が優れているのは、エンゲルスがどのような思想に影響を受け、そこからどのように彼の著作が生み出されていったかがわかりやすく解説されている点です。

当時の時代背景や流行していた思想などと一緒に学ぶことができるので、歴史の流れが非常にわかりやすいです。エンゲルスとマルクスの思想がいかにして出来上がっていったのかがよくわかります。この本のおかげで次に何を読めばもっとマルクスとエンゲルスのことを知れるかという道筋もつけてもらえます。これはありがたかったです。

そしてこの本を読んだことでいかにエンゲルスがマルクスの著作に影響を与えていたかがわかりました。かなり驚きの内容です。

この本はエンゲルスの伝記ではありますが、マルクスのことも詳しく書かれています。マルクスの伝記や解説書を読むより、この本を読んだ方がよりマルクスのことを知ることができるのではないかと思ってしまうほど素晴らしい伝記でした。

一部マルクスの生涯や興味深いエピソードなどを補うために他のマルクス伝記も用いることもありますが、基本的にはこの本を中心にマルクスとエンゲルスの生涯についてじっくりと見ていきたいと思います。

では、早速始めていきましょう。

「即時の革命ではなく、まずはブルジョワの力を借りなければならない」

1845年からブリュッセルで活動していたマルクスとエンゲルスは「共産主義通信委員会」を立ち上げ、その委員となります。今回の箇所はその委員会設立後の話となります。

政治的には、共産主義通信委員会の直接の目的は民主主義を促進することだった。

「今日では民主主義は共産主義なのである。民主主義はプロレタリアの原理となり、大衆の原理となった」と、エンゲルスは説明した。

民主主義は最終的にプロレタリアートによる政治支配へとつながり、よって共産主義になるのだった。それどころか、参政権を勝ち取ること自体が革命的な出来事となる。(中略)

封建主義を崩壊させ、民主主義国家に向かうためには、気まずいものとはいえ、中流階級と結託することが必要であった。「貴族を打倒するには、より広い利害関係とより多くの財産をもち、断固とした勇気のある別の階級が必要である。すなわち、ブルジョワ階級である」。

一八四五年から一八四八年の革命まで、マルクスとエンゲルスは共産主義への途中経過として、ブルジョワの権力と自由民主主義の(必要であれば武力による)確立を揺るぎなく支持していた。プロレタリアートが一夜にして独裁制を敷くことはありえなかった。現状では代わりに、長期にわたって政治的に関与しつづけ、ブルジョワ民主主義革命に専念せざるを得なかった。

「党内では、進歩に向けたあらゆるものを支持しなければならず、つまらない道徳的なためらいなどもってはいけない」と、スターリン主義まがいの口調で宣言した。しかし、ブルジョワ階級はこの同盟に大いに安住する運命にはなかった。

一八四八年の直前にエンゲルスが警告したように、「だからともかく勇敢に戦い給え、じつに優雅な資本の支配者たちよ!いまはあなた方が必要なのだ。あちこちで、支配者としてすら必要とされている。中世と絶対王政の痕跡をわれわれが進む道から消さねばならない……。その報酬として、しばらくはあなた方が支配者となることも許されるだろう……だが、忘れないでくれ。『絞首刑執行人は戸口に立っている!』」
※一部改行しました

筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P176ー177

マルクス・エンゲルスは武力革命も辞さなかったというイメージがありますが、1845年から48年段階では労働者がいきなり武力革命を起こすというやり方は認めていませんでした。

というのも、彼らの弁証法的理論では、まず絶対王政や貴族が支配する封建制があって、それを破壊し取って代わるのがブルジョワ階級になります。そしてブルジョワ階級が資本主義を成熟させ尽くしたときにこそ、自然に革命は起こり、プロレタリアートが支配する社会が現れるというものだったからです。

マルクス・エンゲルスによれば、まだまだブルジョワが成立しきっていない段階では労働者革命による体制転覆などありえないという考えだったのです。

だからこそブルジョワとも今は妥協し、参政権を取っていくという現実路線を取ろうとしていたのですね。

マルクス思想の参考書で「マルクスは武力革命に反対だった」という解説がなされるのは、ここに依拠しているのでしょうか。たしかにブルジョワ社会が成熟するまでは労働者による武力革命に反対していたかもしれませんが、彼らが生涯にわたってずっと武力革命に反対していたかは別問題です。この件も今後注意して伝記を読んでいきましょう。

即時の武力革命を求める過激派ヴァイトリングに激怒するマルクス

ヨーロッパの共産主義運動の内部の誰もが、たとえ一時的にでもブルジョワ階級と喜んで手を結ぼうとしたわけではない。有頂天になるような充足感を約束するプロレタリア革命を、すぐさま起こすことを夢見る者もいて、マルクスとエンゲルスの戦略を弱腰の漸進主義となんら変わらないと見なしていた。

彼らの指導者は各地を回る仕立屋のヴィルヘルム・ヴァイトリングで、一八三九年のブランキ主義者の蜂起のあとフランスからスイスおよびオーストリアへ亡命した人物だった。彼はそこで正義者同盟の支部をつくり、熱狂的な下層階級の支持者を育成した。

ヴァイトリングの泥臭い政治政策には、アダム・スミスもデイヴィッド・リカードもジェレミー・べンサムもほとんど関係がなかった。代わりに、彼が主張する政策は、バブーフ派の共産主義と千年至福説のキリスト教、千年至福説のポピュリズムがひどく感情的に入り混じったものが含まれていた。

キリスト教急進派のフェリシテ・ド・ラムネーの作品に傾倒していたヴァイトリングは、総勢四万人の前科者による軍隊を背景に、武力行使による強制的な共産主義の導入を訴えた。その後に訪れるのは、アダムとイヴの堕罪以前の財産共有に共同体、社会的調和で、それはヴァイトリングその人であるキリスト的な人物によってもたらされることになっていた。

マルクスとエンゲルスが産業資本主義と近代の生産様式の複雑さと格闘していたころ、ヴァイトリングは十六世紀のミュンスター再洗礼派の終末論的な政策を復活させ、キリストの再臨をもたらすための彼らの血みどろの試みを再現していた。彼はみずからを共産主義殉教者列伝と結びつけたがり、プロイセンの看守によって負わされた、いまだ青黒い傷跡を聴衆に見せていた。

マルクスとエンゲルスを大いに憤慨させたことに、ヴァイトリングの福音主義と原始共産主義を軽薄に混ぜ合わせた説は、ヨーロッパ大陸各地で何千人もの熱心な信奉者を惹きつけていた。そして当局から迫害されればされるほど、ヴァイトリングの正義に燃えた殉教の後光は燃え盛った。
※一部改行しました

筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P177

「総勢四万人の前科者による軍隊を背景に、武力行使による強制的な共産主義の導入を訴えた」というヴァイトリングの革命思想はかなり過激ですよね。

しかも、

「ヴァイトリングの泥臭い政治政策には、アダム・スミスもデイヴィッド・リカードもジェレミー・べンサムもほとんど関係がなかった。代わりに、彼が主張する政策は、バブーフ派の共産主義と千年至福説のキリスト教、千年至福説のポピュリズムがひどく感情的に入り混じったものが含まれていた。」

とありますようにヴァイトリングには革命の経済的、社会的理論がありませんでした。マルクス、エンゲルスは自らの理論を「科学的なもの」と断言するほど厳密に理論を作り上げていきますから、こうしたヴァイトリングの暴論には我慢ならないものがありました。

そしてついにマルクスとヴァイトリングは対面し、議論を交わすことになります。

しかしヴァイトリングは過激で空想的なことを繰り返すばかり・・・

ここまで我慢を続けていたマルクスですが、とうとう堪忍袋の緒が切れます。

彼がさらに話をつづける前に―ヴァイトリングの怪しい主張が腹に据えかねて―マルクスがいきなり立ち上がり要求した。「教えてくれ、ヴァイトリング。ドイツで説教をしてこれほど世間を騒がせてきた君は、何を根拠に自分の活動を正当化し、今後それを何にもとづかせるつもりなのかね?」

抽象的表現や聖書的な比喩を好んで用いたヴァイトリングが、必要なレべルの科学的厳密さを示せずにいると、マルクスはテーブルを叩いて叫んだ。

「これまで無知が人を助けたことはない!」
※一部改行しました

筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P178-179

この箇所に関しては私もマルクスに同意します。

何の根拠もなくただ人々を煽動し、熱狂させ、さらには武力革命を起こそうと画策する男。

そして自らを救世主になぞらえ、人々を信じさせようとしていたヴァイトリング。

それに対し決然と反対を表明するマルクス。これにはすかっとしました。

「これまで無知が人を助けたことはない!」

すごい言葉ですよね。

ただ残念なことに、よくよく考えてみれば、後にマルクス自身がこうした思想の源として利用されることになるのですが・・・

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